獣の恋

夜乃桜

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〈金色狐〉の絵2

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小刀を持つ絵師の妹の手が震える。
絵師の妹は兄を探す途中。他の旅人から、とある村で旅の絵師が『獣の領域』を守る〈金色狐〉に殺されたとの噂を聞いた。それを確かめるために、絵師の妹は〈金色狐〉がいる『獣の領域』を訪れた。
目の前にいる〈金色狐〉は自分が兄を殺したと口にした。
ならば、目の前にいる〈金色狐〉は兄の仇。それなのに、絵師の妹は、動くことができなかった。
目の前の〈金色狐〉はただ静かに、泣くことを耐えているように見える。どうして、〈金色狐〉はこんな表情をしているのだろうか。
絵師の妹は、兄が描いた〈金色狐〉の絵に視線を向ける。美しい金色の毛並みの狐が描かれている絵。
絵師の妹は幼いころから、兄の絵を見てきた。絵師の妹が知る限りの絵師である兄の最高ともいえる傑作だ。
兄はどんな想いで、この絵を、〈金色狐〉を描いたのだろうか。

(きっと、兄様は)

絵師の妹は小刀をしまう。
絵師の妹が聞いた噂、〈金色狐〉の言葉は真か偽りなのか、わからない。
ただ、一つだけ、確かなことがある。

「…………兄様は最後にあなたの絵を描けたのですね」

絵師の妹は呟く。


・・・…すまない……最後にお前の絵を描けてよかった…ありがとうな……・・・

絵師の最後の言葉。


(……ああ)

絵師の妹の言葉が〈金色狐〉の心の決意を揺らす。この兄妹きょうだいは同じことを言うのだろうか。

「あなたの領域に無断で入り込んで、申し訳ありませんでした」

絵師の妹は〈金色狐〉に頭を下げる。
〈金色狐〉が娘の行動に驚いている間に、絵師の妹は小屋から出て行こうとする。

「(待ちなさい。絵は持っていかないの?)」

〈金色狐〉は慌てて、絵師の妹を止める。絵師の妹は〈金色狐〉に振り返る。

「(絵を持って行ってちょうだい!)」

〈金色狐〉は慌てるあまりに早口になる。
絵師の妹が絵を持ってくれないと、〈金色狐〉は絵師の元に逝けない。

「兄様が描いた絵はここに置いていきます」

絵師の妹は〈金色狐〉の言葉に首を横に振る。絵を持って行くことなど、絵師の妹はできるはずはなかった。

「兄様を愛してくれてありがとうございます」

絵師の妹は目元に涙を溜めながら、〈金色狐〉に優しく笑う。そして、絵師の妹は小屋から出て行った。
呆然と絵師の妹を見送った〈金色狐〉は小屋に残された絵を見る。誰にも知られずこのまま絵を残したくない。

「(……私はまだ、あなた元には行けないわ)」

まるで、絵師に生きろと言われているようだ。小屋に残された〈金色狐〉は、涙を流した。


「これで、いいのよね。兄様」

兄が最後に描いた絵を妹は持って帰ることはできなかった。だって、あの絵は、兄が愛しい女に贈った求婚の絵なのだから。
兄は頑固者で、自分が納得できるまで絵を描き続ける人だった。自分が美しいと認めるモノしか描かなかった
それと、もう一つ、兄には譲らないモノがあった。

・・・俺が初めて描く女は俺の惚れた女がいい・・・

恥ずかしそうに兄は笑いながら、よく言っていた。
兄は自分が美しいと認めるモノしか描かなかった。そして、兄は初めて描く女は、自分が愛する女を描きたいと願っていた。
〈金色狐〉の話を聞いて、〈金色狐〉を見て、妹は思った。
兄は、あの〈金色狐〉に一目惚れをしたのだ。

「とても美しい狐様でしたわ。兄様が惚れてしまうのは、仕方がないわ」

『獣の領域』から帰ってきた絵師の妹は慈愛の笑顔で語った。
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