マ王くん

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マ王くん

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「余がマールド・アチェメンスカ・マルダルクだ。気軽に『マ王くん』と呼ぶが良い」


 僕らのクラス、5年2組にやって来たのは、最近になって国交が樹立した、マ界の王様だった。


 マ界はマ法のある異世界で、その超常の力を行使するマ族が文明を築いている世界だ。


 そんな異世界の王様が、なんで日本の公立小学校に転校してきたのか知らないけど、来てしまったのだから仕方ない。国際問題、この場合は世界際問題だろうか? にならないように付き合っていかなければ。


 ◯ ◯ ◯


 マ王くんは赤黒い肌で額に角が二つ付いていて、黒髪短髪、金眼の美少年だ。これだけでも日陰者の僕からしたら近寄り難いのに、スポーツ万能で成績優秀なものだから、マ王くんは入学して一週間でクラスどころか学校の人気者になってしまった。


「マ王様ステキー!」


「マ王様カッコイイ!」


「さすがはマ王様です!」


 などなど、マ王くんを褒めそやす言葉がそこかしこから聞こえ、マ王くんはいつもそんな人たちの輪の中心で、尊大な態度を取っていた。でもそれが嫌味に映らなくて、カッコよく見えるから、更に人気が上がっていった。


 そして隣の席の僕は、そんなマ王くんに憧れながら、自分との違いに打ちのめされて、塩で溶けるナメクジにでもなった気分で日々を過ごしていた。


 ◯ ◯ ◯


 僕こと赤木春馬とマ王くんは学級委員をしている。マ王くんが転校してくるまでは、クラスメイトから押し付けられる形で僕が学級委員をしていたけど、マ王くんがこれも経験だからと、自ら学級委員に名乗り出たので、僕がその補佐の副学級委員をしている形だ。


 基本的に先生や他クラス、他学年とのやり取りは僕がしているけど、優しいマ王くんはそれにわざわざついてきてくれるし、クラスで学級会があれば、リーダーシップを発揮してまとめてくれる。ケンカの仲裁なんかもしてくれるので、気の弱い僕はとても助かっている。


 そんな僕たち二人が、放課後に残って何をしているかと言えば、学級新聞の作成だ。パソコンを使って記事や紙面を作成し、それを先生のパソコンに送信して、オーケーが出たらクラスメイトのタブレットに一斉送信されるのだ。


 これが中々骨が折れる作業なのだ。学級新聞なんて大概紙面一枚で終わるものなのに、マ王くんはあんな事があったこんな事があった、あれも入れたいこれも入れたいと言ってくるので、いつも紙面がパンパンになってしまうのだ。お陰で毎週学級新聞を作る事になっていた。きっとマ王くんは今、人生を謳歌しているんだろうなあ。


「あ、マ王くん、ここの漢字間違えているよ」


「…………」


 ? 僕がパソコンとにらめっこしながら間違いを指摘しても返事が無い。いや、間違いを指摘した事自体が間違いだったのかも知れない。相手は王様なんだから。その事に気付いて顔を上げると、驚いた顔で固まっていたマ王くんが、にんまりと笑顔になった。初めて見る顔に、こちらの方が戸惑う。


「ええっと、何でしょう?」


 僕が恐る恐る尋ねると、


「春馬よ、自分が何と言ったのか分かっているな?」


「やっぱり怒っているよね」


「何をだ?」


 あれえ? と僕は首をひねった。


「僕が漢字の間違いを指摘したから、怒っているんじゃないの?」


「そんなの前からしているだろう? それにそうやって指摘するのは春馬の善意だろう? それを無下にはしない」


 そう言えば前にも指摘していたし、マ王くんからも、間違いがあればどんどん言ってくれ。と言われていた。


「じゃあ、マ王くんは何を……」


 とそこで僕は気付いてしまった。自分が他の皆にならって、『マ王様』と呼ぶのではなく、心の内での呼び方である『マ王くん』と呼んでいた事に。うわあ、どうしよう! 王様を心の内でくん付けで呼んでいた事がバレてしまった!


「ごめんなさい」


「だから何を謝っているのだ? 余は何も怒っておらんのだが?」


 確かに目の前のマ王くんは、いつもの尊大な態度と違って、まるで無邪気な子供のように喜んでいるように見える。いや、実際僕と同じ子供なんだけど。…………ああ、そうか。


「もしかして、ずっと『マ王くん』って呼ばれたかったの?」


 これに大きくうなずくマ王くん。


「そうだ。それだと言うのに、周りは揃いも揃ってマ王様マ王様だ。誰も『マ王くん』と呼ばないから、少し不機嫌になっていたかも知れないな」


 そうだったんだ。僕が尊大だと思っていたあの態度は、周りが『マ王様』とたたえるから、不機嫌になっていたのが、尊大な態度に映っていたんだな。


「でもそれなら、周囲の取り巻きたちに、『マ王くん』と呼べ。って命令するとか、マ法で言う事をきかせるとかすれば良いのに」


「春馬は意外と過激だな」


 そうかな?


「余が下手に他国の人間に命令したとか、それこそマ法を使ったとなれば、国際問題になるからな。呼び方は皆の自主性に任せるしかなかったのだ」


 そう言うものかな? でもまあ、下手に国際問題には出来ないか。


「だから春馬よ。お主自ら余を『マ王くん』と呼んでくれて、とても嬉しかったぞ。出来れば、…………これは命令ではなく、お願いなのだが、今後も『マ王くん』と呼んではくれないだろうか?」


「え? うん。それは良いけど」


 これに喜ぶマ王くん。しかし僕は、この発言を翌朝には後悔する事になった。


 ◯ ◯ ◯


 朝、教室のドアを開けて僕が入ってきても、いつもなら誰も気にしない。いや、一人だけ、いつも僕にあいさつをしてくる人物がいる。マ王くんだ。だから、


「おはよう、春馬」


 と当然のように僕にあいさつしてきた。マ王くんを囲む皆の前で。昨日までならここで「おはようございます、マ王様」と返すところだけど、昨日の約束がある。それを反故には出来ない。


「………」


 それでも中々口から言葉が出なくて、周りの皆が、「こいつ、マ王様にあいさつを返さないなんて、不敬じゃないのか」と思い始めているだろう事を察しながら、僕は一世一代の勇気を振り絞って声を発した。


「お、おおおお、おは、おはよう! マ王くん!」


 僕のあいさつに周りの皆は激しく動揺したり、何なら怒りから罵詈雑言を吐こうと言うところで、


「うむ。春馬、今日も一日よろしく頼むぞ」


 とマ王くんが返してきたものだから、周りの皆の動揺は、僕のあいさつ以上の衝撃で、皆して、僕とマ王くんを交互に見て、いったい自分たちは何を見せられているのか、今後どうすれば良いのか、呆然となっている間に、僕はササッと自分の席に着席するのだった。


 そしてこれが完全に呼び水となって、学校は『マ王くん』派と『マ王様』派に二分される事になるけど、それはまた別のお話。

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