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記録・記憶(後編)
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「その名の示す通り、『抹消』は対象をこの世から完全に抹消する。記録からも、記憶からも。その全てがなかった事となるスキルだ」
は? 何だそれ? その凶悪なスキルの能力を聞いて、俺は身体の震えが止まらなくなっていた。自分が記録からも記憶からも消え去る。恐らくは死者を蘇らせるようなスキルを使っても、『抹消』で消された者は復活しないのだろう。そもそも人々の記憶からも消されているのだから、誰も復活させようとは思わなくなっているだろうが。
「それで今回の一件を有耶無耶にする為に、小太郎くんたちの存在を抹消したのか?」
「フフ」
ブラフマーが垣間見せた笑顔は、人間に原始的な恐怖を与えるものだった。
「いや、失敬。そんな効率の悪い事をしている自分を想像したら、可笑しくなってしまってね」
効率が悪い、か。確かに。ブラフマーからしたら、何百人いるのか分からない忍者軍団の存在を、一人一人抹消していくのは面倒だ。ではどうやって? ブラフマーは何をした?
「言ったろう? 私は過去を司る神だと。消したのは唯一人。ジゲンだよ」
恐怖に己の血の気が引くのをこれ程感じたのは初めてだった。
「ジゲンが向こうの世界からこちらの世界にやって来た事が、忍者軍団の発端だ。ならば過去に遡り、ジゲンがこちらへ来る前に『抹消』してしまえば、ジゲンはこちらへ来なかった。そんな過去にする事も可能なのだよ」
「そんな……。いや、おかしい。じゃあ、織田信長はどうなる? あいつにもジゲン仙者の血が流れているはずだろう?」
俺の反論にくすりと笑うブラフマー。
「君は鋭いね。確かにこれだと織田信長は生まれなかった事になってしまう。でもねえ、世界には修正力と言うものがあるんだ」
「修正力?」
ブラフマーは首肯する。
「ほら、ジゲンは過去に死んだ事になっているのに、日本では今回の事件がなかった事になっていない。事件自体は起こった事になっているだろ」
確かに。タカシの話では、魔王軍が会談前だと言うのに起こした事件。と言う事になっている。
「これが修正力さ。歴史上大事なイベントには、いくら過去を改変しても修正力が働いて、そのイベントはなかった事にはならないんだ。だから織田信長はジゲンがいなかったとしても魔王として生まれ、死後、向こうの世界に魔王ノブナガとして転生する事になっているなるのさ」
確かに織田信長はジゲンの血族と日本人のハーフだったが。
「それじゃあ小太郎くんたちは?」
「君のお友達は……、この世界にとって、取るに足らない一般人だったって事かな」
何だよそれ!? ノブナガと小太郎くんたちとの差は何だったんだ? 世界から『抹消』されて良い理由って何だよ!? 目の前が涙でにじみ、自分の手が震えているのが分かった。なんだろう? 何かが、何でか悔しい。
「フフ。君は本当に面白い。表情がくるくる変わって、見ていて飽きないね」
「煩い」
ブラフマーを睨み返したら涙がこぼれ落ちて、慌てて袖で涙を拭う。そしてそれを見てまたブラフマーが笑うのだ。こいつ嫌いだ。
「フフ。まあ、敵同士だからね。馴れ合うのもおかしな話だろう」
くっ。俺は悔しさとともに、カフェラテを一気に流し込んだ。
「風情のない飲み方だ。まあ、今の君の心情を慮れば、仕方のない事か」
「煩い。くっ、何で俺だけ記憶が残っているんだよ」
「それさ。それが気になって私は君の前に現れたんだ。いや、分かっていて確認の為に来た。と言った方が正確だろう。君だって本心では何故自分が、自分だけが忘れていないか理解しているのだろう?」
「…………スキル『記録』のせいだろう」
俺の答えにブラフマーは、鷹揚に、とても満足そうに頷いていた。
「こんな答え合わせの為に、魔王がわざわざ異世界まで来るなよな」
「フフ。だって気になるじゃないか。初めての事案で、そそられたんだよ」
何だよそれ? もう頭がパンクしそうだよ。
「そもそも、魔王自らそんな後処理をするくらいなら、忍者軍団にあんな事件起こさせなきゃ良かったんだ」
「ああ。あれは僕の命令じゃあないよ。命令したのは『バァ』さんだ」
「バァさん?」
いや、何でここでお婆さん? 聞き間違いかと思わず聞き返したが、ブラフマーは首肯しているので、聞き間違いではないらしい。ブラフマーが『さん』付けするくらいなのだから、魔王の六人格の内の一人なのだろう。となると一人いる女の人格なのだろうが、カロエルの塔で聞いた女の声は、もっと若いものだった記憶がある。
「ああ、この国では『バァ』ではないのだったか。ノブナガとトモノリは何と言っていたか……」
「『バツ』だろう?」
「そうそう。『バツ』だ。おや? 君は……」
ここに来て現れたのは、武田さんだった。こんな存在がいきなり『空識』に引っ掛かれば、嫌でも飛んでくるか。勇者は遅れて登場する。と言う事かも知れないが、顔面蒼白なので心強さは半減だな。まあ、二人掛かりでも勝てそうにないのは事実だけど。
「『バツ』ですか?」
俺が聞き返すと、武田さんが首肯を返してきた。バツ……罰? 魔王の名前としてはアリか? 中二病っぽいけど。
「干魃の魃だよ」
俺が非ぬ方向に妄想していると感じ取った武田さんが、軌道修正してくれた。本当に俺の顔面は読み易いらしい。
「干魃の魃。…………魃ですか!?」
「そうだ。そして俺が五十年前に倒した魔王が、その魃なんだ」
武田さんが倒した魔王……!
は? 何だそれ? その凶悪なスキルの能力を聞いて、俺は身体の震えが止まらなくなっていた。自分が記録からも記憶からも消え去る。恐らくは死者を蘇らせるようなスキルを使っても、『抹消』で消された者は復活しないのだろう。そもそも人々の記憶からも消されているのだから、誰も復活させようとは思わなくなっているだろうが。
「それで今回の一件を有耶無耶にする為に、小太郎くんたちの存在を抹消したのか?」
「フフ」
ブラフマーが垣間見せた笑顔は、人間に原始的な恐怖を与えるものだった。
「いや、失敬。そんな効率の悪い事をしている自分を想像したら、可笑しくなってしまってね」
効率が悪い、か。確かに。ブラフマーからしたら、何百人いるのか分からない忍者軍団の存在を、一人一人抹消していくのは面倒だ。ではどうやって? ブラフマーは何をした?
「言ったろう? 私は過去を司る神だと。消したのは唯一人。ジゲンだよ」
恐怖に己の血の気が引くのをこれ程感じたのは初めてだった。
「ジゲンが向こうの世界からこちらの世界にやって来た事が、忍者軍団の発端だ。ならば過去に遡り、ジゲンがこちらへ来る前に『抹消』してしまえば、ジゲンはこちらへ来なかった。そんな過去にする事も可能なのだよ」
「そんな……。いや、おかしい。じゃあ、織田信長はどうなる? あいつにもジゲン仙者の血が流れているはずだろう?」
俺の反論にくすりと笑うブラフマー。
「君は鋭いね。確かにこれだと織田信長は生まれなかった事になってしまう。でもねえ、世界には修正力と言うものがあるんだ」
「修正力?」
ブラフマーは首肯する。
「ほら、ジゲンは過去に死んだ事になっているのに、日本では今回の事件がなかった事になっていない。事件自体は起こった事になっているだろ」
確かに。タカシの話では、魔王軍が会談前だと言うのに起こした事件。と言う事になっている。
「これが修正力さ。歴史上大事なイベントには、いくら過去を改変しても修正力が働いて、そのイベントはなかった事にはならないんだ。だから織田信長はジゲンがいなかったとしても魔王として生まれ、死後、向こうの世界に魔王ノブナガとして転生する事になっているなるのさ」
確かに織田信長はジゲンの血族と日本人のハーフだったが。
「それじゃあ小太郎くんたちは?」
「君のお友達は……、この世界にとって、取るに足らない一般人だったって事かな」
何だよそれ!? ノブナガと小太郎くんたちとの差は何だったんだ? 世界から『抹消』されて良い理由って何だよ!? 目の前が涙でにじみ、自分の手が震えているのが分かった。なんだろう? 何かが、何でか悔しい。
「フフ。君は本当に面白い。表情がくるくる変わって、見ていて飽きないね」
「煩い」
ブラフマーを睨み返したら涙がこぼれ落ちて、慌てて袖で涙を拭う。そしてそれを見てまたブラフマーが笑うのだ。こいつ嫌いだ。
「フフ。まあ、敵同士だからね。馴れ合うのもおかしな話だろう」
くっ。俺は悔しさとともに、カフェラテを一気に流し込んだ。
「風情のない飲み方だ。まあ、今の君の心情を慮れば、仕方のない事か」
「煩い。くっ、何で俺だけ記憶が残っているんだよ」
「それさ。それが気になって私は君の前に現れたんだ。いや、分かっていて確認の為に来た。と言った方が正確だろう。君だって本心では何故自分が、自分だけが忘れていないか理解しているのだろう?」
「…………スキル『記録』のせいだろう」
俺の答えにブラフマーは、鷹揚に、とても満足そうに頷いていた。
「こんな答え合わせの為に、魔王がわざわざ異世界まで来るなよな」
「フフ。だって気になるじゃないか。初めての事案で、そそられたんだよ」
何だよそれ? もう頭がパンクしそうだよ。
「そもそも、魔王自らそんな後処理をするくらいなら、忍者軍団にあんな事件起こさせなきゃ良かったんだ」
「ああ。あれは僕の命令じゃあないよ。命令したのは『バァ』さんだ」
「バァさん?」
いや、何でここでお婆さん? 聞き間違いかと思わず聞き返したが、ブラフマーは首肯しているので、聞き間違いではないらしい。ブラフマーが『さん』付けするくらいなのだから、魔王の六人格の内の一人なのだろう。となると一人いる女の人格なのだろうが、カロエルの塔で聞いた女の声は、もっと若いものだった記憶がある。
「ああ、この国では『バァ』ではないのだったか。ノブナガとトモノリは何と言っていたか……」
「『バツ』だろう?」
「そうそう。『バツ』だ。おや? 君は……」
ここに来て現れたのは、武田さんだった。こんな存在がいきなり『空識』に引っ掛かれば、嫌でも飛んでくるか。勇者は遅れて登場する。と言う事かも知れないが、顔面蒼白なので心強さは半減だな。まあ、二人掛かりでも勝てそうにないのは事実だけど。
「『バツ』ですか?」
俺が聞き返すと、武田さんが首肯を返してきた。バツ……罰? 魔王の名前としてはアリか? 中二病っぽいけど。
「干魃の魃だよ」
俺が非ぬ方向に妄想していると感じ取った武田さんが、軌道修正してくれた。本当に俺の顔面は読み易いらしい。
「干魃の魃。…………魃ですか!?」
「そうだ。そして俺が五十年前に倒した魔王が、その魃なんだ」
武田さんが倒した魔王……!
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