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どれにもなれなかっただけの話

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 どうにも俺は厄介事に愛される体質らしい。


 場所は満員の闘技場。曇天に夜空が塗り潰される中、バヨネッタさんやオルさん、ベフメ伯爵らが貴賓席からこちらを見下ろしていた。その舞台中央に俺は立っている。俺の眼前には、俺を睨むジェイリスくんの姿。まさか本当に決闘する事になろうとは。



 時は巻き戻りあの夜。興奮しながら俺に決闘を申し込むジェイリスくんとは対照的に、周りの対応は冷ややかなものだった。まあ、そうだろう。俺を含めて、こいついきなり何言い出すんだ? って話だし。


「嫌ですよ」


 当然俺は断った。これを聞いてこめかみに血管が浮き出るジェイリスくん。


「ほ、ほう? 侯爵子息である私が、恥を心奥に押し込め、平民の君に申し込んでいるのだぞ? 元から君に拒否権はないんだよ」


 なんだよその超理論。そんなん知らんがな。


「恥ずかしいと思うなら、それを前面に出して決闘を引っ込めてください」


 ああ! こめかみの血管が更に太くピクピクしている。


「ほう? そんな事を言って良いのかな? 私は君の正体を知っているのだぞ?」


 正体? 俺が異世界人だって事か? 確かにおおっぴらにはしていないな。う~ん、でもなんか違う気がする。


『こやつはハルアキが黒衣の君だと言いたいんじゃないか?』


 とアニンが教えてくれた。そう言う事か! 納得である。どう調べて、どこで気付いたのか知らないが、確かに厄介だ。それがベフメ伯爵にバレると、どうなるのか、ちょっと俺には想像がつかない。正体が分かって好かれるのか、正体を知ってがっかりされるのか。どちらにしろ面倒臭そうだ。とりあえず、


「俺は王子様じゃないですよ」


 とだけ言っておこう。


「当たり前だ! 君のような王子がいてたまるか!」


 怒られた。


「それで? 返事は?」


 なんだか、ジェイリスくんはすでに勝ち誇ったような顔をしているが、まだ決闘前だよね? ここで「やらない」って言ったら、ジェイリスくんはどんな顔をするのだろう? それは嗜虐的過ぎるか。


「はいはい。分かりました。決闘を受ければ良いんでしょう?」


 俺の返答ににやりと笑うジェイリスくん。小さくガッツポーズまでしてるよ。何がそんなに嬉しいのやら。


「やるんなら早くしなさい。こっちには水路建設って言う大事業が待っているんだから」


 とバヨネッタさんは冷ややかだ。まあ、盛り上がっているのはジェイリスくんだけなんだけど。


「と、とにかく、この決闘で私が勝ったあかつきには、今後領地経営に首を突っ込むのはやめてもらおう」


 こちらから突っ込んだ覚えはない。だが成程。ジェイリスくんは不安だったんだな。新領地に来たばかりで孤軍奮闘していたのに、自分の意見は通らず、どこの誰かも分からない俺の意見を聞くベフメ伯爵。今後ベフメ伯爵領でやっていくには、俺は排除しておきたいファクターだった訳だ。言うて俺は旅人だから、ベフメ領からは出ていくんだがなあ。焦っているなあ、ジェイリスくん。


「じゃあ俺からの要求は……」


「なんだと? 君からも要求だと?」


 え? そこって驚くところ?


『上級貴族だからな。まさか平民が要求を突き付けてくるとは思わなかったんじゃないか?』


 とアニン。う~ん、ジェイリスくんの未来が不安になるなあ。


「決闘なんだから、互いに要求を出すのは当然でしょう?」


 バヨネッタさんの言葉に、目を見開き口をパクパクさせるジェイリスくん。バヨネッタさんを見て、ベフメ伯爵を見て、最後に俺を見て、ゆっくり口を閉じてから首肯した。


「い、良いだろう。君の要求を聞こう」


 そんな一大決心なのか? まあ、良いけど。


「俺の要求は簡単だよ。ジェイリス様の呼び方を、『ジェイリスくん』に変えて良いかな?」


 すでに心の中ではジェイリスくんなんだけどね。ああ、また口をあんぐり開けている。これは通らないかなあ。バヨネッタさんとベフメ伯爵はニヤニヤしているな。さあ、どうする? ジェイリスくん。


「い、良いだろう! その要求、飲もうじゃないか!」


 おお! 男気を見せたな! まあ、声は裏返っていたけど。


「じゃあ、決闘は明日で良いわね?」


 とさらっとぶっ込んでくるバヨネッタさん。


「いや、早いですよ!」


「言ったでしょ? こっちだって急ぎの案件なのよ。子供のお遊びに何日も付き合ってられないのよ。雨季は待っていてくれないのよ?」


 それはそうかも知れないが。


「せめて、明後日にしてください。俺、武器もないんですから」


「武器がない? そんな訳……」


 とそこでバヨネッタさんは気付いたようだ。そう。この決闘でアニンを使う事は出来ない。それをすればベフメ伯爵に俺が黒衣の君である事がバレる可能性が跳ね上がるからだ。


「仕方ないわね。明後日にしてあげるわ」



 と言う事で、俺はあの夜から二日後の今日。闘技場の舞台に立っているのだった。はあ。気分下がるわあ。


 しかしそうとも言っていられない。気を抜いて良い相手ではないのだ。何でもバヨネッタさんからの前情報で、ジェイリスくんの方が俺よりレベルが高いと分かったからだ。そりゃあそうか。若くして騎士として働いてきたんだから、相応のレベルなのも納得だ。ちなみに、俺が二十九で、ジェイリスくんが三十二である。三差は大きいだろう。


「はん。一日の猶予があったと言うのに、調達出来た武器がそれなのか?」


 舞台上で対面するジェイリスくんに鼻で笑われた。まあ、それはそうかも知れない。なにせ俺の武器は鉄の棒だからだ。それに魔石インクで魔法陣が描かれたテープを全面に巻き付けてある。確かに見栄えは良くないな。


 対するジェイリスくんの武器は剣だ。騎士だからか、決闘だからか、至極真っ当な選択だ。鍔には魔石がふんだんにちりばめられ、豪奢な意匠が施されている。見せ掛けではなく、魔道具としての側面もあるのだろう。攻撃系の魔法にも要注意だな。


「俺の国には棒やら杖と言う武器に対して、突けば槍、払えば薙刀、打てば太刀。そんな風に称える言葉があるんですよ」


 と俺は棒を槍のように構えてみせた。


「はん。そのどれにもなれなかっただけの話だろう」


 対するジェイリスくんは、その豪奢な剣を剣道のように正眼に構える。


 決闘が今にも始まろうと言う時、空が鳴いた。まるで飛行機のような轟音が空から聞こえ、何事か? と闘技場に集まった全ての人間が天を仰ぐ。それは一頭の飛竜であった。

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