18 / 21
前世の記憶
2.
しおりを挟む「さて……どうしようか」
結局、琥珀色の小狼はエルピスの街に架かる橋まで着いて来てしまった。
「クゥン」
琥珀色の小狼は俺の足元に擦り寄る。
このままエルピスの街に入っては悪目立ちし過ぎる。
「なんだ、そうか」
変に考え過ぎることはなかった。
もし、このもふもふ小狼が魔物なら、魔防壁のあるエルピスの街に入ることは不可能。
「この辺だな」
橋を歩いて行き、ちょうど半分くらいの位置。エルピスの街の魔防壁は橋のちょうど半分の位置から長方形型の街をぐるりと囲んでいる。
「クウン?」
俺が足を進めないから気になったのか、首を傾げている。
「じゃあな」
俺は魔防壁がある範囲へと足を進めた。これでもう着いて来られないだろう。
魔物には珍しく可愛らしかったが、悪く思わないでくれよ。
……だが、魔防壁がある場所からは何も聞こえて来ない。魔防壁に魔物が接触すれば邪のエネルギーを感知し、たちまちその魔物は消滅してしまう。
まさか、と、俺の後ろから橋を歩いて来る音が聞こえるのは気のせい……
「クゥン」
じゃなかった。
そこには、何の傷痕もないもふもふの小狼がいた。
「……お前、魔物じゃないのか?」
屈んでもう一度、よおく見てみた。
狼……ではあるのだが、動物の方じゃない。そもそも、動物の狼が魔物だらけの草原で一匹だけで生き残れる方が奇跡に近い。
毛は琥珀色。こんな生物、聞いたことも見たこともない。
新種の何か、そう考えるのが妥当。
「俺は知らないからな」
着いて来るのだから、俺にはどうしようもない。
俺はお構いなしにエルピスの街の巨大門へ向かう。
「おい! あれ見ろ!」
そう言って騒ぎ始める男に気づき、周りにいた人々も何事かと視線を向ける。
ああ……もう、俺は何も知らないからな。
外見は魔物の様な奴が、いきなりエルピスの街に入って来たんだ。注目の的になること請け合いだ。
俺は速技を解放して即座にその場から離脱した。
◇
「此処まで来れば……」
俺は今、民家の路地裏にいる。周りを見ても、もふもふ小狼の姿は見当たらない。
撒いた。
まったく、なんだったんだ? あのもふもふ小狼は。
「……」
何か、強烈に視線を感じる。
「お前……」
民家の屋根の上からひょっこりと顔を覗かせて俺を見るのは、琥珀色の巨大な狼。もふもふ感は収まっているが、それでも前の状態の面影が残っている。
跳んでスタッと地面に着地するなり、俺の前に座る。
「クゥン」
巨大になった影響からか、その鳴き声は少しばかり低くなったようだ。
「騒がしいな。……お前」
エルピスの街の騒ぎの原因は十中八九、今、俺の前に座るこいつだ。
俺がそう断定したのは、街の方から魔物が忍び込んだだとか、巨大化したなどと、もう分かりやすいほどの人々の声が聞こえてくるからだ。
「クウン?」
首を傾げる琥珀色の巨大狼。自分が原因だと分かっていないのだろう。
「……仕方ない」
俺は民家の壁にもたれ、騒ぎが収まるのを待つことにした。
目の前には俺に何をどうして欲しいのか、訴えかけるような瞳をした琥珀色の狼。
シュルルル、と可愛らしい方のもふもふ小狼に戻った。
そっちの方が巨大化前より目立ちにくいからまだいい。と言っても琥珀色なんていくら路地裏が暗いと言っても目立ってしまう。まだ午前中の明るい時間帯。
見つかるのも時間の問題だな。
それによくよく考えれば、この小狼をエルピスの街に入れたのは俺だった。
……ふぅ。
いや、もう入れてしまったのだ。そこは認めざるを得ない。
さて、どうこの場を切り抜けようか。
もう暫く、騒ぎの様子が収まるのを待つのもいいが……
「居たぞお!!」
「ちっ!」
見つかってしまった。
ぞろぞろと7人ばかりの街の者たちが走って来る。
「また巨大化を!? お前! その化け物の仲間か!?」
「違う! 俺はコイツとは何の関係も」
いつの間にか巨大化していた小狼は俺の股下に入って背中に乗せた。
「逃げる気か!? ーー消えた」
消えたーー男の言葉の意味が分からなかった。
現に民家も、街の者たちも見える。
俺はというと、巨大化した琥珀色の狼に跨らされている。
「クウン」
「……まさか、お前何かしたのか?」
よく分からない状況。それは街の者たちも同じようで、頭をかきながら何処かへ行ってしまった。
助かった、と、そう言いたいところだが、さっき来た街の者たちには俺の顔はもうばれているし、そもそも街に戻って来た時点で何人かにも俺の顔は見られてしまっている。
ひとまずメアたちがいる場所に戻りたいところだが……このまま、行っていいものか。
ばっと琥珀色の狼から地面に降りた。
「クゥン」
そう鳴き声は聞こえるのだがおかしい。琥珀色の狼の姿が見えなくなった。
俺の目がおかしくなったか?
「やっぱり、お前の力だったのか」
琥珀色の狼の姿が見えなくなる現象。琥珀色の狼の力と考えるのが妥当。
琥珀色の狼の姿が、何もなかったはずの場所にパッと現れた。
こんな能力があるのなら、無理してエルピスの街に入る必要もなかった。だがまあ、それはもう終わった話。
「……これは使えるな」
ならば、姿を消す力を使わない手はない。
問題は俺の言うことを聞いてくれるかどうか。
「なあ? また、姿を消せるか?」
俺も、魔物でもない謎の生物に何を話しかけているのか。俺の言葉を理解出来るなら、苦労はしない。
……消えた。
だが、俺の予想を上回り、琥珀色の狼の姿は俺の言葉を理解したのか、ものの見事にパッと消えた。
なるほど、街の者たちが驚いたのがよく分かる。
消えた、その表現がしっくり当てはまる。
俺は、琥珀色の狼がいるであろう場所に手をかざしてみる。が、触れることは出来ない。
これは、ますます凄い力だ。
「もういいぞ」
と俺が言うと、再びパッと姿を現した。
なんて便利な力だ。
となると疑問も湧いて来た。
街の者たちの反応からするに、俺の姿も見えなかったようだが。
柔らかい琥珀色の毛並み。
「……姿を消してくれ」
どうだろう。俺は俺自身の姿は見えるし、琥珀色の狼の姿も見える。
俺は琥珀色の狼に触れたまま、路地裏から出た。
449
お気に入りに追加
840
あなたにおすすめの小説

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています

彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?

なにひとつ、まちがっていない。
いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。
それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。
――なにもかもを間違えた。
そう後悔する自分の将来の姿が。
Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの?
A 作者もそこまで考えていません。
どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。

こんな人とは頼まれても婚約したくありません!
Mayoi
恋愛
ダミアンからの辛辣な一言で始まった縁談は、いきなり終わりに向かって進み始めた。
最初から望んでいないような態度に無理に婚約する必要はないと考えたジュディスは狙い通りに破談となった。
しかし、どうしてか妹のユーニスがダミアンとの縁談を望んでしまった。
不幸な結末が予想できたが、それもユーニスの選んだこと。
ジュディスは妹の行く末を見守りつつ、自分の幸せを求めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる