【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

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4. やってしまった

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「っ?!」

 私は驚いて、思わずザイール様の顔を勢いよく見上げた。

 い……、今、何と……?

「い……、今、何と仰いました……?」

 愕然とした表情のパトリシア嬢が、私の心の声と全く同じ言葉を発する。ザイール様の金色の瞳に氷のような冷たさが宿っている。

「あれだけありとあらゆる手段を使って私にしつこく言い寄ってきていたのに、モノにできなかったばかりか、自分よりも格下だと見下している令嬢に私を盗られたことがそんなにも悔しいか。女という生き物は、本当に見苦しい」
「な…………っ!」

 ザイール様は突然辛辣な言葉を並べ、パトリシア嬢を責めはじめる。い、一体なぜ、こんなに怒っていらっしゃるのかしら……。
 普段は冷静で、感情を昂らせることがないザイール様の激しい言葉に、私は驚いた。パトリシア嬢とその後ろのご令嬢方も、目を見開いて固まっている。

「私の妻を愚弄するのは、今後一切止めてもらう。君のそういう陰湿な性格が、私は昔から鬱陶しくてならなかったのだ。もう私たち夫婦には関わらないでくれ」

 ザイール様はそう言うと、私を庇うようにそっと肩を抱き寄せてくれた。心臓が大きく跳びはねる。

 その時、ふと気付いた。

(そ、そうか……!そうよね、私は表向きはザイール様の愛する妻なんだもの。こんな風に公の場で馬鹿にされたら、むしろ怒らない方がおかしい……。これはザイール様の、渾身の演技なんだわ。さすがですわ!ザイール様)

 私はザイール様のお顔を見上げながら、心の中でそう思った。

 しかしここまで言われても、パトリシア嬢は私たちのそばから立ち去ろうとはしない。それどころか、ザイール様を鋭い目で睨みつけ、唇を強く噛みしめている。
 ビクビクしながらその様子を見守っていると、ふいにパトリシア嬢がフッ、と口角を上げ、気を取り直したように口を開いた。

「……ふふ、……まあ、素敵なご夫婦愛じゃございませんこと?すごいわねぇ、あんなにも女性嫌いで誰にも靡かなかったあなたが、そんな風になってしまうなんて。……いえ、元々そういう変わったご趣味の人間だった、ということかしら。変人だったのね、あなたって」

(…………え?)

 何を言っているのこの方。まさか、……今度はザイール様を攻撃しようとしている……?私を庇ったから、それが気に入らなくて……?

「きっとあなたには、その程度の女性がお似合いだったということでしょうね。澄ましかえってクールぶっていても、所詮あなたがそのレベルの人間だということよ。高貴な家柄の、気品も教養もある立派な令嬢が相手だと、疲れてしまわれるのかしら?学園の皆ですっかり騙されていたってわけね。あなたなんか、中身の伴っていない見てくれだけの男よ!」

 ザイール様の冷たい言葉がよほど腹に据えかねたのか、パトリシア嬢の幼稚な悪口が止まらない。当のザイール様は無表情で淡々と受け流しているけれど、私は許せなかった。

「……い、……いい加減にしてください。ザイール様は誰よりも素敵な方よ!ご自分が相手にされなかったからって、しょうもないことを言って彼を貶めようとしないでください!」
「っ?!」

 冷静にならなくてはと頭で考えるよりも先に、私はパトリシア嬢に言い返していた。私のことはいい。没落伯爵家の娘なのは本当だし、そんな言葉は聞き慣れている。だけど、ザイール様を悪く言われるのだけは我慢ならなかった。
 ザイール様は、本当はとても優しい方だ。学園でも好成績をとって嫌味を言われている私のことを庇ってくださったし、この白い結婚だって、本当はしたくなかったはずだ。だけど、先の短いお父様に心安らかに旅立ってもらいたいから、我慢して私なんかと一緒にいる道を選ばれた。家族を大切に思っているからこそ、こんな手段をとったのだ。私には分かってる。
 だけど、この人は何も分かってない……!

「中身の伴っていない、見てくれだけなのはあなたの方こそです!ザイール様を好きになられたのだから人を見る目はあるのかと思いましたが、それも表面だけしか見ていらっしゃらなかったのね。ザイール様は本当にお優しくて、素敵な方なのよ!あなたが知らないだけです!あなたは……っ、」
「メリナ、もういい」
「……っ、…………はっ!!」

 ふと我に返ると、大広間は静まり返り、私はこの会場内の全ての視線を一身に浴びていた。

 し……、しまった…………!!

 やってしまった。全身からドッと汗が噴き出す。ザイール様を悪く言われたことで頭に血が上り、本来の自分の役目をすっかり忘れてしまっていた。

「ザ、ザイール様……。私……、」
「大丈夫だよ、メリナ。もう話したい人とは一通り会話できたことだし、潮時だ。そろそろ帰ろう、私たちの屋敷へ」
「……は……、……はい……」

 大失敗をしでかしたことで呆然としている私の腰を抱き、ザイール様は私を大広間から連れ出してくださった。

 大広間の全員が、出て行く私たちを最後まで黙って見送っていた。扉を出る時にチラリと振り返ると、パトリシア嬢は目を吊り上げ、真っ赤な顔で震えながら私を睨みつけていた。




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