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〈金色狐〉
しおりを挟む雲のない美しい満月の夜。人間が立ち入らない森の奥。
「お前はとても綺麗だな」
目の前の男が、眼を眩しそうに細めて笑う。
(……なにをいっているの……この男は……)
男の喉を噛み殺そうとしていた動きが止まる。自分を殺そうとしている相手を綺麗だと褒める男に狐は困惑。
「(……あなた、自分のおかれている状況を理解しているの?)」
「?わかっているぞ」
「(なら、どうしてあなたは平然としているの?)」
「人間、死ぬ時は死ぬ。ジタバタしても仕方がないじゃないか」
男が、はははと笑う。男を殺そうとしていた、光輝く金色の美しい毛並みの狐は呆気にとられた。
「(……ここは我ら『獣の領域』だけど、今回は見逃してあげるわ)」
〈金色狐〉は自分たちの領域に侵入した男を殺すことをやめた。
〈金色狐〉が守る領域は、〈森の神様〉の領域に通じる、人が踏み入れてはならぬ領域。村の人間たちは、森の決まりをわかっているので森の奥深くの領域に足を踏み入れない。
服装から見て、男は旅人。道を間違えて森の奥深くの領域に入ってしまったのだろう。森の決まりを知らない余所者。一度なら見逃しても問題ない。
「(ここは我ら『獣の領域』。人間が足を踏み入れてはならない。よく覚えときなさい。次はないわ。わかったなら、去りなさい)」
〈金色狐〉は男を置いて去った。これで二度と男が『獣の領域』に足を踏み入れることはないだろうと思った。
そのはずだった。
男と金色狐が出会った、次の日の夜。
見逃したはずの男が『獣の領域』にいた。
「(……どうして、あなたがここに……私の忠告を聞いていなかったの?)」
「いや、聞いていたぞ。次はないんだったな」
「(ならば、なぜ?)」
「俺があんたに会いたかったから、会いに来たんだ」
〈金色狐〉は男の答えに眼が点になる。
「(……私に……会うために……?)」
殺されるかもしれないのにと、〈金色狐〉は唖然した。
「ああ、あんたにもう一度会って、あんたを描かせてくれないかと頼みに来た」
「(…………あなた、絵師なの?)」
「おうよ」
男は笑って、〈金色狐〉の前に座る。荷物から道具を取り出して並べる。
「俺はあんたを描きたい」
〈金色狐〉は男の眼の強さ、声に秘められた意志に思わず飲み込まれる。
「(……いいわ。私を描かせてあげる。ただし、私が納得できる絵を描けなかったら、私はあなたを殺すわ)」
「ああ、いいぜ」
〈金色狐〉は艶やかに笑い、男は不敵に笑った。
「俺はあんたを見事に描いてみせる」
それから、男は森の近くにある空き家に住み着いた。そして夜になると、男は森の奥深く〈金色狐〉の元に通った。
〈金色狐〉は男の前に姿を現し、男は一心不乱に〈金色狐〉を描いた。男と〈金色狐〉は多く言葉を交わすことはなかった。ただ静かに夜明けが来るまで過ごす。
男も〈金色狐〉も、この時間を何よりも心地いいと感じていた。
「……そろそろ、夜明けだな。また明日」
「(ええ、また明日)」
最後に男と〈金色狐〉は次の約束をする。
いつしか、男と〈金色狐〉は互いに相手を愛しく思うようになった。男と〈金色狐〉は夜明けが来るたびにこの関係が長く続けばいいと願った。
しかし、その願いは叶わなかった。
空き家に住んでいた男が村に訪れた時に、村一番の美しい娘が男に恋をした。娘は男を振り向かせようと、毎日男の住む家に訪れて、男に自分の絵を描くようにねだった。
男は娘が来るたびにため息をつき、相手にしなかった。娘を無視して〈金色狐〉と過ごした時間を思い出していた。
そんなある夕方の時間。森に入る男を娘は見かけた。
(こんな時間に森に入るなんて…………!)
男の後を追った娘は自分の目の前の光景に眼を疑った。
そこで、男が〈金色狐〉を描いていた。自分の絵は描いてくれないのに、男に描かれている〈金色狐〉に娘は嫉妬した。
娘の存在に気がつかない男は〈金色狐〉に完成した絵を見せた。
「出来た。どうだ?綺麗に描けているだろ?」
「(……ええ、とても素敵な絵だわ。私ではないみたいだわ)」
〈金色狐〉は凛々しくて美しい金色の毛並みの狐が描かれている絵に、感嘆な声を漏らした。
「なに言っている。お前以外に美しい金色の狐はいないだろう」
男は真っ直ぐに〈金色狐〉に告げる。
男と〈金色狐〉の視線が混じり合う。男が〈金色狐〉に触れようと手を伸ばしたその時だった。
「この化け物!!」
男と〈金色狐〉の様子を覗いていた娘は耐え切れなかった。嫉妬のあまりに、持っていた護身の刃物で〈金色狐〉に襲いかかる。
〈金色狐〉は咄嗟に避けるが、腕を刃物がかすめる。
「(っっ!!)」
〈金色狐〉が痛みに顔を歪める。
「死ね!この化け物!!」
娘が叫び、〈金色狐〉の血に濡れた刃物で襲いかかる。
その瞬間、目の前に男が飛び出した。刃物が男の腹を突き刺す。
「うっ……!」
男は腹から血を流し、倒れた。
「あ……あ…あたしのせいじゃないわ!全部、この化け物のせいよ!」
刃物についた紅い血に、自分のしたことに恐怖した娘は血だらけの刃物を捨て、走り去った。
残された〈金色狐〉は男を抱きかかえた。
「(しっかりして!今、助けるから!)」
〈金色狐〉は男の傷を癒そうとするが傷が深い。〈金色狐〉の〈チカラ〉では癒すことができない。
男は最後の力を振り絞って、〈金色狐〉の頬を優しく撫でた。
「……すまない……最後にお前の絵を描けてよかった……ありがとう……な……」
男は〈金色狐〉に優しく笑って眼を閉じた。
「(……いや……お願いだから眼を開けてよ……また、私を描いてよ……お願いだから……)」
〈金色狐〉が男に縋りつくが、男の眼が二度開くことはなかった。
美しい満月の夜。
森の奥深くの『獣の領域』に、美しく凛々しい金色の毛並みの〈金色狐〉が二匹いると噂が流れた。
一匹は艶やかに美しい笑みを浮かべ、もう一匹は悲しく儚げに泣いているのだと言われた。
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