【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

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58. ホテルに到着

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 約四年ぶりに帰国したレドーラ王国。そこで私たちが真っ先に向かったのは、王都のホテルだった。部屋の手配も全てセシルがし、かさばる荷物は先に送ってくれていた。

「殿下には明日の午前中、訪問の許可をいただいている。気疲れする一日になるだろうから、今夜は早めにゆっくり休もう。な? ユーリ」

 部屋に到着し手荷物を置きながら、セシルが私にそう言った後、ユーリの方を向く。けれどユーリにはセシルの声など聞こえていない。
 目をまん丸にして口をポカーンと開け、真上を見上げたり、周囲を見回したりしている。あっけにとられたその表情は徐々に、満面の笑みへと変わっていった。

「しゅ、ごーーい! おちろみたい!!」

 王都の中でも最高級クラスのホテルだというここは、部屋の中もとてもゴージャスで、あの日三人で食事をしたレストラン以上にきらびやかだった。ユーリが全力かけっこできるほど広々とした空間。その一面に敷き詰められた、ロイヤルブルーを基調とした柔らかな絨毯。細やかな細工の美しいシャンデリアに、天蓋付きの巨大なベッド。重厚な生地のカーテンの間から見える大きな窓からは、王都の街並みが一望できる。繊細な彫刻が施された上品な調度品の数々は、触れることさえ躊躇してしまうほどピカピカに磨き上げられ、存在感を放っている。
 内心ユーリと同じように感嘆し、圧倒されている私を尻目に、セシルが余計なことを言い出した。

「ほら、ユーリ。このベッドすごいだろう? 乗っかって飛び跳ねてみたら楽しいぞ」
「っ!? ち、ちょっとセシル……! 何てこと言うのよ! こんな高級ホテルのベッドで、そんな……っ」

 ベッドの上をポンポンと手で叩いてユーリを呼び寄せるセシルに驚き、私は慌てて止めに入る。けれどセシルはハハハと笑っているだけだ。

「大丈夫だろ。誰も見てないんだし、ユーリの体重で跳ねたところで、下の階には少しも響かないさ。ほら、おいで」
「うわぁーーい! キャーーッ!」

 転がり落ちないようセシルにしっかりと両手を握られたまま、ユーリが巨大ベッドの上でピョンピョンと高く飛び跳ねる。もっと行儀よくすることを覚えさせなきゃ……と、ついお説教してしまいたくなる。
 けれど、ベッドサイドに立ってユーリの手を握り見守っているセシルは、なんだかすごく幸せそうで。はしゃぎまくっているユーリの表情も、あまりにも楽しそうで。
 やめなさい! と言うはずだった私の言葉は、喉の奥でスッと消えたのだった。

(やっと手に入れたこの幸せな生活を手放すことなんて、もう考えられない)

 愛おしい息子と、彼を一緒に見守ってくれる、大切な人。
 どちらを失うことも、私にとっては耐えがたいことだった。
 何もかもが上手くいくことを、願うばかりだった。



 翌日の早朝、先に送っておいた荷物の中から、私は今日の日のためにセシルが買ってくれた謁見用のドレスを取り出した。
 時間が全然足りなかったこともあり既製品のドレスだけれど、何度見ても惚れ惚れするほど美しいものだった。セシルやユーリの瞳と同じアメジスト色のそれには、丁寧に施された細やかな刺繍やレースが飾られ、袖口や胸元、ウエストの切り替え部分などに小ぶりなパールがあしらわれている。以前二人が贈ってくれたアメジストとパールのついた髪飾りをつけて、私は身支度を整えた。このホテルにはドレスの着付けやヘアメイクを手伝ってくれるスタッフたちもいて、とても助かる。そこも加味してこのホテルに決めたのだとセシルが言っていた。

「まま、しゅごーい! おしめしゃまみたいっ!」

 徐々に仕上がっていく私をそばで見ていたユーリが、目をキラキラと輝かせてそんなことを叫ぶ。女性スタッフたちがクスクスと笑っている。ちょっと恥ずかしい。

「きれーい! まま」
「あ、ありがとうユーリ。ユーリもとっても格好良いわよ」

 先に着替えを済ませたユーリの姿が本当に愛くるしくて、実は私の方こそ内心悶え、叫んでいた。一丁前に真っ白なジャケットを着せられ、質の良いベージュのズボンと艶々の黒い革靴を履いたユーリこそ、小さな王子様のようだった。
 支度が終わった私はユーリの手を引き、先に準備を済ませ別室で待っているセシルの元を訪れる。彼もまた普段と違う畏まった服装で、麗しいその姿がより一層引き立っている。思わずドキドキしてしまった。
 セシルは私の姿を見ると、石像のように固まった。
 
「お待たせ、セシル。……どう、かしら? これで大丈夫?」

 おそるおそるそう尋ねてみると、セシルの眦が赤く染まった。

「……最高に綺麗だ、ティナ。殿下にも誰にも、君の姿を見せたくない」
「な、何を言ってるのよ。それじゃ着た意味がないじゃないの……」

 そう答えながら、私の頬も熱くなったのだった。
 


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