世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順

文字の大きさ
上 下
557 / 635

対巨大クワガタ

しおりを挟む
「あ」


 襲い来る巨大クワガタに対して、とっさに火炎系のカードを放った瞬間、俺の『瞬間予知』が危険信号を発信した。思わずその場に四人全員で伏せると、巨大クワガタに当たったカードが、爆音を轟かせて広いフロア全体に業火を蒔き散らす。


「何やっているのよ! 馬鹿!!」


「すみません! まさかあんなに威力があるとは思わなかったんです!」


 横で鼓膜が破れる程怒鳴るバヨネッタさんに、こちらも負けないくらいの大声で謝る。しかしあれだけ威力があったのなら、ここに来るまでの道中で使っても良かったかも知れないな。いや、逆に狭い通路なんかでは使えないか。


「そう言う事を言っているんじゃないのよ!」


「はあ!?」


 何を間違えたのだろうか? とフロア全体が炎で焼ける中、炎煙に包まれる巨大クワガタの方に注視するが、ブブブブと何かが振動する音が聞こえたかと思ったら、巨大クワガタのいた場所から熱風がフロア全体へと吹き荒れ、巨大クワガタは己を包んでいた炎煙を、その背の翅で吹き飛ばした。


「マジか!? 無傷かよ!?」


 炎煙を退けたその艶光りする巨大クワガタの甲殻には、炎で焼けた跡も、爆発で傷が付いた跡もない。


「アルティニン廟を造ったカヌスが、木なら火が弱いだろ。なんて馬鹿正直な設定にする訳ないだろ?」


「え? どう言う意味ですか?」


 デムレイさんの言にそちらを向けば、


「反省は後にしよう! すぐに移動だ!」


 とミカリー卿までが焦っている。そしてそれに合わせてこの場から散り散りになる面々。一体何が!? と出遅れた俺も、この場にいるのは不味いと思い、動こうとしたが遅かった。


「はっ?」


 動こうとした俺の足に、床に張り巡らされた枝の一本が巻き付いている。いや、それだけではない。床に張り巡らされた他の枝も、天井から垂れ下がった無数の枝も、まるで火を浴びせられた事に怒っているかの如く、俺たちへと襲い掛かってきた。


「くっ!」


 俺は迫り来る他の枝々や足を縛る枝を、アニンの曲剣で斬り伏せると、この場に留まるのは不味いと痛感し、とにかく枝の攻撃を避けるように、方向も定まらず広いフロアを動き回る。


「ハルアキ! このダンジョンではこうなるから、火炎系魔法は使うなって説明しただろ!」


 俺が避け回っている横を、デムレイさんが文句を言いながら通り過ぎていった。


「はあ!? 聞いていませんよ!」


「言った!」


「聞いていません! 俺が聞いたのは、枝や根が罠になっているから気を付けろ! ってだけです! 火炎系魔法がヤバいって知っていたら、こんな馬鹿な真似していませんよ!」


 俺は確かに説明を受けていない。俺の訴えを聞いて、デムレイさんがバヨネッタさんやミカリー卿の方を見遣るも、二人も首を横に振った。恐らく覚えていないのか、ダイザーロくんやカッテナさんに説明したのと記憶が混ざっているのだろう。


「だいたい、火炎系が駄目なら、バヨネッタさんのキーライフルは何で大丈夫なんですか!?」


 あれって、熱光線が発射される仕様だろ?


「このキーライフルは魔導銃よ。それに『加減乗除』で熱エネルギーはマイナスにしているから、純粋に光線の振動波をぶつけているのよ」


 案外使いこなしているな、『加減乗除』。難しいスキルだろうに。


「そもそもハルアキ、私が銃で対象を外すとでも?」


「ごめんなさい」


 そうですよねえ、銃砲の魔女は百発百中で、外すなんて事ないですよねえ。


「皆で仲良くお話も良いけど、そろそろ戦闘に集中しよう!」


 ミカリー卿の言葉に、迫る枝を斬り払いながら、ハッとなって巨大クワガタに目を向けると、なんか俺と目が合った気がするんですけど? いや、まさかね? 黒目しかないそのつぶらな瞳がどこを見ているかなんて誰にも、


「あ」


 巨大クワガタがその巨体をこちらへ向けた。その瞬間に俺の心臓が跳ね上がる。え~と、見ただけ。見ただけだ。と誰か言ってください。と三人を見遣るも、三人は巨大クワガタが俺に向かってくるのを前提に、すでに多く戦闘態勢に入っていた。


 くっ! やるしかないか! 俺は覚悟を決めると、こちらへ突進してくる巨大クワガタに対して、『聖結界』を発動する。


 ドゴンッ!!!!


 重い衝撃に『聖結界』ごと吹き飛ばされた俺は、運良くフロアを支える柱にぶつかり、ダンジョンの外に吹き飛ばされる事態は免れた。しかし衝撃で身体が痺れて動かない。これ『聖結界』がなかったら、これだけで死んでいたんじゃないか? しかも巨大クワガタの攻撃はこれだけで終わらなかった。


 追撃とばかりに巨体で俺を柱に押し付けた巨大クワガタは、その巨体に違わぬ大顎で、ガシガシと『聖結界』を破壊しようと挟んでくる。うう、『聖結界』がミシミシ鳴っているんですけどお!


「ハルアキ! そのデカブツを、そこに足止めしておきなさい!」


「早くしてください! 『聖結界』でも長くは持ちません!」


 バヨネッタさんの命に、俺は窮状を訴える。持って一分二分が限界だ。だがまあ、『聖結界』のお陰で、枝の攻撃からは逃れられているのはありがたい。『聖結界』は悪意や害意に反応するから、悪意も害意もない、ただ俺たちの行動に反応しているだけの罠には弱いのだ。


 俺の訴えが届いてか、バヨネッタさんたちの総攻撃を受ける巨大クワガタ。しかしどうしてか巨大クワガタは俺を殺そうと、その大顎で『聖結界』を挟み潰そうとしてくる。何でだよ!? そんなにあの火炎系カードを使われたのが気に入らなかったのか!?



「た、助かった……」


 結局あの巨大クワガタは、バヨネッタさんたちには目もくれず、ひたすら俺を攻撃し続け、『聖結界』が崩壊するギリギリで、デムレイさんの『隕星』の一撃に沈んだ。


「…………」


「…………」


「…………」


「どうかしたんですか?」


 俺は倒された巨大クワガタの死体と魔石を『空間庫』に回収しながら、その様子を無言で見詰め続けていた。


「どう思う?」


「興味深い行動だったねえ」


「そうね。今まで見せた事のない動きだったわ」


 なんか三人で話し込んでいるなあ。


「やっぱり鍵になったのは、ハルアキが火炎系カードを使った事だろうな」


「でしょうね。私たちはこれまでにこのダンジョンでは火炎系は禁止だと決め付けていたから、誰もボス部屋で火炎系を試してこなかったわ」


「それが今回、図らずもハルアキくんが火炎系カードを使った事で、ボスの異常行動が見られた」


 何だろうか。嫌な予感がするんだけど? 気のせい? 気のせいだと良いなあ。あ、バヨネッタさんがこっち見た。


「ハルアキ、もう一度このダンジョンを攻略するわよ」


「マジで周回するんですか!?」


 三人が首肯で返す。


「疲れているところ悪いけど、今回、あの巨大クワガタを最速で倒せてね。私たちとしてもその検証がしたいんだ」


 とミカリー卿。


「最速、ですか?」


「ああ。これまでボス部屋でクワガタに火炎系カードなんて使ったやついなかったからな。だからこれがクワガタだけなのか、カブトもそうなのか検証したいんだよ」


 とデムレイさん。


「え~と、それは少なくとも、もう一度巨大クワガタが出現するまでやらないと駄目なヤツなのでは?」


「そうよ」


 バヨネッタさん……、クワガタの出現が低確率だって、知ってて言ってます? いや、これは言っているな。泣いて良いかなあ?


 その後本当に周回がなされ、俺は見事にレベル四十九まで上がったのだった。それよりも生き残れて良かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

処理中です...