3 / 7
3. 夜会にて
しおりを挟む
「コネリー侯爵様、お加減はいかがですか?」
「……ああ……、今日はだいぶ気分がいいよ……。……お前たちが仲良く見舞いに来てくれた、おかげかな……」
「まぁ、ふふ。よかったですわ」
結婚から数日後。私はザイール様に連れられ、コネリー侯爵のお見舞いに来ていた。どこからどう見ても仲睦まじい夫婦に見えるように、細心の注意を払う。
「……その、首飾りは、……ザイールが……?」
「はい、先日贈ってくださいました。ザイール様の美しい瞳の色と同じ色の宝石です」
これは私のアイデアだった。ザイール様の色の宝石を私が身につけていれば、いかにも妻として大切にされているように見えるのではないかと。もちろん離縁の際には、宝石は置いていくという約束で。
「そう、か……。お前が、女性にそんなことを、できるとは……。はは、……驚いたな……」
コネリー侯爵は目を細め、とても嬉しそうに微笑んでいる。罪悪感に胸がツキリと痛むけれど、私は私の役目を果たすのみだ。コネリー侯爵を騙しているのだと申し訳なく思う心に蓋をして、私もいかにも幸せな新妻らしく、ザイール様を見上げて微笑んだ。
「ありがとう。助かった」
「ええ、無事に済んでよかったです」
「私は寄るところがあるから、君は馬車で先に屋敷に帰りたまえ」
「はい、承知いたしましたわ」
先程まで私に優しく微笑み返してくれていたザイール様は、コネリー侯爵が静養している別邸を出た途端、スッと無表情に戻る。短い会話を交わした後、そのまま私たちは別れた。
それから約二ヶ月、私たちはこうした日常を過ごした。普段屋敷にいる時は、完全に赤の他人。でもあまりに他人行儀すぎて使用人たちに不審がられないよう、ごくたまに食事だけ共にして、その時には主に私が楽しげにザイール様に話しかけ、ザイール様はウンウンと頷いているという感じだった。そのわずかな夫婦ごっこの時間が、私にとってはひそかに至福の一時だったのだ。
決してそれを表に出すことはしないけれど。
そんなある夜、私はザイール様に同伴して、大規模な夜会に出席することとなった。国中から多くの方々が集まっており、私たちが到着した頃には、会場である大広間にはあちこちで賑やかに談笑する着飾った人々の姿があった。
多くのご令嬢方を虜にした完璧な侯爵令息と、没落寸前の伯爵令嬢の私。今社交界では、この結婚は噂の的だろう。案の定、ザイール様と私が会場に入った途端多くの注目を浴び、大広間が少し静まったほどだ。
(……気にしない気にしない。私の役目はあくまで、ザイール様のお飾りの妻。侯爵令息の妻として恥ずかしくない立ち居振る舞いをすればいいのだから)
実際にはあまりの居心地悪さに、壁の一部になっていたいぐらいだったけれど、それでも私はキリッと前を向いて口角を上げていた。
「……大丈夫だ。君はただ私の隣にいてくれればいい」
「ええ、ザイール様」
私たちが顔を見合わせて微笑むと、何人かの高位貴族の方々がザイール様に話しかけてこられた。ザイール様は私を紹介し、私は出しゃばらない程度に丁寧に挨拶をした。
(よかった……案外順調に過ごせているわ。お屋敷に戻るまで、このままただニコニコしていよう)
ザイール様の隣に寄り添いながら、私はそう考えていた。
ザイール様の懇意にしている方々や、その方々からの繋がりで何人かの貴族の方とお話をして、また二人きりになった時、
「ザイール様、ごきげんよう。よかったわ、いらしていたのですね」
華やかで美しいご令嬢が、ご友人と思われる方々を伴って近付いてきた。
「……パトリシア嬢、ご無沙汰している」
最近は無表情の中にもらザイール様の感情が少し読み取れるようになってきた。今ガクッと気分が落ちた気がする……。ほんの一瞬、そんな雰囲気を出した。
声をかけてこられたのは、パトリシア・ベレスフォード侯爵令嬢だった。貴族学園でいつもザイール様の後ろをついてまわっていた方という印象だ。美男美女で互いに侯爵家の令息と令嬢。お似合いのお二人は、きっとこのまま婚約されるのだろうともっぱらの噂だった。けれど結局、ザイール様は誰とも婚約しないままに学園を卒業されたのだった。
パトリシア嬢はツンと顔を上げると、斜に構えた感じで私をチラリと見た。扇で顔を半分ほど隠してはいるが、なんだか挑発的な雰囲気は伝わってくる。
「こちらの方とご結婚されたのですね、ザイール様。紹介してくださる?」
「……君も知っているだろう?同じ学園で学んでいたのだから。アップルヤード伯爵家のメリナだ」
「ご無沙汰しております、パトリシア様」
私はにこやかに挨拶をした。するとパトリシア嬢は、眉間に皺を寄せ小首をかしげると、しばらく考え込んでから言った。
「アップルヤード伯爵家……?……あら、分かりましたわ。あの没落伯爵と名高いアップルヤード伯爵ね!おほほほほ……。よかったじゃありませんの、上手いこと裕福な侯爵家に潜り込めて。逼迫する没落貴族家ならではのたくましさかしら。これであなたのご実家も、どうにか持ちこたえられるのではなくて?ねぇ?皆さん」
「……っ!」
芝居がかった様子で露骨な嫌味を言い、我が家の名を出し愚弄してくるパトリシア嬢に、怒りが込み上げる。けれど、ここで感情を露わにするわけにもいかない。私の役目はあくまで、コネリー侯爵令息様の妻。ザイール様の、しとやかで完璧な妻なんだから……!
必死に自分にそう言い聞かせ、引きつる口角を頑張って上に上げていると、ザイール様が冷えきった声で言った。
「醜い嫉妬は止めたらどうだ?見苦しいぞ、パトリシア嬢」
「……ああ……、今日はだいぶ気分がいいよ……。……お前たちが仲良く見舞いに来てくれた、おかげかな……」
「まぁ、ふふ。よかったですわ」
結婚から数日後。私はザイール様に連れられ、コネリー侯爵のお見舞いに来ていた。どこからどう見ても仲睦まじい夫婦に見えるように、細心の注意を払う。
「……その、首飾りは、……ザイールが……?」
「はい、先日贈ってくださいました。ザイール様の美しい瞳の色と同じ色の宝石です」
これは私のアイデアだった。ザイール様の色の宝石を私が身につけていれば、いかにも妻として大切にされているように見えるのではないかと。もちろん離縁の際には、宝石は置いていくという約束で。
「そう、か……。お前が、女性にそんなことを、できるとは……。はは、……驚いたな……」
コネリー侯爵は目を細め、とても嬉しそうに微笑んでいる。罪悪感に胸がツキリと痛むけれど、私は私の役目を果たすのみだ。コネリー侯爵を騙しているのだと申し訳なく思う心に蓋をして、私もいかにも幸せな新妻らしく、ザイール様を見上げて微笑んだ。
「ありがとう。助かった」
「ええ、無事に済んでよかったです」
「私は寄るところがあるから、君は馬車で先に屋敷に帰りたまえ」
「はい、承知いたしましたわ」
先程まで私に優しく微笑み返してくれていたザイール様は、コネリー侯爵が静養している別邸を出た途端、スッと無表情に戻る。短い会話を交わした後、そのまま私たちは別れた。
それから約二ヶ月、私たちはこうした日常を過ごした。普段屋敷にいる時は、完全に赤の他人。でもあまりに他人行儀すぎて使用人たちに不審がられないよう、ごくたまに食事だけ共にして、その時には主に私が楽しげにザイール様に話しかけ、ザイール様はウンウンと頷いているという感じだった。そのわずかな夫婦ごっこの時間が、私にとってはひそかに至福の一時だったのだ。
決してそれを表に出すことはしないけれど。
そんなある夜、私はザイール様に同伴して、大規模な夜会に出席することとなった。国中から多くの方々が集まっており、私たちが到着した頃には、会場である大広間にはあちこちで賑やかに談笑する着飾った人々の姿があった。
多くのご令嬢方を虜にした完璧な侯爵令息と、没落寸前の伯爵令嬢の私。今社交界では、この結婚は噂の的だろう。案の定、ザイール様と私が会場に入った途端多くの注目を浴び、大広間が少し静まったほどだ。
(……気にしない気にしない。私の役目はあくまで、ザイール様のお飾りの妻。侯爵令息の妻として恥ずかしくない立ち居振る舞いをすればいいのだから)
実際にはあまりの居心地悪さに、壁の一部になっていたいぐらいだったけれど、それでも私はキリッと前を向いて口角を上げていた。
「……大丈夫だ。君はただ私の隣にいてくれればいい」
「ええ、ザイール様」
私たちが顔を見合わせて微笑むと、何人かの高位貴族の方々がザイール様に話しかけてこられた。ザイール様は私を紹介し、私は出しゃばらない程度に丁寧に挨拶をした。
(よかった……案外順調に過ごせているわ。お屋敷に戻るまで、このままただニコニコしていよう)
ザイール様の隣に寄り添いながら、私はそう考えていた。
ザイール様の懇意にしている方々や、その方々からの繋がりで何人かの貴族の方とお話をして、また二人きりになった時、
「ザイール様、ごきげんよう。よかったわ、いらしていたのですね」
華やかで美しいご令嬢が、ご友人と思われる方々を伴って近付いてきた。
「……パトリシア嬢、ご無沙汰している」
最近は無表情の中にもらザイール様の感情が少し読み取れるようになってきた。今ガクッと気分が落ちた気がする……。ほんの一瞬、そんな雰囲気を出した。
声をかけてこられたのは、パトリシア・ベレスフォード侯爵令嬢だった。貴族学園でいつもザイール様の後ろをついてまわっていた方という印象だ。美男美女で互いに侯爵家の令息と令嬢。お似合いのお二人は、きっとこのまま婚約されるのだろうともっぱらの噂だった。けれど結局、ザイール様は誰とも婚約しないままに学園を卒業されたのだった。
パトリシア嬢はツンと顔を上げると、斜に構えた感じで私をチラリと見た。扇で顔を半分ほど隠してはいるが、なんだか挑発的な雰囲気は伝わってくる。
「こちらの方とご結婚されたのですね、ザイール様。紹介してくださる?」
「……君も知っているだろう?同じ学園で学んでいたのだから。アップルヤード伯爵家のメリナだ」
「ご無沙汰しております、パトリシア様」
私はにこやかに挨拶をした。するとパトリシア嬢は、眉間に皺を寄せ小首をかしげると、しばらく考え込んでから言った。
「アップルヤード伯爵家……?……あら、分かりましたわ。あの没落伯爵と名高いアップルヤード伯爵ね!おほほほほ……。よかったじゃありませんの、上手いこと裕福な侯爵家に潜り込めて。逼迫する没落貴族家ならではのたくましさかしら。これであなたのご実家も、どうにか持ちこたえられるのではなくて?ねぇ?皆さん」
「……っ!」
芝居がかった様子で露骨な嫌味を言い、我が家の名を出し愚弄してくるパトリシア嬢に、怒りが込み上げる。けれど、ここで感情を露わにするわけにもいかない。私の役目はあくまで、コネリー侯爵令息様の妻。ザイール様の、しとやかで完璧な妻なんだから……!
必死に自分にそう言い聞かせ、引きつる口角を頑張って上に上げていると、ザイール様が冷えきった声で言った。
「醜い嫉妬は止めたらどうだ?見苦しいぞ、パトリシア嬢」
320
お気に入りに追加
1,082
あなたにおすすめの小説

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています


口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる