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雨でも降るのかな?

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 目が覚めると、部屋は薄暗かった。朝だろうか? それとも夕方? 横のベッドでオルさんが寝ているから、明け方なのだろう。


 頭がスッキリしている。身体もダルくない。熱が引いたのだと、今まで生きてきた経験則で分かった。耳下を触ってみるが、腫れていないし、痛くもない。これは完治したと考えて良いのではなかろうか。


 などとベッドの中でもぞもぞしていると、もう片方のベッドでオルさんが動く。


「んん、ハルアキくん、起きたのかい?」


 オルさんは布団にくるまったまま、ベッド脇のチェストに置かれた眼鏡を掴むと、眼鏡を掛けて俺をじっくり観察してくる。


「ええ。お陰様で。熱もダルさもありませんし、下膨れの顔も治ったみたいだし、ハルアキ完全復活! って感じですよ」


「そう。良かったよ。でもまだ無理をしちゃいけないよ」


「はい」


 そう言われてもな。何て言うか、病み上がりの身体を動かしたい欲ってあるよなあ。などと思いながら上半身だけを起こし、辺りを見遣る。


 そういや、ここで海賊の手先と戦闘があったんだよなあ。手先たちはバヨネッタさんに撃たれて血も流していたと言うのに、部屋に血痕らしきものは見当たらない。それに壊された寝室の扉も直っている。バヨネッタさんがやったのだろうか?


「どうかしたかい?」


 俺が不思議そうな顔をしていたのだろう。オルさんに尋ねられた。すると、扉を直したのは確かにバヨネッタさんだが、血抜きはオルさんとアンリさんが浄化魔法で綺麗にしたのだそうだ。


「あの、海賊の手先たちはどうなったんですか?」


「大半はこの船の船長の空間庫行きで、生き残った者たちも、見張り付きの船倉に閉じ込めてあるよ」


 とオルさんはさも当然のように語った。これが異世界流の対処法なのだろう。海賊も大半はバヨネッタさんの大砲で海の藻屑となり、残った者たちもほうほうのていで逃げていったそうだ。流石にバヨネッタさんも追いはしないか。


「こちらにも、死者が出たんですか?」


「ああ。船員や乗客に何人かね」


 そうか人死にが出たのか。死の身近でない日本で生活していたからだろうか。何人死んだか分からないが、ピンとこないな。目の前に死体がある訳でもないし。


「生き残れたのは、運が良かったですね」


「そうだねえ」


 しみじみそう思っていると、寝室の扉がノックされた。


「オル様、お目覚めでしょうか?」


 アンリさんの声だ。


「お食事をお持ちしました」


 おお、食事か。それを聞いて俺の腹の虫がグーグー鳴く。相当腹が減っているようだ。


「丸一日以上寝てたからね。仕方ないよ」


 そう語るオルさん。え? 俺、丸一日眠ってたの?


 そこにアンリさんが扉を開けて寝室に入ってくると、俺が起きている事に気付いてちょっと驚いていた。


「ハルアキくん、もう起きて大丈夫なのですか?」


「はい。もう全快ですよ」


 笑顔で答えたつもりだったが、アンリさんの顔は硬い。どうしたんだろう?


「アンリ、俺の分は良いから、先にハルアキくんに食事を」


「いえ、そう言う訳には」


 ああ成程、まさか俺が起きているとは思わなくて、俺の分の朝食は持ってきていないから、ちょっと困った顔になったのか。


「俺は後でいいですよ。オルさん先に食事してください」


「いやしかし、ハルアキくん、病み上がりでお腹空いているんじゃないのかい?」


 空いていないと言えば嘘になるが、アンリさんは貴族であるオルさんの下で働いている人であり、俺はバヨネッタさんの従僕と言う立場になっている。ならば当然貴族であるオルさんの食事が優先されるべきだ。


「俺は大丈夫です。ちょっと、甲板に行って、風にでも当たってきますね」


 別に横でオルさんが朝食を摂っているところを見ていても良かったのだが、グーグー腹を鳴らしているガキが横にいては、オルさんも食事がし難いだろう。と気を使って寝室を出た。



 甲板に吹き抜ける風が、意外と強い。病み上がりだと、手すりに掴まり、ちょっと踏ん張らないといけないくらい大変だ。


 東があっちで西があっち。東から西に船が進んでいるって事は、海賊の襲撃を受けて、クーヨンに引き返さなかったって事か。なら、客や船員の死者数はそれ程でもなかったんだろうな。


「良かった。……いや、良くないだろ」


 死者が出てるんだよ。死者を見ていないからピンときてないのかも知れない。でも死体なんて見たくないしなあ。


「何を百面相しているのよ?」


 声を掛けられた。そちらを見るとバヨネッタさんがいた。


「おはようございますバヨネッタさん」


「ええ、おはよう」


「海賊戦ではお疲れ様でした。お陰で生き残る事が出来ました」


「いえ、私の見通しが甘かったわ」


 そうなのか?


「私はハルアキに『聖結界』があるからって、何もしないで出て行ったのよ。あそこはハルアキの状態を鑑みて、結界を張っておくべきだったわ」


 ああ。そう言う事か。


「でも助けにきてくれましたし」


「当然でしょ」


 怒られてしまった。


「……まあ、あれね。『聖結界』が解けてもアンリたちを守ろうとした事は褒めてあげるわ」


 おお、褒められた。珍しい! 言っても一回盾で防いだだけなんですけど。きっとオルさんが上手いこと口添えしてくれたんだな。


「何よ?」


「いや、雨でも降るのかなあ。と」


「? それも野生の勘なの?」


「いえ、ただの言い伝えです」


 不思議そうに首を傾げるバヨネッタさんに、何かバツが悪くなって俺は笑って誤魔化した。


「お二人ともここでしたか」


 とそこにアンリさんが俺たちを呼びに来てくれた。



 俺とバヨネッタさんは、バヨネッタさんの船室のリビングスペースで朝食を摂り、「今日一日は安静に」とバヨネッタさんとオルさんに言われたので、また俺たちの寝室で読書となった。俺はオルさんに字を教えて貰いながらだったが。


 そしてその日の午後に雨が降った。バヨネッタさんに怪訝な眼差しで見られた。たまたまだから! 偶然だから!

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