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第五話

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「……思わず雰囲気に飲まれてチビスケに言われた通りにリヤカーを用意してしまったオレ……」

 頭上で燦々と輝いていた太陽はすでに傾き、もうすぐ夕暮れになりそうだ。
 そのうちカーカーと鳴くカラスの声でも聞こえてくるんじゃないか?

「……何やってんだよっっオレっっ!?」

 貴重な時間を無駄にしちまった!と頭を抱えて人の目も気にせずに叫んでしまう。

 チビスケに指示されたリヤカーを準備するために一度戻った伯爵邸わがや
 完全無比の鉄面皮である執事長を相手にリヤカーを準備していれば現れるハゲ樽。
 しょうがないから白王牛を狩るための準備をしていると言えば、ハゲ樽は鼻で笑いながらもニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
 
 ……なーんか、あの嫌な笑みが引っかかるんだよな……

 そんな事を頭の隅で考えながら、がっくりと項垂れるオレ。

「あー……あの、ギュンターさん。
 そんなに気を落とさないで下さい。
 あの雰囲気の時のルキさんに任せておけば、最悪な事態にだけはなりませんから。」

 恥ずかしげもなく叫び、項垂れる年上相手に、まるで駄々を捏ねる子供に言い聞かせるように宥めるレティさん。
 
 そうだよな、お互いを信じ合える信頼関係って素敵だよな。
 例え理由の分からない頑丈なリヤカーをリクエストされたとしても、相手を信じる心が有ればどんな困難も乗り越えられる!
 そう!信じる者は救われるって言うよね!
 
 って、んな理由わけ有るかいっっ!!
 イヤイヤイヤ!
 どう考えても可笑しいだろ!
 どんだけリヤカーに対して信頼を置いてんの!
 リヤカーは自走しないから!
 馬鹿みたいに速く走れる物じゃないから!
 てーかっオレの困り事を話してもいないのに何でリヤカーっっ?!
 何でリヤカーで解決できると思ったのっっ?!

 年下の美少女の希望を壊さず傷付け無いように、心の中だけで思いっきり叫んでおく。

「……ギュンターさん、お気持ちは嬉しいのですが声に出ていますよ」

「うげっ?!
 あー……その、な!
 な、何でそんなにリヤカーに対して過大評価してるのかなー……なんて」

 心の中に押し留めていたはずの考えがポロッと出てしまっていたことに、カエルが潰れたような声が漏れる。
 苦笑するレティさんに対して、どうフォローして良いのか分からずに中途半端な話題転換を図ってしまった。

 しかも、何でリヤカーが話題の中心?!

「別にリヤカーに対して夢や希望を持っている訳では有りませんよ。」

 苦笑いしていた表情を穏やかな笑みへと変えたレティさんは言葉を続ける。

「私はただ……そうですね、ルキさんを信じているだけです。」

「あのチビスケを?」

 胡散臭そうな気持ちが物凄くオレの顔に浮かんだのだろう。
 レティさんはクスクス笑いながらも、迷うことなくキッパリと告げる。

「ルキさんは飄々として掴みどころの無い性格ですし、何よりもあの外見を見て侮る方は多いです。
 でもですね、ルキさんを侮った方は皆さんものすごーく痛い目を見て終わります。
 それに、ルキさんは出来ないことを請け負ったりしませんよ。」

 何よりも……とチビスケについて語るレティさんの瞳には信頼と自信に満ち溢れている。

「私の知っている方々の中で、ルキさんは誰よりも優しくて、誠実で……一番強い人ですから。」

 私の知っている世界は狭いかも知れませんけれど、と付け足しながらも、レティさんは自信満々な輝く笑顔を浮かべていた。

「やーやーお待たせしてごめんネ。」

 何でそんなに他人を信じられるのか、なんて陳腐なことを尋ねそうになったオレの背後から普段通りの飄々とした声が聞こえた。

「お待ちしていました、ルキさん。
 おっしゃっていたリヤカーは準備していますよ。」

「んん~レティ、ありがとネ。」

 ホケホケと胡散臭い笑みを浮かべたチビスケの視線がオレに向く。
 
「待たせて悪かったヨ、ギュンギュン。
 これでもチョッパヤ?
 んーと、チョーウルトラ早く準備してきたのサ。」

「そーかい、ありがとよ。
 あと、ギュンギュン言うな。」

 苦虫を噛み潰したような表情のオレに対して、余計に面白そうな表情を浮かべるチビスケ。
 オレが疑わしいって感情を隠していないのに、嫌な顔一つしないって……。
 コイツは本当に何なんだよ……意味わかんねえ。

「サ!
 早くノッタノッタ。」
 
「は?
 いや、リヤカーは荷物を乗せて運ぶ道具であって、オレは動けない怪我人とかじゃな、へぶっ?!」

 笑いながらリヤカーに乗れと言うチビスケに眉をしかめれば、問答無用でリヤカーへと放り投げられる。

 は?!
 普通の成人男性程度の体格は有るオレをチビのコイツが放り投げる?!

「レティ~、安全第一サ。
 シートベルトは命綱、千切れないようにガッツリ締めてヨ。」

「了解です、ルキさん!」

 リヤカーの押し手の方へと移動したチビスケが、軽くストレッチをしながらレティさんへと声をかける。

「イヤイヤイヤ!
 何してんのっ、チビスケ!
 オレ達が乗ったリヤカーを一人で引っ張れるわけ無いだろっ!
 それにシートベルトって何……って荒縄っっ?!
 レティさんんんっっ!どっから出したのっこの荒縄っっ?!
 ぐぶっっ!ちょ、ちょっとレティさん!
 出るっ内臓的な物が、出ちゃいけない物が出ちまうっっ」

 チビスケの言葉に突っ込んでいるオレの腹回りに、何処から取り出したのかレティさんが太い荒縄をガッツリと巻いていく。

「ちょっぴり痛いですよね。
 でも、此処で命綱を緩める訳にはいかないのです!
 さあ!もう一度ググッと締めていきますよ!」

「ぐふっ……!
 く、喰い込んでるからっ!
 締り過ぎて……息が……!」

 ギュウッと締められた縄にくぐもった声が漏れてしまう。

「ギャーギャー騒いでると舌を噛んで出血大サービスになっちゃうゾ。」

「何、ふぐおっっ……いっぎゃあぁぁぁぁっっ」

 何をっ、と問い掛けようとしたオレの体に物凄い重圧がかかる。
 体が後ろへと引っ張られるような重い圧力が掛かり、体勢を維持できない。

「(オレの知ってる一般的なリヤカーが出す速度じゃないっ!
 つーかっ!何なんだよっこの速さはっ?!)」

 リヤカーの縁にしがみつき、何とか振り落とされないように踏ん張る。
 右に左に上に下へと振り回され、レティさんの様子を伺う余裕すらない。

 ……と言うよりも……ぶっちゃけ、きもちわるい……

「ルッルキさぁぁぁぁぁんんっっ?!
 ギュンターさんの顔がっ、つちっ、土気色になってますぅぅぅぅっっ!」

 胃の中身がシェイクされ、込み上げてくる何かを押し留めようと口元を押さえる。
 そんなオレに気が付いたレティさんが悲鳴のような声で叫んだ。

「ありゃりゃ。
 でもまあ、しょうがないナ。
 お急ぎ便だからネ。
 ギュンギュンが華麗に胃の中身を振りまく前に到着出来ると良いけどナ~」

「いぃぃぃやあぁぁぁぁっっ!?
 ギュンターさんんんっっ私の方に顔を向けないでくださいぃぃっっ!!」

 口の端から顔を出しそうになっているモノを必死で押さえ付けるオレ。

 オレから距離を取ろうとジダバタしているレティさん。

 そんなオレ達へ視線を向けること無く笑いながら爆走するチビスケ。

 ギャーギャー騒ぐ俺達の声だけがすっかりと月が昇った夜空に木霊した。




※※※※※※※※※※




「酷い目に……あった……」

「私も……同、意見です……」

 夜が明けて、再び太陽が一番高い位置に登った頃にやっとリヤカーより解放されたオレ達。
 レティさんと二人してペタリと地面へと座り込む。
 ……こんなにも揺れない地面に座り込めることを感謝する日が来るなんて思ってもいなかった。

「ありゃまあ、乗り物酔いカナ?
 捕れたてフレッシュな野鳥の丸焼きでも食べるカイ?」

「食えるかっ!」
「食べれません!」

 何処から出したのか、何時の間にか手に持っていた鳥?
 ……鳥か、アレ?
 どっちかと言うと魔物っぽい気が……

「おーよく気が付いたナ、ギュンギュン。
 コレはロック鳥ダヨ。
 乗り物酔いでぐったりしていた弱った獲物、じゃなくてギュンギュン達を狙ってたから仕留めといたのサ。
 たくさん走ってお腹が減ったし、素敵なランチにちょうど良いネ。」

「またポロッとお口から漏れてたのかよっチクショー!
 そして、オレの知らない内に命の危険が迫って、命の駆け引きが勃発してたっ?!」

 助けてくれてありがとうございます!とやけになって叫ぶオレ。
 ……つーか、ロック鳥というか、魔物って食えるのか?
 
 しばらくレティさんと一緒に水を飲みながら座り込んで休んでいたオレ。
 何とか動けそうだ、と周囲へと視線を巡らせる余裕がやっと生まれた頃。
 周囲を見回して、ある事実に気が付き頬を引きつらせてしまう。

「あー……チビスケ……」

 オレの顔から血の気が引いていく音が聞こえる気がする。

「んん?どーかしたのカイ?
 あ、鳥の丸焼きは可愛いボクのお腹の中だヨ。」

「そうじゃねえよっっ?!
 おまっ……お前ってヤツは!
 ここ!此処がっ何処だか分かってんのっっ?!
 何で!リヤカーで爆走して夜が明けたら此処に辿り着けてんのっっ?!
 そんで素敵なランチタイムを楽しんでっ!
 食後のお茶までのんびり楽しめる余裕が何であるんだよっっ?!」
 
 ゼェゼェと肩で息をつきながら渾身の力を込めて叫ぶ。

 その間にも何処からか取り出した調味料でしっかり味付けした鳥の丸焼きを完食したあとの優雅なティータイム楽しんでいるチビスケ。
 しかも、素敵なティーカップとテーブルセットまで準備してやがる。
 
「んん?
 ギュンギュンもお茶だけでも楽しみたいってことカナ?」

「あ、ルキさん!
 私もミルクたっぷりでお願いします!」

「あ、オレの分まですまん。
 ふー……叫んだあとのお茶って落ち着くよな……って違うだろっ!」

 何時の間にか取り出されたお茶菓子を摘みながら首を傾げるチビスケへと、レティさんが挙手をして近寄っていく。
 思わず乗ってしまったオレも悪いが、此処でっ!
 サイクロプスとか凶暴な魔物がわんさかいる平原で!
 優雅なティータイム?!
 正気かっこのチビスケはっ?!

「ありゃまあ……あんまり騒がないほーが良いと思うケドナ。」

 ヒュンっとオレの顔面スレスレを何かが通り過ぎる。

「キョーボーな魔物に狙われちゃうゾ」

 オレの背後でドサリと重たい音が響く。
 恐る恐る背後へと視線を向ける。

「ギ、ギャァァァっっ!」

 視線の先に有ったモノを理解し、大きな悲鳴を上げることになるのだった。

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