1 / 34
置き忘れた想い
プロローグ
しおりを挟む
冷たい風が肌に突き刺さる冬の一月。
依頼者に報告を終えた帰り道を黒髪に紫黒色の瞳、地味だが整った顔立ちをした男が歩いていた。男の名前は橘仁。失せ物探しの筋と名高い『橘探偵事務所』の若き所長。
「あー、寒い寒い」
冷たい風に、仁は体を震わせる。依頼の報告が長引いたため、すっかり夜になってしまった。
今夜は月が雲に隠れた曇天。こんな日は、人とは〈異なるモノ〉が暗闇に寄り付きうごめく。
早く家に帰ろうと早足で、曲がり角を曲がろうとしたそのときだった。
「(ギィィィーー!!)」
鼓膜に突き刺さるような奇声。
(……まさか)
嫌な予感に、仁は奇声のした方に向かう。
たどり着いた場所は空き地だった。空き地には、異形の姿をしたモノたちがうごめいていた。
「ッ?!」
それは〈化生〉の群れだった。
〈化生〉
強い未練や妄執などで、自分を棄てた異形のモノ。〈理〉から堕ちたモノ。
満たされない飢餓状態で、生き物の血肉や〈魂〉を喰らう。時に理性を持つモノもいるが、基本狂っている。
闇夜に潜む〈化生〉が群れで、一人の少女を囲っていた。しかも、少女は逃げることもせずに、その場に突っ立っている。
〈化生〉の群れが、少女を喰らおうと襲いかかった。
「危ない!」
仁は叫んだ。策もなく懐から護身の札を出して、少女の元に走った。
〈化生〉の鋭い牙が、爪が少女を切り裂こうとする。仁が間に合わないと思った、その時。
ゴウゥゥ
少女の右手が炎に包まれる。その炎は少女の右手に集まり、形となる。炎は刀身が輝く、見る者の眼を奪う、美しい太刀となった。
そして、太刀を構えた少女は〈化生〉の群れに振りかざした。
「(ギァァァァァァァァァァ……)」
太刀から火焔が爆裂し、真っ赤な炎を噴き上げる。〈化生〉の一際高い叫びを炎が飲みの飲み込み、夜陰を赤く染める。助けようとしていた仁にも熱波が襲い掛かった。仁は思わず、眼をつぶる。
「……?……!」
不思議と火焔と高温の熱はない。肌に感じるのは温風程度のもの優しいもの。仁が驚いて、顔をあげる。
「…あっ」
いつの間にか、仁の目の前にすらりとした長身の少女。
背中に流した真白の髪、右耳につけたルビーのピアスと同じ、美しい真紅の瞳。白のブラウスに赤のリボンとスカートにきっちりと金のボタンで留めた黒い上着にコート、皮のショールダーバック。右手に黒の皮手袋にブーツの気品を纏う白皙の美少女。
(……綺麗な……)
仁は思わず少女に見惚れる。少女は惚ける仁の首元に、太刀を突きつけた。
「……お前は……」
鋭く仁を睨んでいた少女が、仁の持つ札に気がつく。仁の首元に突きつけられていた太刀が炎に包まれて、一瞬で消える。
「同業者か。不躾なことをして済まなかった」
「……あ、いや」
少女は仁に謝罪。そして、戸惑う仁を置いて、少女は何事もなく去ってしまった。
呆然とその場に立ち尽くす仁は、少女の背中を見送った。
これが、始まりだった。
依頼者に報告を終えた帰り道を黒髪に紫黒色の瞳、地味だが整った顔立ちをした男が歩いていた。男の名前は橘仁。失せ物探しの筋と名高い『橘探偵事務所』の若き所長。
「あー、寒い寒い」
冷たい風に、仁は体を震わせる。依頼の報告が長引いたため、すっかり夜になってしまった。
今夜は月が雲に隠れた曇天。こんな日は、人とは〈異なるモノ〉が暗闇に寄り付きうごめく。
早く家に帰ろうと早足で、曲がり角を曲がろうとしたそのときだった。
「(ギィィィーー!!)」
鼓膜に突き刺さるような奇声。
(……まさか)
嫌な予感に、仁は奇声のした方に向かう。
たどり着いた場所は空き地だった。空き地には、異形の姿をしたモノたちがうごめいていた。
「ッ?!」
それは〈化生〉の群れだった。
〈化生〉
強い未練や妄執などで、自分を棄てた異形のモノ。〈理〉から堕ちたモノ。
満たされない飢餓状態で、生き物の血肉や〈魂〉を喰らう。時に理性を持つモノもいるが、基本狂っている。
闇夜に潜む〈化生〉が群れで、一人の少女を囲っていた。しかも、少女は逃げることもせずに、その場に突っ立っている。
〈化生〉の群れが、少女を喰らおうと襲いかかった。
「危ない!」
仁は叫んだ。策もなく懐から護身の札を出して、少女の元に走った。
〈化生〉の鋭い牙が、爪が少女を切り裂こうとする。仁が間に合わないと思った、その時。
ゴウゥゥ
少女の右手が炎に包まれる。その炎は少女の右手に集まり、形となる。炎は刀身が輝く、見る者の眼を奪う、美しい太刀となった。
そして、太刀を構えた少女は〈化生〉の群れに振りかざした。
「(ギァァァァァァァァァァ……)」
太刀から火焔が爆裂し、真っ赤な炎を噴き上げる。〈化生〉の一際高い叫びを炎が飲みの飲み込み、夜陰を赤く染める。助けようとしていた仁にも熱波が襲い掛かった。仁は思わず、眼をつぶる。
「……?……!」
不思議と火焔と高温の熱はない。肌に感じるのは温風程度のもの優しいもの。仁が驚いて、顔をあげる。
「…あっ」
いつの間にか、仁の目の前にすらりとした長身の少女。
背中に流した真白の髪、右耳につけたルビーのピアスと同じ、美しい真紅の瞳。白のブラウスに赤のリボンとスカートにきっちりと金のボタンで留めた黒い上着にコート、皮のショールダーバック。右手に黒の皮手袋にブーツの気品を纏う白皙の美少女。
(……綺麗な……)
仁は思わず少女に見惚れる。少女は惚ける仁の首元に、太刀を突きつけた。
「……お前は……」
鋭く仁を睨んでいた少女が、仁の持つ札に気がつく。仁の首元に突きつけられていた太刀が炎に包まれて、一瞬で消える。
「同業者か。不躾なことをして済まなかった」
「……あ、いや」
少女は仁に謝罪。そして、戸惑う仁を置いて、少女は何事もなく去ってしまった。
呆然とその場に立ち尽くす仁は、少女の背中を見送った。
これが、始まりだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

それは奇妙な町でした
ねこしゃけ日和
ミステリー
売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。
バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。
猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。
virtual lover
空川億里
ミステリー
人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。
が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。
主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる