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1. 白い結婚

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「この度のこと、本当に感謝しております、ザイール様。どうぞよろしくお願いいたします」

 その日の夜、結婚相手のザイール・コネリー侯爵令息様に、私メリナ・アップルヤードは丁寧に頭を下げた。貴族学園時代からひそかにずっと憧れていた方だけれど、別に恋愛結婚ではない。ザイール様側の事情によって、たまたま選ばれただけの私だ。
 案の定、ザイール様はその金色に輝く美しい瞳で私を淡々と見つめると、ニコリともせずにこう言った。

「分かっていると思うが、これは私の父が生きている間だけ継続される白い結婚だ。君がそのことを承諾してくれたからこそ成り立っている。父の余命は短い。どうか最期までやり遂げてくれ」
「はい。承知しております、ザイール様」
「それでももちろん、離縁する際にはアップルヤード伯爵家には、約束通り慰謝料という名目の最大限の援助をさせてもらう。この白い結婚の条件だ」
「はい。ありがとうございます、ザイール様」
「くれぐれも目立ったことはしてくれるな。結婚が継続している間は不貞行為などは論外だ。そこはわきまえてくれ」
「はい、承知いたしました」

 無感情に紡がれる言葉に、私ははい、はい、と素直に返事をしていく。

「……この部屋は結婚している間は君のものだ。自由に使ってくれ」
「はい。ありがとうございます、ザイール様」
「……。」

 興味なさげに私からフイと目を逸らすと、ザイール様は部屋を出て行った。

「……はぁーーっ……」

 大好きなザイール様を目の前にしてずっと緊張していた私は、ドアが閉まって数秒後、深く息をついたのだった。



 領地の経営が思わしくない我がアップルヤード伯爵家の生活は苦しかった。表向きそんなそぶりを見せられない貴族の見栄のために、財政は逼迫していくばかりだった。
 そんな中で突如降って湧いたのが、ザイール様から持ちかけられたこの契約結婚だった。ある日突然、ザイール様のお屋敷から私の元に使いの人がやって来て呼び出されたのだ。驚いたなんてものじゃなかった。同じ貴族学園に通っていたとはいえ、私とザイール様はほとんど会話をしたことさえなかったから。



 あるとすれば、あの時だけ──────



 あれは学園で、試験の結果が発表された日のことだった。私は努力の甲斐あって、その時の試験で全校で五位という素晴らしい好成績を収めたのだ。嬉しくて嬉しくて、貼り出された成績順位表をずっと見ていると、数名の令嬢たちが後ろから露骨に嫌味を言ってきた。

「不正でもなさったんじゃないの?あんな人が、ねぇ……」
「ふふ……。ええ、だってあのアップルヤード伯爵家の、でしょう?」
「あのお家じゃ優秀な家庭教師を雇うことなんてできそうもないし。財政は常に火の車なのに、頑張って見栄を張り続けていらっしゃるようよ。ご両親も同じ服やドレスを着回しながら、夜会に出席しているんですって」
「まぁっ、嫌だわ。落ちぶれた名ばかりの伯爵家ね。ふふふ」
「ここの学費はちゃんと払っているのかしら」

(…………っ!!)

 いつものように聞こえないふりをしようかと思ったけれど、両親を馬鹿にするような言葉まで言われて、私はカッとなった。悔しさで唇が震える。

 その時。

「くだらない真似は止めたらどうだ、ご令嬢方。自分たちの品位を貶めていることに気が付かないのか。そんなに悔しかったらもっと努力するといい。陰湿な陰口など叩いているその時間が、無駄だとは思わないのか?」
「……?!」

 凜とした声に振り向くと、そこにいたのはザイール様だった。ご令嬢方とは滅多にお話されることもない方だけれど、学園で他のどのご令息よりも人気があった。その美しい容姿と文武両道の素晴らしい才能には、皆が色めき立っていた。
 そのザイール様から辛辣に批判された下位貴族のご令嬢方は、かなりショックだったのだろう。真っ赤な顔を引き攣らせながら慌てて立ち去った。ザイール様は冷めた目でその後ろ姿を見送った後、私の方をチラリと見て、ほんの少しだけ微笑んだのだ。

(……っ!)

「気にすることはない。君は努力家だし、優秀だ。自分を誇るといい」

 そう言ってスッと去って行ったのだった。

 学園の皆から軽んじられ馬鹿にされていた私がこの人に恋をするには、充分すぎる出来事だった。



(でもきっと、ザイール様はあの時のことなんて全く覚えていないわね。ふふ……)

 大きくてふかふかのベッドに一人横になり、私はそう考えた。気持ちいい。まるで雲の上にいるみたい。

 この白い結婚の相手として自分が選ばれた理由は、分かっている。ザイール様からきちんと説明されたから。

(私はザイール様の期待を裏切らないように、この役目をしっかり全うするだけ……)

 そう固く心に誓いながら、私は目を閉じた。





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