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38. 打ち明ける
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あの週末カフェで会って以来、セシルは何度も私の元へとやって来た。平日は困ると言っていたはずなのに、「君が週末に会ってくれないからだろう。せっかく近くにいるんだ。せめて数日に一度くらいは、君の無事を確認させてくれ」などと言い、仕事帰りの私を週に二、三度は待ち伏せしている。
そして私が出てくると、「ティナ」と嬉しそうに声をかけてくるのだ。
同じ勤務時間の日の仕事終わりは大抵私と一緒に帰っているソフィアさんに、バレないはずがなかった。
「ちっ! ちっ! ちちちょちょっ、ちょっと! レイニーさん! あ、あの人って……あの人でしょ!? あの人じゃないの!!」
「……はい。そうです。レドーラ王国王太子殿下の視察の際に……」
「そうよ!! 王太子殿下のおそばにいた護衛の人でしょ!? い、一体どういうことなのよ!! なんでここにいるの? なんであなたを待ってるの!?」
ついにセシルを目撃されたその日、一旦路上にセシルを待たせて十歩ほど離れたところに私をグイグイ引っ張ってきたソフィアさんは、体中をわななかせて私をそう問い詰めてきた。
結局、私がレドーラ王国からこのセレネスティア王国へとやって来た事情を、次の週末にソフィアさんのおうちで話すことになった。彼がユーリの父親であること、そしてまだ彼がその事実を知らないことなどを、私は洗いざらい白状した。
「……な……なんて波乱万丈な人生だったの、あなた。レイニーさん……いえ、ティ……」
「ソフィアさんっ! シーッ。私はレイニーですっ」
「ごっ、ごめん」
私たち二人はリビングの奥で遊んでいるユーリとララちゃんに視線を移す。幸い二人はこちらの会話など全く気に留める様子もなく、おままごとらしきことをして遊んでいる。今は二人とも黙々と野菜のおもちゃをお皿に載せたり、お鍋にケーキを突っ込んだりしている最中だ。一緒に遊んでいるのか、各々自分の世界に入っているのか、よく分からない。
「そっか……。ユーリくんの、その……ね? アレが、あんな色男だったとは……」
「……私の望みは、このままユーリと二人静かに暮らしていくことなんです。どうにかあの人が、諦めて帰国してくれればとは思うのですが……」
私がそう呟くと、ソフィアさんは目の前のお皿からジャムの乗ったビスケットを一枚手に取り、ムシャムシャと食べながら言った。
「いや、無理じゃない? だってこの二週間でもう何回来てたっけ? 六回ぐらい? 目が眩むほどの美男子だから、私も最初は緊張してガチガチに固まっちゃったけど、もうすっかり見慣れたわ。こないだの“バハロ騒ぎ”の時に彼がいなくて良かったわねぇ。下手したら殺人事件に発展してたかもよ」
「ま、まさか……」
「あの人のあなたへの執着心はすごそうだもの。そう簡単には諦めて帰国なんてしないと思うわ。だって……」
ソフィアさんはココアをグビッと飲むと、ユーリを気にしてくれているのか小さな声で言った。
「王太子殿下の近衛騎士なんてたいそうな仕事を辞めてまで、こっちにやって来たんでしょう? 覚悟が違うわよ。意地でもあなたと結婚する気よ、きっと」
「休職、らしいんですけどね。でも……、私と一緒になるなんて、彼の実家が絶対に許さないはずですし」
「私は貴族様とは無縁の人生を生きてきた身だからよく分からないけどさ、本当にその、後継ぎ問題って大事なのねぇ。やっぱり自分の家の血を継いでいなきゃダメなのかしら」
「……どうしても無理なら、もちろん養子を迎える手はありますが、それも身内である場合がほとんどです。ましてや、我が息子の血を引いている子が存在しているとなれば……」
「うーん……。たしかに怖いわね。ユーリくんを問答無用で連れて行かれたりなんかしたら……、……ハッ!」
ソフィアさんの視線につられて子どもたちの方を見ると、二人が遊びの手を止めてこちらをジーッと見ていた。ユーリが不思議そうに尋ねてくる。
「ゆーり、なぁに?」
「っ!? な、何でもないのよ。ユーリもララちゃんも、本当にどんどん大きくなるわねって話をしていたの」
慌ててごまかしてニッコリ笑ってみせると、ララちゃんがソフィアさんに言った。
「あーっ! まま、なにかたべてる! ららも! ららもぉ、びしゅけっとぉぉ!」
「あー、はいはい。じゃあ二人とも、おやつにしよっかー」
「わーい!」
「あーい!」
ララちゃんにつられて、ユーリも両手を上げて喜んでいる。立ち上がったソフィアさんが、また小さな声で言った。
「とにかくさ、二人が納得いくまで、しっかり話し合いなさいよ。ユーリくんのことは何も心配しなくていいから。私が何度でも預かるわ」
「ソフィアさん……」
「今後のあなたたちの人生がかかっているのよ。後悔が残らないように、しっかり考えて、レイニーさんがちゃんと自分で決めた道を行って。ね?」
「……はい。ありがとうございます」
なんて優しい人なんだろう。こんなにも親身になって考えてくれるなんて。ソフィアさんにお礼を言いながら、私はそう思った。
私は本当に、周囲の人に恵まれている。ソフィアさんにも治療院の皆にも、そしてノエル先生にも。改めて心の中で深く感謝しながら、私は今後のことに思いを巡らせたのだった。
そして私が出てくると、「ティナ」と嬉しそうに声をかけてくるのだ。
同じ勤務時間の日の仕事終わりは大抵私と一緒に帰っているソフィアさんに、バレないはずがなかった。
「ちっ! ちっ! ちちちょちょっ、ちょっと! レイニーさん! あ、あの人って……あの人でしょ!? あの人じゃないの!!」
「……はい。そうです。レドーラ王国王太子殿下の視察の際に……」
「そうよ!! 王太子殿下のおそばにいた護衛の人でしょ!? い、一体どういうことなのよ!! なんでここにいるの? なんであなたを待ってるの!?」
ついにセシルを目撃されたその日、一旦路上にセシルを待たせて十歩ほど離れたところに私をグイグイ引っ張ってきたソフィアさんは、体中をわななかせて私をそう問い詰めてきた。
結局、私がレドーラ王国からこのセレネスティア王国へとやって来た事情を、次の週末にソフィアさんのおうちで話すことになった。彼がユーリの父親であること、そしてまだ彼がその事実を知らないことなどを、私は洗いざらい白状した。
「……な……なんて波乱万丈な人生だったの、あなた。レイニーさん……いえ、ティ……」
「ソフィアさんっ! シーッ。私はレイニーですっ」
「ごっ、ごめん」
私たち二人はリビングの奥で遊んでいるユーリとララちゃんに視線を移す。幸い二人はこちらの会話など全く気に留める様子もなく、おままごとらしきことをして遊んでいる。今は二人とも黙々と野菜のおもちゃをお皿に載せたり、お鍋にケーキを突っ込んだりしている最中だ。一緒に遊んでいるのか、各々自分の世界に入っているのか、よく分からない。
「そっか……。ユーリくんの、その……ね? アレが、あんな色男だったとは……」
「……私の望みは、このままユーリと二人静かに暮らしていくことなんです。どうにかあの人が、諦めて帰国してくれればとは思うのですが……」
私がそう呟くと、ソフィアさんは目の前のお皿からジャムの乗ったビスケットを一枚手に取り、ムシャムシャと食べながら言った。
「いや、無理じゃない? だってこの二週間でもう何回来てたっけ? 六回ぐらい? 目が眩むほどの美男子だから、私も最初は緊張してガチガチに固まっちゃったけど、もうすっかり見慣れたわ。こないだの“バハロ騒ぎ”の時に彼がいなくて良かったわねぇ。下手したら殺人事件に発展してたかもよ」
「ま、まさか……」
「あの人のあなたへの執着心はすごそうだもの。そう簡単には諦めて帰国なんてしないと思うわ。だって……」
ソフィアさんはココアをグビッと飲むと、ユーリを気にしてくれているのか小さな声で言った。
「王太子殿下の近衛騎士なんてたいそうな仕事を辞めてまで、こっちにやって来たんでしょう? 覚悟が違うわよ。意地でもあなたと結婚する気よ、きっと」
「休職、らしいんですけどね。でも……、私と一緒になるなんて、彼の実家が絶対に許さないはずですし」
「私は貴族様とは無縁の人生を生きてきた身だからよく分からないけどさ、本当にその、後継ぎ問題って大事なのねぇ。やっぱり自分の家の血を継いでいなきゃダメなのかしら」
「……どうしても無理なら、もちろん養子を迎える手はありますが、それも身内である場合がほとんどです。ましてや、我が息子の血を引いている子が存在しているとなれば……」
「うーん……。たしかに怖いわね。ユーリくんを問答無用で連れて行かれたりなんかしたら……、……ハッ!」
ソフィアさんの視線につられて子どもたちの方を見ると、二人が遊びの手を止めてこちらをジーッと見ていた。ユーリが不思議そうに尋ねてくる。
「ゆーり、なぁに?」
「っ!? な、何でもないのよ。ユーリもララちゃんも、本当にどんどん大きくなるわねって話をしていたの」
慌ててごまかしてニッコリ笑ってみせると、ララちゃんがソフィアさんに言った。
「あーっ! まま、なにかたべてる! ららも! ららもぉ、びしゅけっとぉぉ!」
「あー、はいはい。じゃあ二人とも、おやつにしよっかー」
「わーい!」
「あーい!」
ララちゃんにつられて、ユーリも両手を上げて喜んでいる。立ち上がったソフィアさんが、また小さな声で言った。
「とにかくさ、二人が納得いくまで、しっかり話し合いなさいよ。ユーリくんのことは何も心配しなくていいから。私が何度でも預かるわ」
「ソフィアさん……」
「今後のあなたたちの人生がかかっているのよ。後悔が残らないように、しっかり考えて、レイニーさんがちゃんと自分で決めた道を行って。ね?」
「……はい。ありがとうございます」
なんて優しい人なんだろう。こんなにも親身になって考えてくれるなんて。ソフィアさんにお礼を言いながら、私はそう思った。
私は本当に、周囲の人に恵まれている。ソフィアさんにも治療院の皆にも、そしてノエル先生にも。改めて心の中で深く感謝しながら、私は今後のことに思いを巡らせたのだった。
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