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57. 愛の告白

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 それからほどなくして、学園は長期休暇に入った。
 新年度が始まる前、王家からトラヴィス殿下の王太子即位が発表され、それとほぼ時を同じくして、両親から私をトラヴィス殿下の婚約者にと打診が来ていることを告げられた。
 ダンスパーティーでの殿下の態度を見ていても、実はあらかた察してはいたけれど……、実際に両親からそれを告げられた時、喜びのあまりクラリとめまいがしたほどだった。……やだ。顔が、熱い……。

「よかったわね、メレディア。幸せそうな顔をしちゃって」

 私をじっと見つめながらからかうような笑みを浮かべる母の言葉にますます体温が上がる。

「……ん?メレディアはトラヴィス殿下のことを好いていたのか?」
「あなたったら。お気付きにならなかったんですの?嫌だわ、殿方って本当に鈍いんだから。トラヴィス殿下はメレディアとずっと親しくしてくださっていたではありませんか」
「あれは兄上であるアンドリュー殿下との婚約が破談になったことでメレディアを心配してくださっていたからではないのか……?」
「あら違うわ。トラヴィス殿下は以前からメレディアのことをずっと想ってくださっていたのよ。だから婚約が解消された後のメレディアに一生懸命アプローチなさっていたのですわ。ご自分はずっと婚約者も決めずに……。一途な方よね。メレディアは幸せ者だわ。そりゃあんな素敵な方に真摯にアプローチを続けられたら、好きにもなるわよね」
「そうか……。それは何よりだ。一度はあんな形で婚約を解消され、王家との今後の付き合いは遠のくものと思っていたが……。お前が前向きに受け入れられるというのなら、それに越したことはない。メレディア、ではこの話はお受けするが、それで構わんな?」

 目の前で私を置き去りに会話していた両親が、揃ってこちらを向く。私は今にも発火しそうなほど真っ赤になった顔を俯けたまま小さな声で答えた。

「……………………はい」

(それにしても、お母様……鋭いなぁ……)

 母の勘なのか、女の勘なのか。
 私はひそかに舌を巻いたのだった。





「……前に言っただろう?王太子妃教育は、無駄になるとは限らないと」

 後日、王太子宮で対面するやいなや、トラヴィス殿下はいたずらっぽく微笑んで私にそう言った。

「殿下ったら……。まさかあの頃から、こうなることを想定しておられたのですか……?」

 問いかける私に歩み寄りながら、殿下は満足そうに言った。

「もちろん。あいつが君との婚約を解消すると言い出したあの時から、腸が煮えくり返りながらも頭の片隅ですでに考えはじめていた。これは二度とはやって来ない絶好の機会だと。何が何でも、俺が君を手に入れてみせる、と」

 そう言うと、目の前までやって来た殿下は突然私を抱きしめた。
 
「きゃっ……!で、殿下……っ」

 驚いて身を捩るけれど、トラヴィス殿下の腕が緩むことはない。二人きりじゃないのに!侍女たちも衛兵たちも見てるんですけど……っ!
 恥ずかしくてたまらなかったけど、私は仕方なく殿下に身を任せた。心臓の音がうるさいほどに高鳴っていて、きっと私を抱きしめている殿下にも伝わっているだろうと思うと、すごく照れくさくて……。
 だけど。

(……あ……)

 密着した胸元に添えた私の手には、トラヴィス殿下の激しい鼓動が確かに伝わってきて、それに気付いた途端、どうしようもない喜びに胸が震えた。

「……ああ……、俺のメレディア……。やっと君を得ることができた……」

 噛みしめるように呟く殿下の声は掠れていて、今までに一度も聞いたことがないほどに切実な色を帯びていて、彼がどれほど強く私を望んでくれていたのかが分かった。

「……愛しているよ、メレディア。俺にはずっと、君だけだった」
「──────っ!」

 唐突な愛の言葉に、息が止まりそうになる。ようやく少し腕の力を緩めたトラヴィス殿下が、私の顔に手を添えると、クイと持ち上げる。
 切羽詰まった熱の灯るその黄金色の瞳と、視線がぶつかった。

「俺の妻になって、生涯を俺とともに過ごしてくれるか……?」
「……はい……。もちろんでございます、殿下。……わ、私も……」

 恥ずかしくて恥ずかしくて、気が遠くなりそう。だけどちゃんと応えなきゃ。私だって、この想いを今伝えたい。

「……あなたのことを、お慕いしています、トラヴィス殿下……。ずっと私を想ってくださって、ありがとうございました。……これからは私も、殿下のことだけを想って生きていきますわ」
「……っ!」

 私の言葉を聞いた殿下の瞳が大きく見開かれ、かすかに揺れる。次の瞬間、私の唇は殿下の熱に塞がれた。
 初めての口づけは、情熱的で、とても甘美なものだった。その熱にうっとりと身を委ねる私には、もう恥ずかしいなんて感じている余裕はなかった。

 しばらくしてそっと唇を離した殿下は、再び私を強く抱きしめると、はぁ…、と色っぽいため息をついて私の肩越しに呟いた。

「……夢みたいだ」




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