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対吸血鬼(後編)

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「気を付けろよ二人とも!」


 そこにリットーさんの声が飛んでくる。ちらりとそちらをみれば、リットーさんはゼストルス、バンジョーさんらとともに、『魔の湧泉』から湧いてくる魔物たちの対処をしていた。


「ウルドゥラのギフトは『供血』だ! 血に塗れ、血を摂取する程にそのステータスを増大させていく厄介なスキルだ!!」


「そう言う事は先に言っておいてください!」


「私一人でここに来るつもりだったんだ!」


 ウルドゥラが血を舐めたりしていたのは、趣味だった訳じゃないのか。生まれ持っての吸血鬼だったと言う訳だ。


「ケヒヒヒヒヒヒハハハハハハッ! そう言う事だ! 俺は血を飲み、血を浴びる程強くなるのさ!!」


 それは自身の血であってもそうなのだろう。だからウルドゥラは自身の流血に頓着しないのかも知れない。それだと『認識阻害』の意味がないか?


 ウルドゥラの声が止むや否や、凶刃がバヨネッタさんの喉に突き付けられる映像が頭に流れる。俺は瞬間的にそれを腕の黒剣で防いだが、その力強い一振りに、身体が押し返される。


 ダァンッ!


 が、凶笑を顔面にたたえるウルドゥラに対して、バヨネッタさんは冷静だった。俺がウルドゥラの一撃を受け止めた瞬間に、その土手っ腹に銃弾を撃ち込む。


「かはっ」


 腹だけでなく、口からも血を吹き出して姿を消すウルドゥラ。確かに『供血』は恐ろしい能力だろう。が、諸刃の剣だ。


 いや、本来であれば周りの人間やら魔物の血を浴びる事でステータスを上げるのが、『供血』なのであろうが、この場の魔物は全てゼストルスが消し炭にしてしまったので、血は残っていない。これもリットーさんの計算のうちなのだろう。ゼストルスは『魔の湧泉』から出てくる魔物も、その炎で焼いていた。そして『未来予知』で先回りして攻撃を防ぐ俺がいる事で、人間からも血を採取出来ない。これではウルドゥラも全開を出せないはずだ。


「ふふっ。残念だったわね、ウルドゥラ。あなたの命運もここで尽きるようよ」


「くぅぅぅぅ、おのれええええ!!」


 声を裏返られせて姿を現したウルドゥラは、黒い鎧を身にまとっていた。『闇命の鎧』だ。俺やバンジョーさんのとは違い、大鎌が全体から生えている。


「ケヒヒヒヒヒヒ!! これでもう貴様の攻撃は通用しないぞ! 魔女め!」


 ウルドゥラはそう言って『闇命の鎧』から生えた大鎌で、これが最後の攻撃だとでも言わんばかりに、連続攻撃を仕掛けてきた。


 俺はそれを黒剣で受け止めるが、『供血』と『闇命の鎧』で強化されたウルドゥラの大鎌は、俺の黒剣よりも強度が高かった。受け止めたそばから黒剣が壊されていき、俺は黒剣が崩壊していくそばから生成を繰り返していく。


「ふふっ。本当に。あなたが馬鹿で助かったわ、ウルドゥラ」


 そう笑って、バヨネッタさんは俺の後ろから、右手の金のピースメーカーをウルドゥラに向ける。


「銃弾など効くものか!」


 更に激しくなるウルドゥラの凶刃の雨の中、一発の銃弾が発射された。


 その銃弾は、ウルドゥラの『闇命の鎧』によって弾かれる事はなかった。着弾するや否や、ウルドゥラと言う存在をえぐるかのように、時空や事象を貫いて、ウルドゥラを突き抜けていったのだ。


 その直後に、『闇命の鎧』ごと崩壊していくウルドゥラがあった。


「これは……、いったい?」


 その、人間だったものが、この世のものとは思えない壊れ方をしていく様に呆然とする俺に、バヨネッタさんが教えてくれた。


「今のは、弾頭の一部に神鎮鉄しんちんてつを使った銃弾よ」


「神鎮鉄、ですか?」


「ええ。その名の通り、神が起こした事象さえも鎮めてなかった事にしてしまう代物。つまり、魔法やスキル、魔法系のギフトなんかを無効化する対魔法物質が神鎮鉄なのよ」


 神が起こした事象さえなかった事にしてしまう神鎮鉄。とんでもない代物である事は、眼前のウルドゥラだったものを見れば分かる。人の姿を保てず、崩れるように溶けるように崩壊していくウルドゥラ。全身を化神族と魔法的な繋がりによって同化していたウルドゥラには、効果覿面だったのだろう。


 そしてこれが相当希少である事も分かる。対魔法、対スキル、対ギフトに関して、これ程有効であるこの物質を、バヨネッタさんが今までの旅で使用したのを見た事がない。恐らくはバヨネッタさんとしても秘中の秘だったのだろう。それを使わざるを得ない程に、ウルドゥラは強かったのだ。


「ケ、ケヒ、ケヒ、ケヒ……」


「うわっ!?」


 ウルドゥラだったものから声が聞こえてきて、思わず悲鳴を上げてしまった。


「まだ、だ……。まだ、死なぬ、ぞ……」


 そう言ってウルドゥラは床を這いずりながら、思った以上の速度で『魔の湧泉』の方へ逃げていく。


「嘘でしょ!? 神鎮鉄の銃弾を食らって、なんで生きていられるのよ!?」


「バヨネッタさん、今はそれどころでは……」


 などと俺たちがやり取りをしている間に、ウルドゥラは『魔の湧泉』に到着してしまう。あそこから魔物が湧いてくると言う事は、あそこはどこかと通じているのだろう。そこに逃げ込まれれば俺たちには追い掛けられない。


「リットーさん!」


「分かっている!!」


 そう言ってリットーさんは螺旋槍を振るうが、槍はウルドゥラをすり抜けてしまった。あんなになってまだ『認識阻害』が使えるのか?


 などと思っている間に、『魔の湧泉』に入り込もうとするウルドゥラの前に立ち塞がる者が現れた。リットーさんでもバンジョーさんでもない。


 彼の者は『魔の湧泉』から現れた。学ランとも軍服とも見える服の上にマントを羽織った、俺と同じ年齢くらいの少年。腰には二本の、形の違う剣を提げていた。刀と剣『らしき』ものだ。


『認識阻害』を使い、眼前の少年の横を通り過ぎようとするウルドゥラ。が、それは叶わなかった。


 少年はウルドゥラが自分の横を通り過ぎようとした瞬間、腰から刀を抜き放ち、そのままウルドゥラを斬り伏せたのだ。『認識阻害』を発動させていたウルドゥラを。それが奴の、ウルドゥラの最期だった。断末魔の声もなく、霧のように散った。世界に溶け込んだのではなく、本当にこの世から消え去ったのだ。


 そして少年は、それが何事でもなかったかのように、『魔の湧泉』からこちらへと歩を進めてくる。その少年の顔に、俺は見覚えがあった。


「……シンヤ」

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