世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順

文字の大きさ
上 下
65 / 642

お犬様の去就(後編)

しおりを挟む
「じゃあ、帰りますね」


 黒犬の寝床亭。俺とオルさんの部屋で、転移門を開き、後ろを振り返ると、バヨネッタさん、オルさん、アンリさんがニコニコと笑って送り出してくれている。


「さっさと帰りなさい」


 バヨネッタさんはいつにも増して辛辣だ。その腕にはがっちりとミデンが抱き締められ、「ク~ン」と小さく鳴いていた。


 その鳴き声が抱き締められている苦しさからなのか、俺との別れを惜しんでなのか分からないが、なんとも切なくなる鳴き声だ。


 でもごめんな。連れていけないんだよ。俺はその惜別を断ち切るように転移門を潜り抜けた。日本は雨だった。降り始めのようだ。俺は『空間庫』からビニール傘を取り出すと、パッと開く。


「ワンッ」


 すると足元から元気な犬の鳴き声が聞こえてきたので、ハッとして見遣ると、ミデンが嬉しそうに尻尾を振っていた。


 はっ!? 何でいるんだよ!?


 俺は慌ててミデンを連れて転移門を潜り直し、バヨネッタさんに渡そうとしたら、部屋から出ようとするバヨネッタさんの腕には、がっちりとミデンが抱きしめられている。


 え? どう言う事? 首を傾げる俺の腕の中にもミデンがいる。……ああ、分身か。と納得するが、たとえ分身であっても連れて行く事は出来ない。


 俺は驚いている三人に、無理矢理ミデンを預けると、とんぼ返りで転移門を潜った。


「ワンッ」


 だから何でいるんだよ? 俺は、もう一度返しに行かないとなあ。とミデンを抱き上げる。


「お兄ちゃん?」


 と突然声を掛けられてビクッとした。見ればそこには妹のカナがいたからだ。振り返ると転移門は消してあった。セーフ。だよな?


「カナ、どうしたんだ?」


 俺は戦闘時よりも心臓をバクバクさせながらカナに尋ねる。


「お母さんとの買い物帰りだけど……、お兄ちゃんこそ……」


 くっ、やっぱり転移門を見られていたか。どう言い訳しよう。


「その犬どうしたの?」


「え? 犬? 気になったのこっち?」


「こっちって、どっち?」


 カナは犬の鳴き声がしたから、公園の外れにある公衆便所まで来たのだそうだ。俺は転移門を見られなかった事にホッと嘆息するが、カナの追及は止まらない。


「ねえ、その犬どうしたの? 迷子犬? 捨て犬?」


 グイグイくるな。さて、どう説明したものか。


「いやあ、知り合いが急に引っ越す事になってさあ、で、引っ越し先のマンションがペット禁止みたいで、一時的に預かってくれないか? みたいな?」


「…………」


 苦しかったか?


「一時的?」


「そう! 明日にでも別の飼い主探し出して渡すから」


「その、新しい飼い主って、うちじゃ駄目かな?」


「は?」


 何を言い出すんだ我が妹は。などと思っていると、カナの行動は早かった。公園の外で待っていた母を呼び出し、父に電話して車で迎えに来て貰い、そのままペットショップへ直行。室内犬を飼うのに必要な物を買い込み、四人と一匹で我が家に帰宅したのだった。



「わっはっは。でかしたぞ春秋! この半年くらい、何かペットが飼いたいなあ。と三人で話していたんだ」


 と、父に思いっきり肩を叩かれた。リビングの一画には、既に小型犬用のゲージが作られている。


「ペット飼うだなんて、俺、聞いてないんだけど?」


 ペットを飼うのは了承するが、俺抜きで話が進められていたのが腹が立つ。


「だってお兄ちゃん、この一年くらいゲームとコスプレで引き籠もってたじゃん」


 成程。家族とのコミニュケーションを怠っていた俺にも責任の一端がある訳だな。だとしても、


「せめて一言欲しかった」


 がっくり肩を落とす俺に、夕飯の支度をしている母が慰めるように声を掛けてきた。


「まあまあ、いいじゃない。決め手になったのは実際ミニピンを連れてきた春秋なんだし」


 これは慰められているのか? と俺は母を手伝う為に台所に向かった。


「でもかわいいミニピンだよね?」


 カナはさっきからミデンを抱き締めてずっと頬ずりしている。


「ああ。良いミニピンだ。小型犬のかわいさの中にも、賢さが窺えるな」


 父もミデンを撫でながら、その利発そうな顔立ちを褒めていた。が気になる事が一つ。


「そのミニピンって、もしかしてそいつの名前? 悪いんだけどそいつにはもう名前が決まっていて……」


 と俺がここまで言ったところで、三人に大笑いされてしまった。


「違うよお兄ちゃん。ミニピンは犬種。ミニチュア・ピンシャーの事だよ」


 ミニチュア・ピンシャー?


「え? ドーベルマンじゃないの?」


「近種だけど違うよ。ドーベルマンはドーベルマン・ピンシャー。こっちはミニチュア・ピンシャー。レー・ピンシャーとも言うけど。明らかにドーベルマンよりも小さいじゃない」


「犬種としてはドーベルマンよりもミニピンの方が古いんだぞ」


 へえ、そうなのか。ドーベルマンじゃなかったのか。と言うか、そもそも、そのミニピンでもドーベルマンでもなく、ミデンは魔犬だけどな。


「それで?」


 とカナが何かを催促するような顔をする。見れば父と母もしていた。


「それで、って?」


「名前、決まってるんでしょ?」


 ああ、そうだった。名前をまだ言っていなかった。


「ミデンだ」


「ミデン?」


 三人ともに首を傾げられてしまった。ピンとこないのだろう。それはそうだろう。異世界の言葉なのだから。


「何語? どう言う意味なの?」


 異世界語だよ。意味なんて知らない。


「ちょっと待って」


 と俺はスマホを取り出して調べるフリをする。どうせ載ってないだろうから、前の飼い主が適当に付けたんだろう。とでも説明すれば良いだろう。


「え? あった!」


「え? 何なに? どう言う意味なの?」


「ギリシア語でゼロだって」


 まさかあるとは思わなかった。調べてみれば他の言葉も出てくるのかな? 意味は違うだろうけど。


「へえ。中々洒落た名前付けられていたのね。ねえ、ミーちゃん」


 とまたミデンに頬ずりカナ。もういきなり崩してるじゃないかよ。


「本当に、良い名前ねえ、ミーちゃん」


 そこに母がやって来てカナからミデンを取り上げて頬ずりをする。カナも父も文句を言いたそうだが、母に夕飯の支度を押し付けていたので、文句も言えずにいた。


「明日私、仕事休みだから、ミーちゃん連れて、動物病院と役所に行ってくるわね」


「どう言う事?」


 いきなりの母の話に、俺は首を傾げた。動物病院は分からんではないが、役所?


「犬を飼うには役所に届け出が必要なのよ。それと年一回の狂犬病の予防注射も」


 へえ、そうなんだ。犬飼おうなんて思った事なかったから、知らなかったな。


「だから先に動物病院で狂犬病の予防注射受けてから、役所で手続きしてくるわね」


 なんかお手数お掛けします。俺や父、カナは母にお礼を言って頭を下げ、その後四人と一匹で夕飯を食べたのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

処理中です...