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「ベルナップ伯爵領の端にある工場?」
「ええ、そこで労働者たちに交じって働くそうですわ。我が家へ支払うことになった慰謝料分を稼ぎ終えるまで」
「はは。それは先の長い話だな。充分懲りたんじゃないだろうか」
数日後、私はマキシミリアーノ様から夕食に招かれていた。とても素敵なレストランで二人きりでの食事。胸がいっぱいでなかなかお料理が喉を通らない。
「ふふ、どうでしょうね。そうだといいのですけど」
何かと要領が悪くて根性もないミッチェルのことだ。もしかしたら一生を工場の労働者として終えることになるのかもしれない。
「リヴィングストン子爵家ももうどうしようもなくなったようだね。廃爵され、ひっそりと家族で国を出たようだよ」
「……ええ」
ポーラの実家は元々領地の経営状態も悪かった。そこに加えて今回の我が家への慰謝料の支払い。父はだいぶ減額したようだが、それでも完全に免除することはしなかった。リヴィングストン子爵家にとっては大きすぎる痛手だったのだ。領地も何もかも手放してしまうことになったようだ。
結局最後まで私に対して一言の謝罪もなかったポーラは、今頃どんな気持ちで過ごしているのだろうか。何を求めていたのだろう。ミッチェルに対して、本当の愛情なんて果たしてあったのか。
学園時代から一緒に過ごしてきた時間や彼女の置かれた境遇のことを思うと、やはり胸が痛む。
レストランを出て、夜の街を二人並んで歩く。……はぁ、幸せ。このままマキシミリアーノ様とずっと一緒にいたいわ。
いつの間にか大好きになってしまった、隣にいるマキシミリアーノ様の存在に胸を高鳴らせつつ、私は父からの伝言を彼に伝える。
「…父がマキシミリアーノ様にご挨拶をしたいと申しておりますの。是非とも直接お会いして今回の件のお礼が言いたいと。今度、父を連れてお屋敷へ伺ってもよろしいですか?」
「……ああ、うん、そう?……いや……できればこちらから出向きたいのだが…」
「え?」
私の言葉にマキシミリアーノ様は何やら歯切れの悪い様子でもごもごと言っている。かと思うと、ふいに立ち止まり、私を正面から見据えた。
「……アミカ嬢」
「は、はい」
その真剣なお顔に、私も立ち止まり緊張して彼を見つめた。
「…もうこれで、君は晴れて独り身となったわけだ」
「え、ええ。そうですわね。離婚できましたし」
「……ならば、私はもう君へ愛を伝えても構わないわけだ」
「……。…………。は、……え、……え?」
……え?
マキシミリアーノ様は私の両手をとりそっと握ると、私を見つめて言った。
「アミカ嬢、…君のことが好きだ。私の恋人になってほしい。……もちろん、結婚を前提に」
「……っ!……マ……」
マキシミリアーノ様……!
ほ、本当に……?
じわじわと込み上げてきた喜びは抑えきれないほどに大きなものとなり、私の全身を包み込んだ。……信じられない。マキシミリアーノ様が、私と同じ想いを……?
で、でも……
「……とても……嬉しいのですが……」
「え?本当に?!」
「え、ええ……もちろん……。……ですが、マキシミリアーノ様……、よろしいのですか……?だって私は…………離婚歴のある、伯爵家の、娘……」
そう。私は傷モノの格下の家柄の娘。マキシミリアーノ様にふさわしいわけがないのだ。そんなことは自分でもよく分かっている。
だけどマキシミリアーノ様はきっぱりと言い放った。
「そんなことは何も関係ない。私は今目の前にいる君のことが好きなんだ。最初はただ、自分と同じような境遇になってしまった君のことが心配だったんだ。私にできることがあるなら助けてあげたいと…。だけどいつの間にか、私がこの手で君を守り続けたいと思うようになってしまった。君と一緒にいたい、君の愛を得たいと…」
「……マキシミリアーノ様……っ」
「……アミカ。どうか、私の恋人に」
「……は……はいっ……!」
大好きな人からの愛の言葉に、幸せで胸がいっぱいになる。溢れ出した涙をその温かい手で優しく拭ってくれたマキシミリアーノ様の笑顔を、私は心に焼き付けたのだった。
それからおよそ一年後、私たちは結婚した。
両親は大喜びし、バーンズ侯爵夫妻も「婚約破棄以来生涯結婚はしないと言い張っていた息子がようやく…」と胸を撫で下ろしていらっしゃった。受け入れられたことに安堵し、私も胸を撫で下ろした。
(二度目の式って、なんだか気まずいわねぇ…)
結婚式の日。美しい衣装に身を包み、私はなんとなく気恥ずかしさを覚えた。友人たちは皆事情を知って集まってくれているのだから、そんなに引け目を感じることもないのかもしれないけど。
だけど今度こそ、私たちは幸せになるんだ。私を選んでくださったマキシミリアーノ様を、私が幸せにしてみせるわ。
「ねぇ、アミカ」
「はい?」
隣に立つマキシミリアーノ様が、私の頬に触れながら微笑む。
「安心しておくれ。私は君しか見えないから。君を悲しませるようなことは絶対にしないよ。……愛してる」
「……っ、」
何よりも嬉しいその言葉に、私も満面の笑みで応えた。
「私も、心からあなたを愛していますわ、マキシミリアーノ様」
「ええ、そこで労働者たちに交じって働くそうですわ。我が家へ支払うことになった慰謝料分を稼ぎ終えるまで」
「はは。それは先の長い話だな。充分懲りたんじゃないだろうか」
数日後、私はマキシミリアーノ様から夕食に招かれていた。とても素敵なレストランで二人きりでの食事。胸がいっぱいでなかなかお料理が喉を通らない。
「ふふ、どうでしょうね。そうだといいのですけど」
何かと要領が悪くて根性もないミッチェルのことだ。もしかしたら一生を工場の労働者として終えることになるのかもしれない。
「リヴィングストン子爵家ももうどうしようもなくなったようだね。廃爵され、ひっそりと家族で国を出たようだよ」
「……ええ」
ポーラの実家は元々領地の経営状態も悪かった。そこに加えて今回の我が家への慰謝料の支払い。父はだいぶ減額したようだが、それでも完全に免除することはしなかった。リヴィングストン子爵家にとっては大きすぎる痛手だったのだ。領地も何もかも手放してしまうことになったようだ。
結局最後まで私に対して一言の謝罪もなかったポーラは、今頃どんな気持ちで過ごしているのだろうか。何を求めていたのだろう。ミッチェルに対して、本当の愛情なんて果たしてあったのか。
学園時代から一緒に過ごしてきた時間や彼女の置かれた境遇のことを思うと、やはり胸が痛む。
レストランを出て、夜の街を二人並んで歩く。……はぁ、幸せ。このままマキシミリアーノ様とずっと一緒にいたいわ。
いつの間にか大好きになってしまった、隣にいるマキシミリアーノ様の存在に胸を高鳴らせつつ、私は父からの伝言を彼に伝える。
「…父がマキシミリアーノ様にご挨拶をしたいと申しておりますの。是非とも直接お会いして今回の件のお礼が言いたいと。今度、父を連れてお屋敷へ伺ってもよろしいですか?」
「……ああ、うん、そう?……いや……できればこちらから出向きたいのだが…」
「え?」
私の言葉にマキシミリアーノ様は何やら歯切れの悪い様子でもごもごと言っている。かと思うと、ふいに立ち止まり、私を正面から見据えた。
「……アミカ嬢」
「は、はい」
その真剣なお顔に、私も立ち止まり緊張して彼を見つめた。
「…もうこれで、君は晴れて独り身となったわけだ」
「え、ええ。そうですわね。離婚できましたし」
「……ならば、私はもう君へ愛を伝えても構わないわけだ」
「……。…………。は、……え、……え?」
……え?
マキシミリアーノ様は私の両手をとりそっと握ると、私を見つめて言った。
「アミカ嬢、…君のことが好きだ。私の恋人になってほしい。……もちろん、結婚を前提に」
「……っ!……マ……」
マキシミリアーノ様……!
ほ、本当に……?
じわじわと込み上げてきた喜びは抑えきれないほどに大きなものとなり、私の全身を包み込んだ。……信じられない。マキシミリアーノ様が、私と同じ想いを……?
で、でも……
「……とても……嬉しいのですが……」
「え?本当に?!」
「え、ええ……もちろん……。……ですが、マキシミリアーノ様……、よろしいのですか……?だって私は…………離婚歴のある、伯爵家の、娘……」
そう。私は傷モノの格下の家柄の娘。マキシミリアーノ様にふさわしいわけがないのだ。そんなことは自分でもよく分かっている。
だけどマキシミリアーノ様はきっぱりと言い放った。
「そんなことは何も関係ない。私は今目の前にいる君のことが好きなんだ。最初はただ、自分と同じような境遇になってしまった君のことが心配だったんだ。私にできることがあるなら助けてあげたいと…。だけどいつの間にか、私がこの手で君を守り続けたいと思うようになってしまった。君と一緒にいたい、君の愛を得たいと…」
「……マキシミリアーノ様……っ」
「……アミカ。どうか、私の恋人に」
「……は……はいっ……!」
大好きな人からの愛の言葉に、幸せで胸がいっぱいになる。溢れ出した涙をその温かい手で優しく拭ってくれたマキシミリアーノ様の笑顔を、私は心に焼き付けたのだった。
それからおよそ一年後、私たちは結婚した。
両親は大喜びし、バーンズ侯爵夫妻も「婚約破棄以来生涯結婚はしないと言い張っていた息子がようやく…」と胸を撫で下ろしていらっしゃった。受け入れられたことに安堵し、私も胸を撫で下ろした。
(二度目の式って、なんだか気まずいわねぇ…)
結婚式の日。美しい衣装に身を包み、私はなんとなく気恥ずかしさを覚えた。友人たちは皆事情を知って集まってくれているのだから、そんなに引け目を感じることもないのかもしれないけど。
だけど今度こそ、私たちは幸せになるんだ。私を選んでくださったマキシミリアーノ様を、私が幸せにしてみせるわ。
「ねぇ、アミカ」
「はい?」
隣に立つマキシミリアーノ様が、私の頬に触れながら微笑む。
「安心しておくれ。私は君しか見えないから。君を悲しませるようなことは絶対にしないよ。……愛してる」
「……っ、」
何よりも嬉しいその言葉に、私も満面の笑みで応えた。
「私も、心からあなたを愛していますわ、マキシミリアーノ様」
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