悪役令嬢にオネエが転生したけど何も問題がない件

カトリーヌ・ドゥ・ウェルウッド

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1巻

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  ◇ ◇ ◇


 翌朝の新聞は想像通りの見出しが躍っていた。


『聖女の降臨』
『聖女の訪れを伝える大天使』


 十五紙すべての新聞はこの話題で持ちきり。
 空前の聖女ブームね。聖女なんて、現れるのは聖書の中だけかと思っていたけれど。そういえば前世のスマホの広告にも聖女が出てくる漫画があったわね。
 もし、現れた聖女がこの世界の主役なのだとしたら、この世界のメインストーリーは始まっているわけよね……
 となると私は何かの役どころがあるわけよね……。ありえそうなのは……


 その一、美しさのあまりドラゴンにさらわれて、勇者、王子、聖女に救われるのを待つ乙女。
 その二、ヒロインをいじめる悪役令嬢。
 その三、本筋と関係ない貴婦人。
 その四、ヒロインを支える友人。


 前にも思ったけれど、エマに聞いたエリザベートの悪評からいって、ありえそうなのは二番目の悪役令嬢なのよね。
『悪意を撒き散らす令嬢』なんて話していたし。
 けれど私は悪意なんか撒き散らさないし、聖女がヒロインなら邪魔はしないわよ? 興味があるのは美についてだけ。
 関わらない訳にもいかないだろうけれど、仲良く楽しく穏やかに行きましょうよ。
 お医者様がいらして診察をしてくださったけど、顔色を見ただけ。何がわかるのかしら。
 けれど、今日からベッドから起き上がって、歩いたりしていいとのお許しが出た。
 その前からあれこれと動きまくっていたし、問題ないとわかっていたけれども。
 というわけで、公式にきちんとしたドレスに着替えることになったわ。
 外の世界にお出かけもできちゃうわけね、楽しみだわ。
 憧れの、素敵なドレス。


「このドレスにするわ」

 私は考えあぐねた末に、淡い薔薇ばら色の小花が美しい白地の絹のドレスにした。
 襟は本当に細かなレースで妖精が作ったみたいに美しいもの、実際は修道女が長い月日をかけて作ったらしいわ、そしてフリルが品良くスカート部分についていて、胴着にはリボンがついて可愛らしい雰囲気を醸し出している。
 このシルクはとてもしっかりした生地なのに、手にすると軽くて月の光のようにつややかで、うっとりしてしまうわ。
 しっかりとあつらえたから似合うに決まっているけれど、少し緊張するわね。
 始めにコルセットをつけたけど、映画みたいにキュウキュウ締めないから姿勢が伸びたくらいで、そんなに悪くなかった。
 その上に巨大な鳥籠みたいなクリノリンをつけて、フリルがたっぷりついたスカートを身につける。最後に、胴着というのかしら? 上半身の部分を着たら完成。一人では着られないわね。
 新調した服だから下品じゃなくて、今の私の顔に見合った美しいものに仕上がっているわ。
 私は優雅に歩いて回転してみると、途端に転んだ。
 何よこれ。結構重いし、油断してるとスカートに重心奪われるわ。やばい。

「お嬢様、大丈夫ですか」
「え、ええ、調子に乗りすぎただけよ」 

 そう言って起き上がり、優雅に椅子に座ったけれど、クリノリンのせいね、微妙に座り心地が悪い。
 そのうち慣れるわよね、きっと。
 新調したのは舞踏会用ドレス、晩餐会用ドレス、茶会服、日常用の晩餐服、日常用の午前服、外出用の寝衣を全部五着くらいずつ作ってしまったわ。これでも貴族の身だしなみとしては最低限。
 あまりにも悪趣味だったから耐えられなかったし、侍女達どころか父と母もいい趣味とは思っていなかったみたいで、いくらでも作るようにと資金を出してくださったようよ。
 私自身も儲けているはずなんだけどお金って見たことないわ。
 いつのまにか支払いが済んでるという状態よ。
 これが裕福な貴婦人なのね。

「エマ、小腹がすいたからお茶とお菓子をお願い」
「かしこまりました」

 私は『事故の後遺症を患う体調が思わしくない令嬢』だから、病人食みたいなオートミールやら、よくわからない肉をグズグズになるまで煮込んだものやら、蜂蜜漬けのトーストって言った方が良いようなものばかり食べさせられてるのよ。
 ありがたいけど、さして美味しくはないのよね。全部、スパイスのシナモンやクローブがやたらに入ってるし。食がすすまなくてお腹が空くのよね。
 しばらくして目の前に並べられていくお茶とお菓子。それを見て私は小首を傾げた。

「全部焼き菓子?」

 硬そうなクッキー、かろうじてレーズンが入っていそうなパサパサのスポンジケーキにアップルタルト。洋梨を赤ワインで煮たやつがある他は全部クッキーのバリエーションみたいな感じ……
 考えてみたら今までだって、甘いものといったら茶色の焼き菓子しか食べてなかったわね。

「エマ、生クリームを使ったものはないのかしら?」
「生クリームですか? いちごにかけて食べたりはしますけど、お菓子には使わないですね……。日持ちしませんし」

 これはゆゆしき事態だわ。
 いわゆるケーキってパウンドケーキの仲間しかないってこと?
 嫌だわ、よく泡立てた生クリームのケーキがないなんて、ありえないわよ。

「エマ、パティシエに会いたいからキッチンに行きましょう」

 私はエマを伴いパティシエに面会した。
 キッチンは大聖堂かと思うほど天井が高く、様々な鍋や調理器具やレンジがあった。レンジといっても電子レンジではない。このくらいの時代だと、オーブンを含めた加熱調理器具をレンジと呼ぶの。
 ビクビクしている感じのよい青年はカレームというパティシエらしい。
 私に怒られるのではないかと思っているのが、おびえた顔から読み取れた。

「怖がらなくていいのよカレーム」

 私は優雅に微笑みながら、安心させるようにカレームに言った。

「あなたの作るお菓子には何も問題はないわ。私、生クリームを探しにきたのよ」
「生クリームですか?」

 カレームは一旦は安心した様子だったが、すぐにいぶかしげな顔をした。

「そうよ」
「ありますけど。こちらがどうかしましたか?」
「お菓子作りには使わないのかしらと思って」
「コーヒーや紅茶用、あとは煮込みに使うとか果物やケーキにそのままかける以外は使いませんね」

 やっぱりそうなのね、泡立てるという考えがないんだわ。
 そうなれば私の快適なスイーツライフのために教えなきゃいけないわね。

「じゃあさっそくお菓子作りに利用しなくちゃね。生クリームと砂糖、氷水を持ってきてくださる?」
「はい」

 私の突然のお願いに対しても、カレームは急いで準備に取り掛かってくれた。
 数分もしないうちにキッチンの作業台に並べられた食材を見下ろす。

「えっと、生クリーム、氷水は問題ないわね。でも……これは何? 石?」
「砂糖です」

 ……こんな天然石みたいなのが砂糖?
 並べられた砂糖は、小石くらいの大きさで、前世でいう氷砂糖のような結晶がごろごろしていた。

「そうしたら細かくなるまで砕いてくださる?」
「かしこまりました」

 カレームはハンマーで砕いてより細かくするとスパイスに使っているのだろう、乳鉢と乳棒を取り出して、一生懸命すりつぶし始めた。

「砂糖はカレームに任せて、生クリームを作りましょう。泡立て器はある?」
「泡立て器?」
「ものを混ぜる時に使う道具よ、ヘラとか柄杓ひしゃくじゃなくて」
「ないです」

 そうなのね……。泡立て器がないとホイップクリームがない世界になってしまう……というか、今そうなんじゃないの。ないなら作るしかないじゃない。どうしようかしら。

「エマ、庭の柳の木から枝を数本もらってきてくれるかしら」
「はい、かしこまりました」

 泡立て器がないなら作るしかないわ。私はエマに柳の枝を取ってこさせるとちょうど良い長さに切ってもらい、大きめのフォークの先端に裂いた小枝を結び、反対側をフォークの付け根部分に結びつけて上手いことなんちゃって泡立て器を作り出した。
 私はエマに生クリームをかき混ぜるよう指示して泡立てさせた、時間はかかるもののきちんと泡立つようだ。

「使いづらいけど、きちんと泡立つわね」
「お…お砂糖……細かく……く…砕きました……」

 疲れ果てているカレームは、砕いた砂糖を皿に入れて側に置いてくれた。

「ありがとう、お疲れ様でした。さて砂糖を少しずつ加えていきましょう」

 私はエマから泡立て器を取り、手早く混ぜていく。するとすぐに、クリームがフワフワの雲のようになっていくのがわかった。

「すっ、すごい! 泡立てるとは、こういうことなのですね?」

 カレームは大変感動した様子で出来上がったホイップクリームを眺めている。
 カシャカシャとさわやかな音が厨房にこだまして他のキッチンスタッフも気になるのか遠巻きにチラチラと見ている。

「カレーム、スポンジケーキあるかしら? おやつに出してくれた」
「これですか?」

 ボソボソだった丸いスポンジケーキを持ってきてくれる。

「あとジャムがあればちょうだい。なんでもいいの」
いちごのものがここにありますよ」
「ありがとう。そうしたらこのスポンジケーキを横半分にナイフで…こうやって……半分にするのよ」

 私は半分に切ったケーキを二人に見せながら言った。

「そうしたらね、ジャムを満遍なく塗りたくって、ふんわりクリームをのせてサンドするわけ」
「美味しそうですね!」

 カレームが目をキラキラさせて言った。

「でしょ? でそこにさらにホイップクリームを塗りたくるわけ」
「おぉ! 白いケーキ!」
「ほら、これだけでもだいぶ違うでしょう? 生のフルーツを飾ってもいいし、さぁ食べてみましょう」

 私は人数分切り分けて遠慮する二人を促して食べ始めた。

「ん~、美味しいわ。生クリームの質も高いわね」
「お嬢様のおっしゃる通り、生クリームの風味がとても良いです。香ばしいケーキに合いますね」
「食べる分だけをその場で泡立てたら、日持ちするかどうかは関係なくなるか……」

 カレームはそう言うと、少し考え事をするようにケーキを見つめた。

「お嬢様、カレームが言うように生クリームはすぐに食べるには良いですが、少し時間が経つと崩れてしまうのでは?」

 エマがフォークの先でクリームをすくう。
 八分立てにしたのにもう緩くなってフォークから四月の雪のようにこぼれ落ちていく。

「確かにね。でもそういう時はあれよ。あれ、あれ……あっ、バタークリームを作ればいいのよ」
「バタークリーム?」
「ええ、メレンゲはわかるわよね? あ、でも泡立て器がないから、ないかしら」
「いえ、あります、フォークで泡立てています」

 思わず、え? って言うところだったわ、フォークだなんてかなりの重労働じゃない。でもいまはそんなこと言ってる場合じゃないわね。

「メレンゲと白くなるまでよく混ぜたバターを合わせたクリームのことよ」
「メレンゲとバターを……」
「あっ、普通のメレンゲじゃないのよ、確か、そう、砂糖をお湯に溶かして高温のシロップにして、何回かに分けて卵白に混ぜていくのよ」
「試してみましょう!」

 好奇心で目を輝かせたカレームは、そう言うとシロップを手早く作りだした。それからメレンゲをしっかり泡立てる。そのままシロップを細く垂らしながら入れて、ツヤツヤなメレンゲを作り上げた。仕上げにできたメレンゲを練ったバターに三回くらいに分けて混ぜ込むと

「出来たわね」

 私は完成した、美しい艶を放つバタークリームを見つめた。
 完璧ね、パリのパティシエが作るケーキ以上じゃないかしら。

「これだと形崩れしにくいから、いいんじゃないかしら?」
「素晴らしいですね、さすがはお嬢様です」

 エマは手放しで褒め称えてくれる。恥ずかしいわ。もっと褒めなさいな。

「お嬢様、どうか俺を弟子にしてください!」

 カレームは急に頭を下げて私にそう言った。
 その様子にキッチンは騒然となった。
 いや、技術もないから無理よ。第一せっかくお嬢様になったんだから、ずっと台所にいたくないわ。

「カレーム、あなたは立派なプロフェッショナルよ。それに、私はただ技術を伝えただけ。あなたがしなくちゃいけないのは弟子になることじゃなく、プロとして誇りを持ち、そしてさらに学んだり、挑戦をすることじゃないのかしら? 人から教わるだけじゃなく、自分自身で挑戦して新しい発見をすることが大事なんじゃないかと私は思うわよ」

 私がそう言うと、カレームは感極まった様子で拳を握りしめた。

「お嬢様……ありがとうございます……」
「あなたは素晴らしいパティシエよ。もちろん、私も色々なアイデアがあるから形にするためにこれからもお願いすると思います。期待してますわ」

 その後は、さらにメレンゲとバタークリームを使ったマカロンパリジャンをはじめ、色々なレシピを教えて一日は過ぎていった。



  聖女はつらいよ
  

 それから数日後の爽やかな朝、私は体調不良というベッドでご飯をいただく特権を使い、食べながら微睡んでいた。
 エレガントな薔薇ばらの彫り模様があるベッドテーブルには、温かいスクランブルエッグにトリュフをかけたものにバター付きパン、マーマレード、ソーセージにベーコン、焼いたトマト、紅茶とミルクが載っている。
 カーテンが開けられており、やさしい日の光が部屋の雰囲気を優美なものにしていた。
 そうそう、この時代は未婚女性は朝食室でビュッフェ形式の朝ご飯をとっていたのよね。

「お嬢様、エドワード殿下がお見えです」

 そこへエマがやってきて、慌てたような声色で殿下の来訪を私に告げた。
 エマったら焦っていても顔は無表情なのよね、ウケるわ。

「まぁ……グランサロンにお通しして」
「既にお通ししております」
「仕事が出来る女はいい女よ。ありがとう、では身支度を」
「かしこまりました」

 殿下も事前連絡こそなかったけれど、今回は寝室ではなくてグランサロンできちんと待てているみたい。少しはお行儀よくなったということかしらね。

「少し、控えめではありませんか?」

 選んだ茶色のドレスを見てエマが言う。仮にも婚約者に会うというのに、疑問に思ったのだろう。
 でも新調したドレスで、襟には目が悪くなりそうなくらい細かな模様で作られているレースを使用してるし、生地も美しい絹だし、控えめなのは色味くらいで本当は贅沢な品なのよね。

「ええ、控えめに見えるようにしたいのよ。髪飾りやアクセサリーもあまりしないつもりでお願いするわ」
「かしこまりました」

 急に訪れたら用意できませんよ、と暗に伝えるために地味にしてるのよ。京都的な遠回しの怖さよ。
 まぁ、王子様ときたら鈍感そうだから気づかないと思うけど。
 私は身支度を済ますとグランサロンに向かった。

「大変お待たせ致しました、殿下」

 私はゆっくりと優雅なお辞儀をしながら王子ともう一人、女性がいることを把握した。

「あぁ、エリザベート。君はいつ見ても美しいな」

 王子は当たり前だけど、うっとりして私をみつめている。これでこんなありさまなら、気合い入れて用意してお会いしたら生きてられるのかしら?

「殿下におかれましてはご機嫌うるわしいようで」
「紹介しよう、聖女のマリアンヌ・ラモーだ」

 紹介された聖女マリアンヌは栗毛の可愛らしい女の子で、いかにもヒロインらしい大きな瞳を持っていた。ストレート男性ならみんな好きそうな感じだ。
 この垢抜けない子がきっとこの世界の主人公なのね。恋愛ゲームか小説な感じがするわね。

「はじめましてマリアンヌ・ラモーです」

 聖女のお声は教会の美しい鐘のように耳にやさしく響いた。はっきり言うと田舎から来たせいか声が大きいわ。

「聖女様、初めてお目にかかります。わたくしはロートリング公爵の娘、エリザベートと申します、よろしくお願い申し上げます」

 私はそう言って、優雅にお辞儀をした。
 聖女は垢抜けなさこそあるものの素朴で可愛らしく、聖女らしい白と金を基調とした華やかな装いをしていた。私の方はかなり地味な装いだったけれど、美しさと優雅さでは充分勝てると思った。

「こんな美しい人、初めて見ました」

 潤んだ瞳は小動物のようで、可愛らしいこと、でも私の美しさの前には薔薇ばらの脇に咲くオオイヌノフグリみたいなものね。

「お褒めいただき、ありがとう存じます」
「そんな堅苦しくなさらないでください。どうか私のことをマリアンヌと呼んでください」

 立ち上がって手を取ってきたヒロインの顔を見てみると、まるで溺れた人が藁を掴むような表情を浮かべている。
 それを見て力強く握られてしまった手の握力にやっと、只事ではないと私は気づいた。

「マリアンヌ様、顔色が悪いですわ。殿下、どういうことなのでしょう」

 私は聖女様を落ち着かせるように両手を優しく包み座らせた。
 ずっと握られてたから痛いわ。

「話しにくいことなのだが……」

 エドワード王子がだらだら話すことを要約すると、こうだった。
 聖女マリアンヌは小さな村の羊飼いの娘で、天から啓示を受けて聖女としての力を授かった。
 聖女は王族と並ぶ国家権力を有する身分だが、このところしばらくは高貴な身分から出ていたため、目立った問題がなかった。
 しかし、今回の聖女は平民。後ろ盾や教育が充分とは言えないため、これから続く儀式や神学などの他に政治学、マナーなども習得しなくてはならない。
 また、貴族間の権力争いや教会に関係する様々なやりとりに耐えなくてはいけないなど、問題が山のようにある。
 相談しようにも聖女という身分上、周りに信用できる人がいない。教育が修了していない今は王室と協会の保護下、平たく言えばほとんど軟禁状態にあり、聖女マリアンヌの精神はかなりダメージを食らっているとのこと。
 そのため、同年代の女性の友人ができたら、少しは環境が良くなるのではないか、という殿下の考えで私のもとに連れてきたらしい。
 いや、わかるけど。婚約者の座を奪うことになるかもしれない女を友人にしてあげてと連れてくるなんて、この王子サイコパスね……ますますないわ。
 でも『マリアンヌ』なんて二丁目っぽい名前だし、まぁ可哀想だし、私も友達がいないからいいわ、話し相手くらいにはなってあげる。

「マリアンヌ様、私のことはエリザベートと呼んでくださいね」
「エリザベート様……」
「こんなことでめげてはいけませんよ、泣いてる暇があったら勉学に励もうではありませんか。泣いても問題は解決しません」
「はい……」

 私の言葉を聞いたマリアンヌは女神の神託しんたくを聞いたかのごとく、敬虔けいけんな顔で私を拝んでいた。
 これじゃどちらが聖女かわからないわね。

「とりあえずあなたの聖女としての役目、儀式と神学を中心に取り組みを続けてください。行儀作法は案外大丈夫だと思うのですよ」
「そうなのですか?」
「エドワード殿下を見れば、この国の行儀作法のレベルが最悪なのがわかりますよ」
「私が……?」

 殿下が絶句した表情で私を見る。

「ええ、未婚の淑女の家に事前に連絡も用件も伝えずに訪ねるのはマナー違反ですよ」

 そう言うと、殿下はぐうの音も出ない様子で黙り込んだ。

「ふふふ、エリザベート様と殿下は仲がよろしいのですね」
「ええ、今のところはとりあえず婚約者ですし」
「今のところは?」
「はい、マリアンヌ様が殿下の妻になることの方が可能性が高くなりましたもの」
「エリザベート嬢、誤解を招く発言は慎んでいただきたい」

 殿下が眉をひそめて否定する。

「あら殿下、可愛らしい聖女様を皇太子妃に望む声は高いですし、王権政治に聖女信仰を取り込む方が安定した政権になりますわ」

 私は最もいいシナリオが浮かび微笑みながら言い張った。
 王子様にクリティカルヒットするかしら?

「君って人は……」

 うなだれるような困ったような顔をしている。効果は抜群だ。ハンサムだからこういう顔をしたらかまってくれると思ってそうで嫌だわ。
 三人も部屋で話しているせいか、空気が乾燥して暑くなっているようね。
 なんだか喉が渇いたわ。


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