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6. 茶番劇

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 当然、こんな荒唐無稽な濡れ衣を黙って受け入れるわけにはいかない。ましてやこれだけの社交界の子女たちの前なのだ。潔白はしっかりと主張しておかなければ。

「アンドリュー様、あなた様は長年婚約者としておそば近くでお仕えしてきたこの私のことを、そのような陰湿なことをする人間だとお思いになっていたのですか。私があなた様の前でわずかでもそのような人間性を垣間見せたことがございましたでしょうか」
「……。」

 背筋を伸ばし、真っ直ぐにアンドリュー様を見据えて私は発言した。彼の顔には激しい動揺の色が見てとれる。……当たり前だわ。彼がよほど愚鈍で人を見る目がない男でない限りは、必ず分かってくれているはず。私の誠意を。努力を。外見のみならず、ひたむきに磨き上げてきた内面を。
 そもそも彼はこんな大それた行動を起こす人間ではない。王太子という立場でありながら、気が小さく、人に注目されることが大の苦手なのだ。きっと今だっていっぱいいっぱいのはず。

 場の空気はほんの少し緩んだ。私の迷いのない凛とした声に、学生たちの緊張も解れたようだ。皆が私の言葉を信じてくれている証だろう。

「はっきり申し上げます。私がグリーヴ男爵令嬢に嫌がらせ行為をしたことなど、ただの一度もございません。神に誓って、そのような卑劣な真似はいたしませんわ。私はこのセレゼラント王国王太子殿下の婚約者であり、ヘイディ公爵家の娘です。その名に恥じるような行いは決していたしません」

 息を呑む空気が伝わってくる。私は自分の姿が周囲からどう見えているかを熟知していた。誰よりも気高く、一切の後ろめたさもなく、この場で最も自信に満ち溢れた公爵令嬢。これまでの私の努力や生活態度が私のくだらない疑惑を晴らしてくれるはず。

 ……ところが。

「うっ……、あ、あんまりですわ、メレディア様……。わ、私は、これまでずっと耐えてまいりました……。あなた様という尊いお方を、あんな酷い真似をなさるほどに怒らせてしまったのは、私が至らぬからなのだと……」

 アンドリュー様の隣に立っていたグリーヴ男爵令嬢が、突然両手で顔を覆って肩を震わせはじめた。皆ギョッとした顔で彼女に視線を移す。

「ご、ごめんなさい……メレディア様……。アンドリュー様のご寵愛を奪ってしまって、ごめんなさい……。心から謝ります……。私はただ、この畏れ多い恋心を一生胸の中に秘めておくつもりだったんです……。だけど、……アンドリュー様のお優しさに甘えて、少しずつ、距離を縮めてしまいました……。どうか、もう、……これ以上、二人きりの時に辛く当たるのはお止めくださいませ……!諦めますから……、アンドリュー様を恋い慕う、身の程知らずのこの想いは、今日限りで断ち切りますから……っ!」
「エルシー……!何を言い出すんだ!馬鹿なことを……っ」

 か細い体でふるふると震えながら号泣するグリーヴ男爵令嬢を、たまりかねたように抱きしめるアンドリュー様。

(……ねぇ、私は一体何の茶番を見せられているわけ……?)

 悲劇に酔う二人の姿に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。だけど私が次の言葉を発する前に、グリーヴ男爵令嬢を抱きしめたアンドリュー様がキッと私を睨みつけ怒鳴った。

「君という奴は……!僕の婚約者、ヘイディ公爵家の令嬢という表の顔と、そして憎い相手を徹底的に虐め抜く残虐な裏の顔……。その二面性を使い分けておきながら、よくもまぁそんなに白々しい上辺の言葉が言えたものだ。心から軽蔑する!」

 ……何よそれ。
 なぜそちらの男爵令嬢の言葉はあっさり信じてしまうのに、私の言葉は信じられないの……?

 これまで私たちの重ねてきた時間は、一体何だったというのかしら。次代の国政を担う夫婦になるために、あんなにも共に苦労してきたはずなのに。同じ方向を並んで見ていた、はずなのに……

 失望に胸が暗く沈んでいく。

「いい加減に目を覚ましてくださいよ、兄上」
「……っ、」

 その時。会場の異様な雰囲気を打ち破るように、トラヴィス殿下が声を上げた。いつの間にか私の隣に立っている。まるで私をアンドリュー様から庇ってくださっているかのように。

「トラヴィス……。君は黙っていてくれ」
「黙っていられるはずがありませんよ兄上。何の証拠もなくメレディア嬢をこんな公衆の面前で責め立て貶し……、一国の王太子の振る舞いとは到底思えませんね。あなた以外の誰もが分かっていますよ。メレディア嬢がそんな陰湿な嫌がらせなどするはずがないと。そもそも彼女にそんなくだらないことをしている暇はありませんよ。学園では真面目に授業を受け、成績は常に学年トップ。生徒会にも籍を置き、休み時間はそちらの仕事をしている。その上放課後はヘイディ家のタウンハウスに直帰して王太子妃教育などに打ち込んでいるんですよ。……全てはあなたのためです。簡単によその女性に誑かされていないで、もっとメレディア嬢に寄り添ってあげてください」
「……トラヴィス殿下……」

 こんな状況なのに、私は感動して胸がいっぱいになっていた。
 トラヴィス殿下はアンドリュー様よりもはるかに、私のことを分かってくださっている。そしてこの場で、私の味方になり庇ってくれている。

 一瞬でも気を抜けば瞳が潤んでしまいそうだった。




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