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前世の記憶
4.
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「あなたは少しも学習なさいませんのね。本当にあなたが反省し素行を改めているか確認するために、私はずっとあなたの行動を監視し続けておりましたのよ。お相手の方がお医者にかかり、妊娠が分かったこともすでに調べております」
その日。私の両親と、呼び寄せたチェンバレン伯爵夫妻、そして当の本人ジェイコブを一部屋に集めた私は再び調査結果の書面を彼らの前に叩きつけた。
「へ、平民の娘を……、妊娠させただと……?」
チェンバレン伯爵と夫人は書類を確認しわなわなと震え、ジェイコブは顔面蒼白で言い訳を始めた。
「そ、それは……、違うんだ。君が、ほら、白い結婚を貫くとか言って、ずっと意地を張り続けていたから……。な?俺もつい、外に癒やしを求めたくなったんだ。仕事はきついし、妻もきついし。な?男だから、それなりの欲求はあるよ。どこかで発散させなければまともな精神を保ってはいられないだろう?な?……君さえ、もっとたおやかで優しい人だったら、俺もこんな風に他の女に走ったりはしなかったんだが……」
「……また、私のせいですの?」
「……。また?」
聞いているうちに怒りで体が震えてきた。この男、あの時と同じように、また私のせいで浮気をしたと言い出した。
だけどあの時と違うのは、今回は向こうの方がこちらに縋り付いてきているということだ。
「ブランベル子爵、夫人、リディア嬢、どうかこの通りだ。愚息を許してはもらえまいか。相手の女にはちゃんと始末させよう。今度こそ、性根を入れ替えてしっかりと仕事だけに邁進するようきつく言い聞かせるから……」
はっきり分かった。親もクズだ。
「わ、悪かったよ、リディア。たしかに俺も不誠実なところがあった。けれど、君ももっと女性らしく穏やかに俺を包み込んでくれればよかったんだ。だからこれからは互いに変わっ……、」
「もう結構。聞きたくもない」
その時。私が言おうとしていた台詞を、父が言った。
「相手の女性と家庭を持つなり、好きになさったらいい。ジェイコブ殿にはどうせ我が領地の経営は難しいようだし、安心して後を任せることはできないと考えていたところだ。このご縁はもう、ここで終わりとさせていただく」
きっぱりと突き放した父の物言いに、チェンバレン一家の顔が絶望に歪んだ。
「さようなら、ジェイコブ様。仕事内容やよそで子を儲けたことなど、婚姻契約に反するあなた様の行動に関しましては、後ほど慰謝料の請求をさせていただきますので。書面が届きましたらご確認をお願いいたしますわね」
微笑みを浮かべながら、私も彼に最後通告を突きつけた。
離婚が成立してからは、私と父の間で再び私の結婚に関する言い合いが繰り返されることになった。
「しばらくは自由に生きたいだと?しばらくとはいつまでだ。すぐにでも次の縁談を整えなければ、あっという間に歳をとってしまうぞ!ブランベル子爵家はどうなる!」
「分かっておりますってば。そこはちゃんと考えますが……、またあのような相手と心の伴わない結婚をして同じような結果になってしまったら、それこそ一大事ですわよ。二度も離縁してしまえば、もうどなたに縁付くこともできませんわ!慎重にまいりましょう」
「そう言ってお前は先延ばしにしたいだけだろう!一度離縁しただけでもすでに手遅れ気味なのだぞ!私がいい相手を探してくるから。たしか後妻を探している伯爵が、知り合いの知り合いに……」
「ですから!!そうやって焦って決めてもろくなことにはなりませんってば……!!」
結局この終わりなき論争は、解決せぬまま一旦置いておかれ、私は父の気持ちを変えるべく自立の道を模索することにした。
(私が職業婦人としてバリバリ働くようにでもなれば、父の考えも変わるかもしれない。あの子はもう一人でどうにかやっていくだろうから、うちの後継ぎは遠縁から男児でも貰おう、とか。そんな風に)
ごめんね、お父様。お母様。
でも私、誠実に想ってくれない人との結婚なんて嫌なの。
もう男の人に自分の未来を委ねて振り回されたくない。
それくらいなら、自立してやるわ。
その日。私の両親と、呼び寄せたチェンバレン伯爵夫妻、そして当の本人ジェイコブを一部屋に集めた私は再び調査結果の書面を彼らの前に叩きつけた。
「へ、平民の娘を……、妊娠させただと……?」
チェンバレン伯爵と夫人は書類を確認しわなわなと震え、ジェイコブは顔面蒼白で言い訳を始めた。
「そ、それは……、違うんだ。君が、ほら、白い結婚を貫くとか言って、ずっと意地を張り続けていたから……。な?俺もつい、外に癒やしを求めたくなったんだ。仕事はきついし、妻もきついし。な?男だから、それなりの欲求はあるよ。どこかで発散させなければまともな精神を保ってはいられないだろう?な?……君さえ、もっとたおやかで優しい人だったら、俺もこんな風に他の女に走ったりはしなかったんだが……」
「……また、私のせいですの?」
「……。また?」
聞いているうちに怒りで体が震えてきた。この男、あの時と同じように、また私のせいで浮気をしたと言い出した。
だけどあの時と違うのは、今回は向こうの方がこちらに縋り付いてきているということだ。
「ブランベル子爵、夫人、リディア嬢、どうかこの通りだ。愚息を許してはもらえまいか。相手の女にはちゃんと始末させよう。今度こそ、性根を入れ替えてしっかりと仕事だけに邁進するようきつく言い聞かせるから……」
はっきり分かった。親もクズだ。
「わ、悪かったよ、リディア。たしかに俺も不誠実なところがあった。けれど、君ももっと女性らしく穏やかに俺を包み込んでくれればよかったんだ。だからこれからは互いに変わっ……、」
「もう結構。聞きたくもない」
その時。私が言おうとしていた台詞を、父が言った。
「相手の女性と家庭を持つなり、好きになさったらいい。ジェイコブ殿にはどうせ我が領地の経営は難しいようだし、安心して後を任せることはできないと考えていたところだ。このご縁はもう、ここで終わりとさせていただく」
きっぱりと突き放した父の物言いに、チェンバレン一家の顔が絶望に歪んだ。
「さようなら、ジェイコブ様。仕事内容やよそで子を儲けたことなど、婚姻契約に反するあなた様の行動に関しましては、後ほど慰謝料の請求をさせていただきますので。書面が届きましたらご確認をお願いいたしますわね」
微笑みを浮かべながら、私も彼に最後通告を突きつけた。
離婚が成立してからは、私と父の間で再び私の結婚に関する言い合いが繰り返されることになった。
「しばらくは自由に生きたいだと?しばらくとはいつまでだ。すぐにでも次の縁談を整えなければ、あっという間に歳をとってしまうぞ!ブランベル子爵家はどうなる!」
「分かっておりますってば。そこはちゃんと考えますが……、またあのような相手と心の伴わない結婚をして同じような結果になってしまったら、それこそ一大事ですわよ。二度も離縁してしまえば、もうどなたに縁付くこともできませんわ!慎重にまいりましょう」
「そう言ってお前は先延ばしにしたいだけだろう!一度離縁しただけでもすでに手遅れ気味なのだぞ!私がいい相手を探してくるから。たしか後妻を探している伯爵が、知り合いの知り合いに……」
「ですから!!そうやって焦って決めてもろくなことにはなりませんってば……!!」
結局この終わりなき論争は、解決せぬまま一旦置いておかれ、私は父の気持ちを変えるべく自立の道を模索することにした。
(私が職業婦人としてバリバリ働くようにでもなれば、父の考えも変わるかもしれない。あの子はもう一人でどうにかやっていくだろうから、うちの後継ぎは遠縁から男児でも貰おう、とか。そんな風に)
ごめんね、お父様。お母様。
でも私、誠実に想ってくれない人との結婚なんて嫌なの。
もう男の人に自分の未来を委ねて振り回されたくない。
それくらいなら、自立してやるわ。
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