悪役令嬢にオネエが転生したけど何も問題がない件

カトリーヌ・ドゥ・ウェルウッド

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1巻

1-2

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  美しさの相談役


「あなたが化粧品屋さんね?」

 目の前の若い礼儀正しい爽やかな美青年。
 アナウンサーにいそうなイケメン君は十九世紀よりは少し古い、ルイ十五世時代の服装で現れ、様々な化粧品を詰め込んだ荷物を持ってきていた。
 時代考証をまともにしていない作品なのね。英語とフランス語名がごちゃ混ぜだったり、いろんな時代の服装が出てきたりと、まあ、あきれてしまうわ。
 しかし、いただけないのはその白粉だらけ頬紅だらけのお顔。
 素が良いのがわかる分、すぐに洗い流してやりたいところだけど、そんなことしたら大騒ぎになるからしないわ、もっと上品な方法でなんとかしてあげないと。

「はい、ルイ・ファルジと申します」
「ご挨拶ありがとう。さぁ本題に入りましょう、あなたの商品を見せてくださいな」

 様々な商品があるけれど、やはり科学水準が現代と同じではないため、謎なものが多かった。

「これはローズウォーターね?」
「はい、その通りです」
「これはローズマリーとベルガモットとミントか何かを漬けたオイルかしら?」
「その通りです、鼻が良くていらっしゃいますね」
「オイルもいいけどアルコールに漬けた方がいい気もするわウルソール酸が抽出しやすいはずよ」
「ウルソール酸?」

 ルイ・ファルジは白粉が崩れ落ちてきそうな顔で聞き返してきた。

「ローズマリーに含まれる成分よ、肌のハリを出してシワを目立たなくする効果があると言われているのよ」
「そうなんですか」
「これは何かしら?」

 私は獣臭さと花のにおいが入り交じったクリーム状のものを指さした。

「これはポマードで薔薇ばらやカーネーション、黄水仙の香りをつけています」

 つまりベースは鯨油か熊油ね、道理で違和感がある匂いなわけだわ。
 はっきりいってあまり期待できるものはないけど収穫があったわ。
 今の会話からハーブや花はこの世界でも同じものだとわかった。
 少しだけ安心したわ、植物の名前が同じなら苦労することは減りそう。
 問題は私が使う化粧品と、この坊やの化粧よね……

「残念ながら納得がいくのはシンプルなローズウォーターくらいしかないわね……」
「えっ!」

 イケメン君は呆気にとられたような顔をする。

「例えばあなたが塗りたくっているこの白粉は鉛白えんぱくよね?」
「はい」
「有毒で肌にダメージを与えるだけじゃなく、死ぬ可能があるのもご存知なのかしら?」
「そんな……」
「知らなかったのね」
「……はい」

 可哀想にうなだれて、雨に濡れた子犬みたいだわ。いえ、化粧のせいで今はちゃぶ台から転げ落ちた粉まみれの大福ってとこかしら。
 このままにしておくと、さすがに可哀想ね。

「あなた、私が今から言うものを持ってきてくれないかしら?」

 私の知識ではセラミドとかは作り出せないけれど、アロマセラピー的な手作りコスメならなんとかわかる。頭にあったレシピや素材を話して、作ってもらうことにしたの。
 ルイ・ファルジはすぐに集めると言い立ち去って二時間もしないうちに材料や道具を持って戻ってきた。
 私達は階下にあるキッチンそばの空き部屋で行うことにした。
 良識があれば階下に令嬢がいくなんてありえないけど、水や火を使うから仕方ないわ。
 厨房に入らないだけましでしょう。
 うれしい発見もあって、氷があるのよ。近くの山から持ってくるらしいわ。
 その氷をつかった冷蔵庫みたいなものまであるの。
 でも飲み物を冷やしたり貯蔵はするのにアイスクリームがないのよ。信じられないわ。今度作ってみようかしら。
 まあ、そんなわけでみんながバタバタしながら準備完了。
 私? 指示するだけよ、公爵令嬢ですから。

「そうね、最初は簡単なものから作っていきましょう」

 私は白百合の花のおしべとめしべをブチブチ引きちぎると煮沸消毒した大きめのふた付きガラス瓶に入れていく、満杯になったら間を埋めるようにアーモンドオイルを注いでいく。

「これは何を?」

 ルイ・ファルジは不思議そうな顔で見ている、化粧を落としてきたその顔はとてもかっこかわいい顔だったが鉛白えんぱくのせいか荒れているようだ。

「白百合のオイルを作っているの。荒れた肌にいいと言われているのよ。時間がかかるからこれは三週間後にして使いなさいね。それまでは何もしてないオリーブオイルかアーモンドオイルをつけておきなさい」
「はい」

 ルイ・ファルジはインク壺をひっくり返さないように注意し、メモをとりながら笑顔でうなずいた。

「次はフェイスクリームね」

 私は微笑みながらローズウォーター、アーモンドオイル、ミツロウ、スミレの精油を並べた。
 ミツロウを湯煎して溶かして、アーモンドオイルとローズウォーターを入れてよく攪拌かくはんする。
 完全に冷める前にスミレの精油を加えたらできあがり。

「ほら、完璧じゃないかしら?」

 私は丁寧にクリームを陶器の容器に移しながら微笑んだ。
 自分の手の甲に塗ってみたけど、べたつきはなく、いい感じに保湿してくれる。
 なによりスミレの香りが上品でいいわね。

「化粧水は蒸留器を使いたいけども持ってこられないわよね、大きいから。だから今は鍋で作るから、覚えて帰ってちょうだい」

 私はそう言うと鍋とふたを持ってきて並べられた材料の中から花々を選んだ。

「白百合は少しにして、メインは薔薇ばらにしましょう」

 鍋の真ん中に小さな木の板を入れてその上に陶器の容器を置いた。
 その周りを埋め尽くすように花々を入れていき、水を少し加える。
 そうしたら鍋のふたを逆さまにして上に氷をのせると、暖炉の火にかけていく。

「良い香りがしてきたわね」

 私は鍋の様子を見ながらルイ・ファルジに話しかけた。

「……は……い……」

 ルイ・ファルジは返事をしながら今にも死にそうなほど苦労している様子で、真珠の粒を砕いて挽いて粉にしている。

「私のは真珠だけを使ってね。そのほかの人達にはよく焼いた焦げていない貝の殻を細かく粉にしたものとかで代用してもいいと思うわ。米を粉にして使うのも安全だから上手く組み合わせてみて」

 返事は期待できなさそうなので私は鍋を眺めながら終わるのを待った。

「さあどうかしら?」

 一時間くらいして、鍋を開けると陶器の容器にお水が溜まっていた。
 これがフラワーウォーター、化粧水だ。

「完成ですか?」
「いいえ、最後のひとさじよ」

 私はそう言うと蜂蜜を小さじ一ほど加えて攪拌かくはんした。

「蜂蜜には保水効果があるから肌にも良いのよ」

 そうして私は完成した化粧水を瓶に詰め替えて、ルイ・ファルジの質問に答えながらレシピや改良案を伝える。すべてを終えると後日また持ってくるように言い、帰した。
 私は部屋に戻るとクローゼットから少しはマシなドレスを六着出すと、侍女達を呼んだ。
 なにか怒られるのかとみんなビクビクした面持ちで頭を下げている。
 やだわ、私がいじめっ子みたいじゃないの、悪役令嬢でもないのに。

「新しいドレスを作るにも時間がかかるでしょ? だから、このドレスのいらない飾りを取ってしまいたいのよ、そしたら少しは品がよくなると思うの」

 私はドレスについている悪趣味な造花を扇でさして言った。
 侍女達は、え、そんなこと? って言いたそうなくらい拍子抜けした顔をすると、すぐさま手直し作業に入った。
 これで新しいドレスが出来るまでは、なんとかなるかしらね。
 実際、飾りを取るだけなので一時間もしないうちに終わってしまった。

「服の商人はまだかしら?」
「ベルタン嬢でしたら、まもなくいらっしゃいます」

 侍女の一人が元気よくそう言うので思わず笑ってしまった。

「元気が良いのはいいことよ、ついたらすぐに通してくださる?」

 ドレスもまともなデザインで作らせないと外へ出て歩けないわ。
 私は手直しが終わった中でも一番上品な藤色のドレスに着替えさせてもらった。
 鏡に映る姿を見て私はほっとした。
 下品なリボンや薔薇ばらの造花を取り払って、フリルだけになったドレスはシンプルだからこそ私の華やかな美貌にマッチしている。

「とてもお美しくていらっしゃいますわ」

 侍女の一人は呆然としてそう言うと、固まったように動かなくなった。

「あなた、大丈夫?」
「はっ! 申し訳ございません、あまりの美しさに気を失っておりました」

 侍女の発言に私は満足して優しく微笑んだ。
 ドアを叩く音がしてどうぞと促すと、「ベルタン嬢が到着しました」という声がしたので部屋に通すように言いつけた。

「お初にお目にかかります、ローヌ・ベルタンと申します」

 現れたベルタン嬢はけして造形が美しい人ではなかったけれども、自分をよく知っている人に見受けられる魅力がファッションで表現されている。

「来てくださってうれしいわ。あなたは腕が良いと聞いています。とりあえずあなたの能力を測るのにデイドレスと夜会用のドレスの二着をお願いするわ」

 ベルタン嬢は静かに私の言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げた。

「かしこまりました。実はいくつかデザインを用意してきましたので、生地見本帳と合わせて見ていただければと思います」

 そう言うと、大きなスケッチブックと生地見本帳を取り出して広げてみせた。
 確かに奇をてらうようなデザインではないけれど、上品で優雅なものが多い。

「ベルタン嬢、このドレスはデザインは素敵だけど色合いがよくないわね。そうね、こういう茶色の生地にした方がいいんじゃないかしら」
「お嬢様、名案ですが、この色合いは華やかさに欠けるので、若い娘さん方はあまり身につけません」

 ベルタン嬢はとんでもないというように私を説得しようとしている。

「だからこそよ。私の華やかな顔で華やかなドレスにしたらびっくり箱をひっくり返したみたいにうるさくて、くどくなるに決まってるわ。だから日常の服はシンプルでいいのよ。さあ他にも見せてね」

 私はそう微笑むと、デザインと生地を決めて注文した。
 さて、翌日にはファルジがやってきて、頼んだ美容クリームやおしろいなどの化粧品を仕上げてきた。仕事が出来る男は違うわね。
 今日はロイヤルブルーのデイドレスにレースの付け襟をしてカメオのブローチをつけただけのシンプルな服装にしたのだけど、私のブロンドに似合うようでファルジはうっとり私を眺めている。
 誰かにここまで見惚れられるのは前世にはなかった幸福ね。
 もちろんここに来る前の、ひげ面おっさんだった時にも、モテてはいたけどここまではいかなかったなぁ。
 恋する乙女のようにぼーっと私を見つめていたファルジもさすがに不躾だと気づいたようで、失礼を謝り、品物を次々と出していった。

「いかがでしょうか?」
「よく出来てるわ。蜜蝋みつろうの量がちょうど良くてテクスチャーもとてもなめらかだし、ローズウォーターにアーモンドオイルだからしっかり保湿もできていい感じよ」
「良かったです」
「パウダーもいい感じだわ。真珠を砕いて、粉をここまで細かくするのは大変でしたでしょう。ありがとう」
「いえ、お嬢様のためですから」 
「そうだわ、あなた、これを自分で他の人にも高い値段で売ったらいいのよ」

 私はそう言いながら、出来上がった素晴らしいスキンケア商品を眺めて微笑んだ。スキンケアが上手くいったのだから次は……

「あっ、次は髪の毛用の石鹸せっけんと洗髪後に使うリンスのレシピを言うから、作ってきてくださるかしら?」

 できるだけ魅力的な表情でファルジを見つめると、白粉のないファルジの頬が赤くなるのが見てとれた。

「はい!」

 化粧品開発に成功したファルジは信奉者しんぼうしゃの目をしていた。

「まずは石鹸せっけんの作り方は変わらないのだけど、ローズマリーオイルをベースにしてくださる? アーモンドオイルに漬け込んだやつね。リンスは白ワインの酢に薔薇ばらの香料をたくさん入れてちょうだい。それをローズウォーターで少し薄めて石鹸せっけんで洗ったあと流すように使うとキシキシしなくなるのよ」
「やってみます! あの……お教えいただいた製品をお嬢様のお名前で販売させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」

 私は特に深く考えずに承諾して貴婦人らしく微笑むとファルジを退室させた。


 それから数日後にはシャンプーと酢リンスも届いて洗髪してみた。
 まずは侍女達が私の結い上げていた髪をほどいて広げていき、生温かいローズウォーターで丁寧にすすぎ洗いをしていく。ああ、水を使わないのは、このあたりの水は硬水なのよ、髪には良くないのよね。結構飲みにくくて、飲んだ瞬間にわかったわ。そしてローズウォーターで泡立てたシャンプー石鹸せっけんを髪や地肌につけて洗っていく。よく泡立ち、綺麗に洗えてるわね。そしてすすいだら、酢をつかったリンスをしていくどうなるかしら? 知識として知ってたけど、試したことないのよね。
 たくさん薔薇ばらの香料を入れてくれたからか、薔薇ばらの良い香りが漂っている。
 軽くすすいで、タオルドライしてよく乾くまであおいでもらう。
 酢の感じは消え去って優しい薔薇ばらの香りだけが残っている。

「まあ! お嬢様、素晴らしいですわ。もともとお美しい髪をお持ちでしたけど、まるで黄金のような美しい輝きですわ」
「ええ、本当ににそうですわ、太陽の光と見まごうような美しさ」

 侍女達の褒め言葉を聞いて私は微笑まないようにして言った。

「私ときたらまるで髪の奴隷ね。でもキシキシしないわ、素晴らしい出来よ」

 美人も楽じゃない。


「お嬢様……」
「なあに、エマ?」

 シャンプーやリンスの開発も成功し、しばらく経ったある日、部屋でくつろいでいると私の第一侍女のエマが声をかけてきた。

「頭を打たれてから別人のようにおなりだと噂になっております、何かまだ具合も……」

 やはり身近な人には異様にうつるのだろう。

「エマ……実は頭を打った際に神から啓示をうけたのです」
「神から啓示⁉」
「お前の命はやり残した使命があるゆえ戻そう、しかし、再度与えた命を無駄にせず生きるようにと神が話されたのです」

 できる限りドラマチックに言うように心がける。

「エマ、私は神により生まれ変わったのですよ」
「お嬢様!」

 あらら、エマが感動しているわ。
 案外、ドラマチックなことがお好きなのね、もっとお堅い性格なのかと思っていたわ。

「今のお嬢様であれば申し上げても良いかと思いますが、実はお嬢様の悪名高さは国中に広まっておりました。ですが、最近の振る舞いにより印象が変わってきているようです」
「悪名?」
「様々な悪意を撒き散らし、悪の支配者と呼ばれていたお嬢様が美の女神になられたと」

 いやいや、エリザベートあんたどんだけ性格悪い振る舞いしてたのよ?
 私、別に何もしてないのだけど……? 待って、悪意を撒き散らす……? 
 この世界の元ネタは未だにわからないけれど、それって悪役令嬢じゃない?
 嫌だわ、私はヒロインの器よ!

「エリザベート様が開発された化粧品は素晴らしい発明と大絶賛で、皆、エリザベート様を美の女神とあがめております。特に白粉は、肌を傷めないと」

 そう。十九世紀末まで鉛入りの白粉はヨーロッパで使われており、鉛ゆえに肌が荒れてボロボロになっていたという。だから私は米粉やタルクを組み合わせたものを作らせて流通させた。
 私は真珠の粉を加えた特注品だけど、原価を下げるためにも他の人には牡蠣の殻の内側の、白い部分だけを混ぜたものでも充分。
 まぁ、安全な白粉や化粧品が広まるなら悪くないし、名誉も回復傾向にあるみたいだから、どんどんやっていきましょう。


『エリザベート公爵令嬢の白粉』
『エリザベート公爵令嬢の薔薇ばら水』
『エリザベート公爵令嬢のスキンクリーム』


 そんな名前で売り出した化粧品は爆発的な人気を博し、発売から一週間後には公証人やら何やらの色々な人がいる中で、ブランドの立ち上げ人として調印をすることになってしまったのよ。ヤバくない?
 実は、私が伝えた化粧品が瞬く間に大ヒットした直後、ルイ・ファルジがお店を譲渡したいと言い出したの。
 もうそれは熱心に、まるでプロポーズでも始めるんじゃないかと思ったわよ。
 なんて言ったかわかる?

「私はその美しいお姿を拝見するためだけに生まれてきたようなものです、どうか私と共に受け取ってください」

 もちろんそれは丁重にお断りしたのだけど、向こうもけっして譲らず、ということもあり、実際の経営についてはルイ・ファルジに一任して、収益分を相当な割合いただくことに。今後も考案したりした際には別途考案料などをもらうなど、めんどくさい取り決めを行うこととなったの。
 貴族が商売するなんて、と思いつつ、元の世界の歴史を見ても何があるかわからないから、お金はたくさんあってもいいわよね。そう思い直して承諾することにした。

「また、面白いことを始めたね」

 調印をした後、テラスでお茶をしていたら、どこからかエドワード王子が現れた。

「これはこれは、エドワード殿下におかれましてはご機嫌うるわしゅう」
「君の化粧品は素晴らしいって、巷で話題だよ」
「まぁ、そうですの? 殿下、『会話の手助け』に冷たくなさらないでくださいまし。このように腕を広げて殿下を待ち受けておりますわ」

 殿下はポカンとした顔で立ち尽くしている。

「椅子におかけになって、ということですわ」

 モリエールの劇を観たことないのかしら?
 そう思ったけど、ここが本当のヨーロッパじゃないなら、モリエールなんていないんだわ。

「椅子が『会話の手助け』か……面白いな」

 エドワード王子はそう言いながら腰掛けた。

「退屈ですと言葉を言い換えたりして暇つぶしをしていますのよ」
「まるで詩人のようだ」
「そんなことありませんわ、むしろ商人のようだと思われているのでは?」
「確かに銀行家や輸入業は貴族にもいたが、化粧品となると耳にしないからな……一部では、醜さを上手く隠すなんて、悪女らしい悪巧みだと言うやつもいたが。そういう輩は馬鹿なのだろう」
「まぁ! 酷い話ですわね、第一、あれらは醜さを隠して騙すような化粧品ではありません。肌を清潔にし、衛生を保つ薬です。たまたま美しくなるだけですわ」
「まぁまぁ、私がきちんと医薬品だと広めておくよ。実際、領地の上がりだけでなく別の資金源があるのは、貴族にとって良いことだろう」
「まあ、意外ですわ殿下。貴族らしくないと誇り高い王子様は仰りそうですのに、先見の明がある頭脳をされてますのね。ただ、貴族に力を付けさせすぎても王政には良くないことをお忘れなく。そういえば、この国の農業は今でこそ安定していますが、生産量が増えるには領地が増えなければ難しいのではないかしら? 新しい栽培方法や品種改良がなされない限りは、生産量増加も期待できませんし。それに将来、天災が起こらないとは言えません」
「……あぁ」
「それより、何かご用事がおありになったのでは?」

 考え込んでいた様子のエドワード王子は、ハッとした様子で話し始めた。

「セントマリー村に聖女が現れたそうだ」
「聖女?」

 王子が頷く。

「今調査に入っているが、マリアンヌ・ラモーという娘が聖なる力を発揮して癒しの泉を掘り起こしたそうだ」
「まぁ、すごいですね」

 聖女なんておとぎ話の中にしかいないと思ってた。いや、ここは作り物の世界なんだけれど。

「あぁ、自らの手で掘っていたようだ」

 まるでフランスのルルドの聖母とベルナデッタの話みたいだわ。
 でも結構ガッツがあるわね、創作の世界の聖女のイメージとは大分違うわ。
 私なら真似したくないわね、泥だらけなんて泥エステだけで充分よ。

「なんか別の意味ですごそうですわね、強そうだわ」
「聖女の出現は少し厄介なことになりそうだ」
「なぜですの?」
「君も知っての通り、聖女は王家と並ぶ権力を持つことになる」

 いや、知らないわよ。殿下ったら、私の記憶が回復してないことを忘れているのね? 
 ますます婚約なんて破棄したいわ。

「あら、そんなにも権力を持ててしまうなら聖女様と殿下が結婚なさって、王家に取り込めばよろしいのでは?」
「なっ!」
「わたくしはいつでも婚約解消に応じますわ。理由は聖女様との結婚で良いではありませんか。それが難しいなら、わたくしに健康上の理由で問題があるなどとしていただいても結構ですわよ?」
「…………」

 エドワード王子は唖然とした様子で私を見つめていた。

「とにかく私達がどうこうという話ではなく、政治的なお話ですから王家や国の利になる方を選ぶべきですわ」
「……それは嫌だ」
「嫌だって……子供じゃあるまいし」
「別に身分や役割で結婚できるほど私も出来た人間じゃないんだよ、帰る!」

 そう言い捨てて、エドワード王子は不機嫌そうに帰っていった。
 あんな感情に振り回される君主なんて国民がお気の毒だわ。
 私はそう思いながら、クッキーをバリバリ食べた。


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