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流行り病
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熱が出た。航海初日から客室のベッドに釘付けだ。
「ブンマオ病ね」
寝室に来て診断してくれたバヨネッタさん曰く、そんな名前の病気らしい。心配して側にいてくれているオルさんやアンリさんも頷いているので、間違いはないのだろう。
「風邪じゃないんですか?」
熱に加えて、喉の痛み、頭痛、背筋がゾクゾクする、倦怠感など、風邪で高熱を出した時と似ている。違いは耳下から顎にかけての痛みだろうか。
「昔、ミャンと言う国にブンマオと言う王様がいたの」
何か語り出した。
「ブンマオは酷い下膨れの顔をしていてね、家臣たちは皆、陰で笑っていた。本人も気にしていたのね、それを知ったブンマオは激怒して、悪魔を呼び出し皆を呪ったのよ。皆同じような顔になってしまえってね。それがブンマオ病の始まりだと言われているわ」
呪いですか。…………ん? 下膨れの顔? それってもしかしておたふく風邪なんじゃ? つまり俺は今、おたふく顔って事か。
「普通は幼子が罹る病気なんだけど、ハルアキはこっちの世界に来たばかりだから罹ったのね」
そうか、俺はこっちのおたふく風邪に罹ったのか。
「でも、大丈夫ですかね?」
オルさんが心配してくれている。
「年齢を重ねてからのブンマオ病は、命に関わると言いますし」
そう言えばおたふく風邪でもそんな話を聞いた事がある。他にも何かあった気がするが、え? 俺、死ぬの? 病気で?
「大丈夫でしょう。祝福の儀で『回復』のスキルを授かっているのだし。まあ、この航海の間は養生する必要があるでしょうけど」
そうか。『回復』のスキルがあったっけ。デウサリウス様ありがとう。
「…………種はなくなるかも知れないけど」
とぼそりとこぼすバヨネッタさん。種がなくなる? どう言う意味? 何かの隠喩か何かか? とここでオルさんが耳打ちしてくれた。
「子種の事だよ」
ああ。そっちね。そう言えばそんな話も聞いた事がある。見ればバヨネッタさんは顔が紅潮して、耳まで真っ赤だ。バヨネッタさんって意外と下ネタ駄目な人だよなあ。
などと思っていられない。俺、この年にして子供作れない身体になるかも知れないのか。ああ、運命とは何故斯くも俺に辛く当たるのか。
「まあ、『回復』もあるし、そんな事にはならないでしょう」
とバヨネッタさんは言ってくれたが。
皆、なんだかんだと寝室にいてくれた。バヨネッタさんとオルさんは隣りのオルさんのベッドに腰を落とし、本を読んでいる。アンリさんは寝室の扉の横に立って控えていたが、船の揺れもあるし危ないだろう、とオルさんが椅子に座らせた。
「なんか、すみません。いきなり面倒をお掛けする事になって」
「はは、気にしなくて良いよ。元々、この航海の間は、本を読むくらいしかやる事なかったし」
「そうよ。ハルアキ以外、ブンマオ病には罹っているから、伝染る心配もないしね」
とオルさんとバヨネッタさん。ありがたい。病気の時と言うのは、何かと気が弱くなるものだ。部屋に誰かいてくれるだけでも嬉しい。
そして航海三日目。『回復』のスキルのお陰か、熱は下がってきたが、悪寒が止まらない。背筋のゾクゾクが警鐘を鳴らしている。
「ブンマオ病って、こんなに背筋が凍えるものなんですか?」
「どうだったかな? 皆、幼い頃に罹ったきりだから、詳しくは覚えていないんだ」
とオルさん。それはそうか。
「どう言う症状なの?」
バヨネッタさんが俺に尋ねてくる。
「何と言うか、船に乗ってからこっち、悪い予感がどんどん膨らんできている感じですかね。死の気配と言いますか」
俺の言葉に、バヨネッタさんは口元に手を当てしばし黙考し、一人寝室を出て行ってしまった。
「なんでしょう? 俺、気に障る事でも言いましたかね?」
「いや、そんな事は。まあ、バヨネッタ様のやる事だ。現状から悪くなると言う事はないだろう」
信頼されているんだなあバヨネッタさん。などと思いながら、俺は眠りについていた。
目を覚ましたのは、けたたましく鐘が鳴り響かされたからだ。船の鐘だろう。明らかな警鐘音だ。
「何事ですか?」
「分からないが、廊下が騒がしいな」
オルさんに尋ねるが、首を横に振るオルさん。まあ、いきなり警鐘音を聞かされても、そうだよな。
「私が聞いてきましょう」
アンリさんが立ち上がり、寝室を出て行こうとした時、背筋が今までよりもゾッとした。
「待ってください!」
「え?」
思わず大声で引き止めていた。
「どうかしましたか?」
アンリさんもオルさんも、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「この部屋に『聖結界』を張ります。部屋から出ないでください」
「いきなりだね」
オルさんの言に俺は首肯する。
「背筋のゾクゾクの意味が分かりました。病気ではなく、野生の勘です。恐らく、魔物か何かに襲撃を受けているんだと思います」
俺はそう説明して、寝室に『聖結界』を施した。
「確かに、ハルアキくんの勘が当たったようだね」
丸窓から外を覗くオルさん。その声が緊急事態を物語っていた。
「どうやら海賊のお出ましのようだ」
「ブンマオ病ね」
寝室に来て診断してくれたバヨネッタさん曰く、そんな名前の病気らしい。心配して側にいてくれているオルさんやアンリさんも頷いているので、間違いはないのだろう。
「風邪じゃないんですか?」
熱に加えて、喉の痛み、頭痛、背筋がゾクゾクする、倦怠感など、風邪で高熱を出した時と似ている。違いは耳下から顎にかけての痛みだろうか。
「昔、ミャンと言う国にブンマオと言う王様がいたの」
何か語り出した。
「ブンマオは酷い下膨れの顔をしていてね、家臣たちは皆、陰で笑っていた。本人も気にしていたのね、それを知ったブンマオは激怒して、悪魔を呼び出し皆を呪ったのよ。皆同じような顔になってしまえってね。それがブンマオ病の始まりだと言われているわ」
呪いですか。…………ん? 下膨れの顔? それってもしかしておたふく風邪なんじゃ? つまり俺は今、おたふく顔って事か。
「普通は幼子が罹る病気なんだけど、ハルアキはこっちの世界に来たばかりだから罹ったのね」
そうか、俺はこっちのおたふく風邪に罹ったのか。
「でも、大丈夫ですかね?」
オルさんが心配してくれている。
「年齢を重ねてからのブンマオ病は、命に関わると言いますし」
そう言えばおたふく風邪でもそんな話を聞いた事がある。他にも何かあった気がするが、え? 俺、死ぬの? 病気で?
「大丈夫でしょう。祝福の儀で『回復』のスキルを授かっているのだし。まあ、この航海の間は養生する必要があるでしょうけど」
そうか。『回復』のスキルがあったっけ。デウサリウス様ありがとう。
「…………種はなくなるかも知れないけど」
とぼそりとこぼすバヨネッタさん。種がなくなる? どう言う意味? 何かの隠喩か何かか? とここでオルさんが耳打ちしてくれた。
「子種の事だよ」
ああ。そっちね。そう言えばそんな話も聞いた事がある。見ればバヨネッタさんは顔が紅潮して、耳まで真っ赤だ。バヨネッタさんって意外と下ネタ駄目な人だよなあ。
などと思っていられない。俺、この年にして子供作れない身体になるかも知れないのか。ああ、運命とは何故斯くも俺に辛く当たるのか。
「まあ、『回復』もあるし、そんな事にはならないでしょう」
とバヨネッタさんは言ってくれたが。
皆、なんだかんだと寝室にいてくれた。バヨネッタさんとオルさんは隣りのオルさんのベッドに腰を落とし、本を読んでいる。アンリさんは寝室の扉の横に立って控えていたが、船の揺れもあるし危ないだろう、とオルさんが椅子に座らせた。
「なんか、すみません。いきなり面倒をお掛けする事になって」
「はは、気にしなくて良いよ。元々、この航海の間は、本を読むくらいしかやる事なかったし」
「そうよ。ハルアキ以外、ブンマオ病には罹っているから、伝染る心配もないしね」
とオルさんとバヨネッタさん。ありがたい。病気の時と言うのは、何かと気が弱くなるものだ。部屋に誰かいてくれるだけでも嬉しい。
そして航海三日目。『回復』のスキルのお陰か、熱は下がってきたが、悪寒が止まらない。背筋のゾクゾクが警鐘を鳴らしている。
「ブンマオ病って、こんなに背筋が凍えるものなんですか?」
「どうだったかな? 皆、幼い頃に罹ったきりだから、詳しくは覚えていないんだ」
とオルさん。それはそうか。
「どう言う症状なの?」
バヨネッタさんが俺に尋ねてくる。
「何と言うか、船に乗ってからこっち、悪い予感がどんどん膨らんできている感じですかね。死の気配と言いますか」
俺の言葉に、バヨネッタさんは口元に手を当てしばし黙考し、一人寝室を出て行ってしまった。
「なんでしょう? 俺、気に障る事でも言いましたかね?」
「いや、そんな事は。まあ、バヨネッタ様のやる事だ。現状から悪くなると言う事はないだろう」
信頼されているんだなあバヨネッタさん。などと思いながら、俺は眠りについていた。
目を覚ましたのは、けたたましく鐘が鳴り響かされたからだ。船の鐘だろう。明らかな警鐘音だ。
「何事ですか?」
「分からないが、廊下が騒がしいな」
オルさんに尋ねるが、首を横に振るオルさん。まあ、いきなり警鐘音を聞かされても、そうだよな。
「私が聞いてきましょう」
アンリさんが立ち上がり、寝室を出て行こうとした時、背筋が今までよりもゾッとした。
「待ってください!」
「え?」
思わず大声で引き止めていた。
「どうかしましたか?」
アンリさんもオルさんも、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「この部屋に『聖結界』を張ります。部屋から出ないでください」
「いきなりだね」
オルさんの言に俺は首肯する。
「背筋のゾクゾクの意味が分かりました。病気ではなく、野生の勘です。恐らく、魔物か何かに襲撃を受けているんだと思います」
俺はそう説明して、寝室に『聖結界』を施した。
「確かに、ハルアキくんの勘が当たったようだね」
丸窓から外を覗くオルさん。その声が緊急事態を物語っていた。
「どうやら海賊のお出ましのようだ」
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