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 響学園は敷地が広い。小中高一貫なことに加え、それぞれの人数が多く校舎が大きい。だが、何よりグランドが広いのだ。各スポーツ専用のコートと体育館(高等部専用の施設)が10個。さらに寮や社宅があるのだから町と言っても過言ではない。
「ねぇー、京君まだ?」
「おまえそれさっきも言ってたよな。」
「ははは。」
 さっきから同じようなやり取りが後ろで繰り広げられている。何というか、京君がお世話係の様だ。

 校舎を出たから約10分。やっと寮のクリームに塗られた壁が見えてくる。11階建ての建物が10棟並んでいる。新入生は一番手前の建物で部屋割りを確認することになっている。寮の中はどちらかというとホテルのような内装で、その玄関前に合格発表の時に見るような大きな掲示板が建っている。部屋割りと寮の案内図が掲示され、手前からABCと棟の名前が標されている。
「えっと、僕は…A棟の803号室だ。」
「そっか、俺らもA棟、809号室。」
「兄弟で同じ部屋か。知らない人と一緒よりは良いよな。」
「どうせ、寝るとき以外は部活とかで顔合わせてるだろうろうけどな。」
「ま、そうだね。」
 去年までは1人1部屋だったが、今年から2人1部屋だ。今年から共学になって寮生の人数が増えたらしい。ここはスポーツ校なので部活動が盛んで、どの部も終わるのが8時頃だと聞いたことがある。しかも生徒は全国から集まるから生徒のほとんどは寮に入る。わざわざ一人暮らしをするよりも費用は安い。まあ、先輩は一人暮らしだったらしいけど。
 とりあえず僕らは部屋に向かう。1階は食堂だ。どの棟にも食堂はあるらしい。そして生徒が自由に使えるキッチン、トレーニングルーム、A棟だけに購買部がある。食堂が閉まってしまう時間はここでパンを買ったりするらしい。エレーベーターもある。2階から上は部屋で、1階に10部屋ずつだ。各階にロビーがあり、1台ずつテレビが設置されているらしい。部屋の中は浴室とトイレ、机にベットが備え付けてある。さすがに2つだとやや狭いが、1つだったらかなり広かっただろう。インターネットも完備されていてパソコンの持ち込みは自由だ。
「わー、いいな。」
 僕は机の上に荷物を置く。新しい教科書やら制服やらが置いてある。学園側が準備したのだろう。今は鞄だけだが後で車に荷物を取りに行く。
「お、先客いた。」
 振り向くとそこには何度かテレビで見たことのある顔があった。
「え、えっと、勝坂愼士まささかしんじさんですよね?」
 彼は最近注目を集めている野球男児だ。彼の父は甲子園で高校を優勝に導いたと言われるプロの野球選手で、彼自身も野球界の新星として有名だ。
「あ、そうだ。これから一緒に生活することになるからよろしくな。」
「は、はい、E組の小寺浩です。よろしくお願いします。」
「よろしくな、浩。」
 父親譲りの高身長と普段から鍛えていることが窺える筋肉質な体。そんな彼の横に立つと僕が小さく見える。そんなに小さくはないのだが。
 しばらく雑談を交わして、僕は荷物を受け取るために駐車場に向かう。
「わざわざご苦労様です、坊ちゃん。」
 我が家の専属執事が車の外で待っていた。
「こっちこそ待たしちゃってごめん。」
「いいえ、坊ちゃんのためならいつまででも待ちますとも。」
 相変わらずな執事だ。
「荷物をお運びいたしましょうか?」
「大丈夫、そんなに重くないし1人で運ぶよ。母さんたちが帰ってくるのを待ってて。」
 心配そうな執事を置いて僕は寮に向かう。荷物は寝具一式と入浴道具一式、パソコンだけだ。寝具で前が見えにくいが、周りにも似たような生徒が何人かいるので面白い。
「お、浩、持とうか?」
「あ、京君も荷物運んでるの?」
 振り向くと寝具の積まれた台車を押す京君と鞄を運ぶ東君がいた。
「ずるいよ、京君。」
「だから持って行こうか言ってんじゃん。ほら乗せろよ。」
「ありがと。」
 僕は遠慮なく寝具を台車に乗せる。これでかなり楽になった。
「よく考えたね。」
「二人分の荷物だからな、こうした方が早い。」
「そっか、僕の車にも乗ってるだろうし教えてくれても良いのに、あのダメ執事。」
「ま、そんだけおまえが馬鹿ってことだな。」
「別に少し考えれば僕だって気付いたし。」
「はは、ぜってー嘘だろ。」
 口げんかが始まる。東君もその横で楽しそうに笑っている。不思議だ、今日会ったばかりなのにこんなくだらないことで笑えるなんて、やっぱり先輩がここに来たのは先輩が道を間違えたからなんかじゃない。
 
 その後荷物を部屋に運んで軽く整理をした僕らは、食堂で昼食を摂っている。食堂が開いているのは昼の朝の6時から夕方の6時までだ。時間的に今日は余裕があるため空いている。僕は天ぷらうどんで京君はカレー、東君はサラダだけだ。東君は体重制限がかけられているらしく、食堂の職員に細かく注文していた。そんなことして良いのかと思ったが、他の人も結構していたので、ここでは割と当たり前のことなのだろう。
「…にしてもうまいな。」
 まだ食べ始めて5分も経たないのに、京君のお皿はほとんど空だ。
「そうだね、学食とかって味に当たり外れがあるって聞いてたけど、ここは当たりだね。」
「そうだな、こんなおいしい料理を無料で食えるやつが羨ましい。」
 京君が言っているのは『優良特別生徒』のことだ。この学園では、入試の際に成績が良い生徒は、本人が同意すれば寮費や入学費、文房具の費用に至るまで学校生活にかかる費用を学園が支給してくれる『優良特別枠』という物がある。
「でも、今年はいなかったらしいよ。」
「なんかすごい難しいらしいからな、基準もしっかり知らされてないらしいし。」
 そんな『有料特別枠』に憧れの先輩は受かったらしいが、他の人に回してほしいと断ったそうだ。
「僕なんかじゃ無理だろうけどね。」
「そうだな。」
「そういえば、京君と東君は部活動するの?」
「俺はとりあえず明日決めるつもり、なんかいろいろあるみたいだし。」
「僕は、別に、水泳以外無いし。」
「そっか、じゃ、明日一緒に見て回ろうよ。東君も。」
「僕は良い。」
 素っ気ない答えが返ってくる。
「でも、一緒に見るぐらい良いじゃん。」
「明日は監督が来る。」
「わかったよ、でも見に行くのは良いよね。」
「それぐらいなら。」
 うーん。兄弟なのに正反対だ。でも、2人といたら飽きないな。僕はおなかを満たして部屋に戻り、パソコンで軽くゲームをしたりして初日を過ごした。
 友達ができて楽しい1日だった。
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