世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

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正義は話を聞かない

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 少々口が汚くなってしまうが、デブには二種類いる。動けるデブと動けないデブだ。


 どうやら俺たちが相手をしているのは動けるデブだったらしく、なんとこのデブ、二十人近い私服警官相手に、カフェのテラスで大立ち回りをしている。


 手に持つのはカフェの椅子で、それを盾や武器代わりにして警官たちの攻撃を凌ぐ姿は、もう一種の武術なんじゃないかと思える程だ。感心する。


 だからと言って、見惚れている訳にもいかない。と言うか、俺からしたらこのデブ男も警官たちも緩慢な動きだ。流石にレベル四十近くなっている俺と、レベル一では能力差が出過ぎている。こんなスローモーションみたいな捕物劇に付き合っている気はさらさらない。


 俺は一つ嘆息すると、警官たちの間を縫って通り抜け、デブ男に接近する。この男の『空識』には未来視も含まれている。レベル一だから、一瞬先が見えるだけだろうが、だからこそ男は警官たちの攻勢に対抗出来ていた。だが、俺の接近に気付いた男は、どうやっても避けられない一撃がこの後にやってくる事に、その表情を絶望の色に染めていた。


 そこに忖度してやる程、俺はこのデブ男に好感情を持っている訳じゃない。なので冷静に、盾代わりの椅子を躱して横に回り込むと、左フックを肝臓レバーに叩き込んでやった。それだけで男は胃の内容物を全て吐き出し、結果、ボディブロー一発で気絶したのだった。



「う、う~ん?」


 目を覚ましたデブ男は、自身が身動きが取れず、椅子に座らされている事に驚き、ジタバタしだす。男は椅子にバヨネッタさんの魔法で拘束されている。レベル一ではまず解けないだろう。


「やあ。元気なお目覚めだね」


 俺が話し掛けると、ギョッとして眼前にいる俺に顔を向けていた。きっと『空識』を解いていて、周りが見えていなかったのだろう。などと思っている間に、男は『空識』を発動させたようだ。俺のカーマの護符が反応している。俺の五感も、『野生の勘』も全く反応していない。そう考えると、レベル一でこれな事に背筋が寒くなるな。


「工藤春秋か。国家の犬めが何を企んでいる! ここはどこだ!? 俺をどうする気だ!?」


 ふむ。俺がただの高校生ではない事は調べがついていたのか。危なかった。この男の捕獲がもっと遅かったら、俺の存在が世間にバレていたかも知れないのか。早めに策を講じておいて良かったな。


 ちなみにここは特殊拘置所の取調室の一つである。男がどこかと尋ねたのは、恐らくこの取調室の外が『空識』でも何も見通せないからだろう。別口でやって来たオルさんが、こんな機会は二度とない。と嬉々として取調室を『空識』対応の特別仕様にしてくれた。現在取調室には俺とこの男の二人きりだ。


「まあ、落ち着いてくださいよ、武田 すぐるさん」


 自分の名前を呼ばれた事に、武田はギョッとして目を見開いた。その後にサッと俺から目を逸らす。違うと言い張るつもりかな?


「普通に荷物検査したら、免許にそう書かれていましたけど? 違うと言うなら、有印公文書偽造罪で逮捕ですね」


「うっ……、くっ……、……何のつもりだ?」


 捕まるのは余程嫌らしい。まあ、俺に手を上げているので、そっち方面で拘束出来るんだけど。


「少しお話でもと思いま……」


「国家の犬と話す事などない!!」


 ずいぶんとぶった斬るなあ。


「日本政府に何か怨恨でもあるんですか?」


「ふん! 国家なんてどこも同じだ! 自分たちは選ばれたと勘違いしている一握りのクズどもの為に、その他の人間が大なり小なり不幸を背負わなければ成り立たない! 国と言うシステム自体が、強者が弱者から吸い上げる歪んだ仕様なんだよ!」


「あんた共産主義者なのか?」


「違う! 俺は弱者の味方であり、弱者の側に立って、物言えぬ弱者に代わって国家に突き付ける剣なのだ!」


 何言っているんだこの人?


「やっている事覗きじゃん」


「覗きじゃない! 監視だ!」


 真正面から真摯に言い返された。成程。今まで出会った事のないタイプの人間だな。


「そう言われましてもねえ。流石に十代の女の子を覗き見るのを、監視と言い張るのは無理があるんじゃない?」


「ふん! 日本が異世界と手を組んで、この地球の覇権を握ろうと画策しているのだから、監視されて当然だろう!?」


 何その荒唐無稽の計画? どっから沸いて出てきた陰謀論なの?


「でも何でウチの学校なんて監視していたの?」


「貴様がいたからだ! 工藤春秋!」


「俺!?」


 ちょっと心当たりが……あり過ぎるな。


「成程、異世界周りを調べていたら、俺にたどり着き、そこにクドウ大使の娘さんであるミウラさんらが転校してきたので、監視を厚くしたと?」


 首肯する武田。どうやら当たりらしい。ふむ。独力で俺にたどり着くとは、『空識』あってとは言え、やるなあこのおっさん。


 武田傑。見た目は太ったおっさんだ。年齢は三十二歳。なんとFuture World Newsの創設者である。サイトを立ち上げたのは大学時代。当時の政経サークルの仲間と立ち上げたようだ。最初こそ真面目に政治や経済について報道するサイトだったのだが、それで運営していける程、現在のインターネット戦国時代は甘くない。すぐに立ち行かなくなり、サイトは十把一絡げのゴシップサイトへと舵を切った。政経に振っていた頃より明らかに閲覧数は伸びているようだけど。


 そうして何とか今までやってきたのだが、この創始者は元々政治に高い関心のあった人物であり、加えてこんな思考と志向の持ち主だ。前々から国の上層部を快く思っていなかったのだろう。日本政府がオルドランドと国交を樹立させた頃から、言動が更におかしくなった。と武田周辺では言われていたようだ。


「俺を捕まえてどうする!? 逮捕は無理だぞ!? 物理的には俺は異世界人に手を出していないんだからな! 何もしていない奴を逮捕も公訴も出来ないだろう!? 俺を罪に問う事は出来ない! 俺の正義は誰にも止められない!!」


 いや、あんた俺を殴っているから。そこからズルズル情報を引き出すのは日本警察の常套手段だ。まあ、もういいや。おっさんがキャンキャン吠えているのを見るのも気分が良くない。


「黙れよ。国がその気になって動いていれば、あんた今頃、人知れずにこの世とおさらばしていてもおかしくないんだぜ?」


 俺が少し殺気を放っただけで、武田はヒュッと息を吸い込んで固まった。


「今、あんたが生きているのは、国の温情だ。この部屋の外には政府の人間もいて、聞き耳を立てている。分かるな? これからの話に嘘は吐くな。正直に答えろ。俺の仲間には、嘘を見破れるスキル持ちがいるからな」


 俺の言葉に武田は首を激しく上下に動かした。まあ、嘘を見破れるスキル持ちがいる事が嘘なんだけど。


「さて、これでゆっくりお話が聞けるかな?」


「何が聞きたいんだ?」


 一息吐いてノビをする俺に、武田の方から尋ねてきた。


「そうですねえ。まず、お名前から」


「だから、武田傑だと免許証にも……」


「いえいえ、そちらではなく、前世のお名前を教えてください」


 俺の質問に、武田は苦虫を噛み潰したような顔をした。

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