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1. 完全無欠の公爵令嬢

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 緑豊かで多くの資源に恵まれた美しい国、セレゼラント王国。
 その王都を見下ろす小高い丘の上には、立派な王宮が堂々とそびえ立っていた。そしてその王宮の大広間では今、盛大な晩餐会が開かれている。他国へ嫁ぐことが決まった第二王女の結婚を祝しての催しだ。
 国内の高位貴族たちのみならず、近隣諸国からも多くの重鎮たちが招かれ、きらびやかなシャンデリアや華やかな衣装を身にまとった高貴な人々で輝き賑わう大広間は、それはそれは活気に満ちていた。

 そんな会場の中で、主役であるはずの王女殿下以上に注目を浴びている一人の麗しい女性がいた─────






「ご覧になって、ほら、あそこに…」
「ええ。ヘイディ公爵家のメレディア様だわ。今夜はまた輝くような美しさだこと」
「何と言ってもアンドリュー王太子殿下のご婚約者であらせられるのですもの。いつ見ても完璧な立ち居振る舞いですわね。ああしてただ座っていらっしゃるだけでも、まぁ本当に絵になること…」
「見て、あの無駄のない仕草。ナイフの使い方一つとっても本当に優雅でいらっしゃるわ…」
「あのイヤリング素敵ね。やはりブルーダイアモンドなのかしら。メレディア様の空色の瞳にとてもよく似合っているわ。さすがね…」

「…………。」

(ずっと見られてるわね、案の定…)

 いつものこと。分かっている。これだから私は一瞬たりとも気を抜くことが許されない。
 周囲の席に座っている令嬢たちの視線を一身に浴びていることを重々承知した上で、空腹に耐えかねた私は極めて優雅にステーキを切り、口に運んだ。…あまりたくさん食べてはいけない。ガツガツしているところを人に見られるわけにはいかないし、このドレスはウエストを限界まで引き絞ってある。弾けて破れたりはしないと思うけど、少しでもお腹が出たら台無しだわ。

 セレゼラント王国随一の公爵家であるヘイディ家。その家の娘である私メレディアは、この国の第一王子アンドリュー様の婚約者だ。アンドリュー様が5歳、私が3歳の頃にはもうこの婚約は決まっており、物心ついた時にはすでに朝から晩まで勉強漬けの毎日だった。
 淑女教育に、並行して王太子妃教育。あらゆる知識やマナーを叩き込まれ、ダンスに音楽、大陸全ての言語に文化、体型管理や肌管理などを含めた何もかもに、がむしゃらに打ち込んできた。自分の意志とは無関係に、私はそう生きることしか許されない人間だった。

 そうして16歳になった今、私は社交界の人々から“完全無欠の公爵令嬢”と呼ばれるまでになっていた。アンドリュー様とともに通っている王立学園の中でも一目置かれる存在となり、誰も私に気安く話しかけてくることさえなかった。
 「雲の上の人」。いつしか同年代の令嬢たちからはそんな目で見られるようになっていた。そのことを寂しいと思うことさえ許されない。私は常に冷静に、心乱さず、いつも穏やかな微笑みを浮かべていなければならなかった。

 その夜の晩餐会でも、食事の後に多くの貴族や他国の方々に声をかけられ、忙しく過ごしていた。私は王太子殿下の婚約者ということもあり、王家の方々の近くで来賓たちに挨拶を返していた。
 そんな中、挨拶の波が途切れた時に、私はアンドリュー様の姿が見えなくなっていることにふと気が付いた。

(あら…?おかしいわね、どちらへ行かれたのかしら、アンドリュー様。そういえば少し前からいらっしゃらなかった気が…)

 ご気分でも悪くなって、どこかで休んでいらっしゃるのかしら。アンドリュー様は精神的にか弱く繊細なところがあり、多くの人の前に出て緊張すると具合が悪くなってしまうことがあった。

「メレディア嬢、どうした?」
「…あ、トラヴィス殿下…」

 私がキョロキョロしているのが気にかかったのか、第二王子のトラヴィス殿下が声をかけてくださる。トラヴィス殿下とは同い年で、学園でも共に学んでいる仲だ。…と言っても、学園で言葉を交わすことはあまりないけれど。いつも一人でいる私と違って、フランクな態度で人好きのするトラヴィス殿下の周りにはいつも大勢の友人たちがつどっていた。トラヴィス殿下は2学年上のアンドリュー様よりもだいぶ背が高く、人目を引く男らしい美男子だ。

「いえ、その、アンドリュー様のお姿が見えなくなっているのが気になって…。何か聞いていらっしゃいます?」
「いや。気にすることないんじゃないか?また人酔いでもしたんだろう。そのうち戻ってくるさ」

 興味なさそうなトラヴィス殿下の様子とは裏腹に、私は気になって仕方なかった。目まいでも起こしてどこかで倒れてはいないかしら…。まぁ、護衛たちがいるのだから誰も気付かないわけがないけれど。

「…一段落したようですので、少し探してまいりますわ」
「いいって。ここにいろよ。どうせすぐ戻るだろう」

 なぜだかあまり行かせたくないらしいトラヴィス殿下に、でも気になるので…、と言い残し、私は大広間をそっと抜け出した。





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