獣の恋

夜乃桜

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逸れ猿3

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月日が経ち、ようやく女の怪我が治った。
そんなある朝。起きた女が水瓶から水を飲もうとして、水がないことに気がつく。
ぐっすりと寝ている〈化け猿〉をそのままにして、女は川の水を汲みに行くことにした。女は洞窟を出て、川に向かった。
川についた女は、早速水を汲もうとしたその時だった。

「おや、お前さんは誰だ?」

久々に聞く人の声に女は驚き、声の方に振り返る。そこには弓や竹槍、刀を持った農民らしき男が五人。
武器を手にした男たちに女は警戒し、距離をとる。

「女一人、怪しいぞ!」

男の一人が女に遠慮なく近づく。男が女の腕を乱暴に掴んだその瞬間。

「(ウォォォ!)」

〈化け猿〉の怒鳴り声が響く。
女がいないことに気がついた〈化け猿〉が、女を探しに来たのだ。

「やはり、生き残りがいたのだな」

男たちは、持っていた弓や刀、竹槍を構える。
男たちは、山にいた〈化け猿〉の群れに、若い娘や農作物を奪われていた村人たち。略奪をしていく〈化け猿〉の群れに困り果てていたところを、化け物退治を生業とする退治屋に助けられた。そして〈化け猿〉の群れは滅んだ。
〈化け猿〉の群れがなくなり、村人たちが安心して暮らしていたが、村に訪れた旅人が山の中で〈化け猿〉の姿を見かけたと話した。
それを聞いた村の男たちは、今度こそ、一匹残らず殺すために、〈化け猿〉を探していた。

「お前さん、〈化け猿〉に捉えられていたのだな。可哀想に、もう大丈夫だからな」

女を背に、村人たちは〈化け猿〉に立ちはだかる。

「アレは、〈化けモノ〉だ。おれたちとは、相容れぬ存在だ」

そう言って男は、〈化け猿〉を迎え撃つ。
〈化け猿〉は男たちの攻撃を避け、一直線に女の元に向かう。女は呆然とそれを見ていた。
〈化け猿〉が男たちを払いのけ、女に手を伸ばす。

「ッ!?」

女は〈化け猿〉の手を払ってしまった。女は逃げることをせず、その場に立ち尽くす。
手を払われた〈化け猿〉は顔を歪ませ、女を無理やり抱き寄せた。

「(すまない)」

〈化け猿〉は女の耳元に囁き、女を突き放す。

「死ね!〈化け猿〉!」

男の刀が〈化け猿〉を貫く。

「やったぞ!」

〈化け猿〉の血に塗れた刀を掲げる男。男たちは次々と〈化け猿〉を貫いていく。

「(   )」

〈化け猿〉は女に優しく笑い、生き絶えた。


〈化け猿〉を仕留めた男たちは、女を連れて自分たちの村に戻り、宴を開いた。〈化け猿〉に捕らえられていたことになっている女を村人たちは、優しく迎え入れた。
そんな宴からこっそりとぬけだした女は、歩き出す。村人たちの宴の声が遠くなる。
自分のした選択は間違っていない。そのはずだ。
自分は人、彼は〈化け猿〉。相容れない存在。人である自分が化け物の猿の嫁など気味が悪い。

「……違う」

否定の言葉を口にすれば、女の眼から涙がこぼれる。これは、ただの言い訳だ。

・・・アレは、〈化けモノ〉だ。おれたちとは、相容れぬ存在だ・・・

〈化け猿〉が手を伸ばしたその時に、男の言葉が蘇った。
男の言葉は、女に自分達は違う生き物であるのだと突きつけた。今まで、逸らしてきた真実が、恐怖が、女を襲った。
女はいつしか、優しい言葉が自分を糾弾する言葉に変わること、暖かなぬくもりを失うこと、それが怖くてたまらなった。
信じた人たちに裏切られ、棄てられた人たちを見てきた女にとって、誰かの手をとることが怖くてたまらなかった。
自分は人。彼は〈化け猿〉。人である自分はいつか、〈化け猿〉に棄てられるのではないかと恐れた。
だから、女は自分から手放した。〈化け猿〉に棄てられる前に、自分から棄ててしまおうとした。
それなのに。

「……どうして……」

涙が溢れて止まらない。
〈化け猿〉は女が知る男たちの誰よりも優しかった。〈化け猿〉は誰よりも暖かくて優しく抱きしめてくれた。遊女であった自分を蔑んだりしなかった。
ただ精一杯生きる自分を認めてくれた。愛されることのなかった女を、初めて愛してくれた男。

「……ッツ……」

女は唇を噛みしめる。失ってから、女は気がつく。自分のしたこと、自分の愚かさ、初めて愛したモノの存在。
躊躇いなく手をのばし、掴めばよかった。ただ、それだけのことを女は恐れた。
女は声を張り上げ泣き続けた。

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