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26.妻の変化(※sideダミアン)
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最近妻の様子がおかしい。
少し前までは、妻はいつも俺の顔色を窺っていた。
俺に嫌われまいと、少しでも自分に愛情を向けてもらおうと必死だったはずなのに、ここ最近俺への関心が明らかに薄れてきている気がする。
……面白くない。
自分の婚約者がクラウディア・マクラウド伯爵令嬢であることは俺の大きなステータスの一つだった。
幼い頃は何の打算もなかったが、成長するに従い、俺への周りの目が明らかに羨望を含んだものであることに気付き始めた。
「お前が本当に羨ましいよ、ダミアン。あんなにも可愛くてしとやかで、その上お前に従順な婚約者がいるなんてなぁ」
「本当にそうだ!入学式の時から彼女は一際目を引いたよ。座っているだけで絵になるんだからなぁ。高級な人形のように整った容姿じゃないか。あんな可愛い子がお前のことを一途に好きだなんて……信じがたい。お前にはもったいないよ本当に」
王立学園に入学すると、周りの男たちは皆一様にクラウディアを褒めそやし、俺を羨んだ。入学当初から注目を浴びていた当のクラウディアはいつも俺のことだけを熱い視線で見つめていたし、そんなあいつを袖にして他の女たちと遊んでいられる身分である自分に満足していた。
「ふ、お前らに譲ってやりたいくらいさ。あんな地味で大人しい女のどこがいいんだ?皆。俺にはさっぱり分からないよ。俺はもっとノリが良くて愛嬌のある女が好きだけどな」
俺がそんなことを言えば言うほど友人たちは溜息をついて羨ましい、代わりたい、俺ならもっと大事にするのになどと言うのだった。
女たちと適当に遊びないがしろにしていても、ひたすら従順に俺だけを想っている、皆の憧れの的であるクラウディア。
実際、あれほど可愛い女からずっと恋慕の情を向けられていることは実に気分の良いものだった。どんなに粗末に扱おうともあいつは一途に俺のことだけを見つめ続けていた。そして俺は、それが一生続くものだと思い込んでいた。
(俺だから許されているんだ。俺にはそれだけの価値があるってことだ)
俺はクラウディアを粗末に扱うことがすっかり癖になっていた。結婚してからも相変わらずあいつは俺だけを見つめ、俺に尽くし、どうにか俺の愛情を得ようとひたむきだった。俺はますます気分が良くなった。冷たくあしらって傷付いた顔をするクラウディアを見るのが愉快だった。こんなにも俺のことを好きなのだ、この女は。多くの男たちから熱い視線を集めていたこの可憐な美人は、俺だけしか見えていない。遊ぶ相手には事欠かない。好きなだけ遊んで家に帰れば最高級品レベルの女が俺の機嫌を伺い、俺に尽くしたがる。
この世に俺ほどモテる男がいるのか?
栄華を極めた気分だった。面倒な仕事は俺に代わってクラウディアが全部やってくれるし、煩わしいことは一つもない。たまにクラウディアが泣き出したら怒ったふりをして黙らせればいいだけの話だった。
毎日が楽しくて仕方なかった。
ところが。
何故か最近、急にクラウディアの様子が変わった。
そのことにふと気付いたのはほんの数日前のことだ。女たちのところを泊まり歩いて何日かぶりに屋敷に戻った俺を、クラウディアが出迎えに来なかったのだ。
声をかけられるのが鬱陶しくて見つからないように静かに通ることもあったが、わざと音を立てて部屋の前を通っても、顔も出さない。何かしらの用事を作って俺の部屋に訪れてくるかと思いきや、それもない。
(……?なんだ?不貞腐れているのか?……まぁいい。どうせそのうち思い直しておずおずと茶でも運んでくるんだろう)
しかしそれから何日経ってもクラウディアは俺の部屋を訪れては来なかった。
不審に思っていたある朝、たまには一緒に食事でもするかと食堂へ降りようとしたところ、やけにめかし込んだクラウディアが部屋から出てきた。
「っ!あら、…おはようございます、ダミアン様」
「……ああ」
何だ……?やはり違和感があった。まるで学園の廊下で同級生に会ったかのような特別な感情のない挨拶だった。
以前のクラウディアなら、こうして俺とふいに会ったらもっと驚いて期待を込めた瞳でこちらを見つめ、頬を染めながら挨拶してきたものだ。
「…何だ、朝から随分と着飾っているじゃないか」
「……えっ?そ、そうですか……?」
「そうだろう。どこかへ出かけるのか?」
「ええ、はい。…お友達と」
「……そうか」
「はい。では、失礼します」
そう言うとクラウディアは先に階段を降りようとする。俺は何だか不愉快になり、その後ろ姿を見つめていた。
(何だ、このあっさりした対応は。いつもと全然違うじゃないか。腹が立つな…)
しかしその時、階段の手前でクラウディアが弾かれたように振り返り、俺を見た。何故だか少し胸が躍る。
「そうでした、ダミアン様。私……お伝えしておきたいことが……」
クラウディアはパタパタと俺の傍へ戻ってくる。ふ、やはり我慢ができなかったらしい。少し冷たい対応でもして俺の気を引こうと思ったか。だがそんなことをして俺の機嫌を損ねることが怖くなったんだろう。
「……何だ?」
俺はわざとぶっきらぼうに答える。どうせ俺の様子を伺うような言葉を口にするつもりだろう。一緒に朝食だけでも…とか、今夜はお帰りですか…とか。
「あの、お仕事の件です。ダミアン様のお部屋に溜まっていた書類を整理していて、気になったことがあるのですが…」
……は?……仕事の話だと……?
「ここ数年の、ダミアン様が管理している領地の決済関係の…」
「もういい、止めろ。朝からそんな重苦しい話題はたくさんだ。俺は出かける」
妙に苛立って俺はクラウディアよりも先に階段を降り、そのまま出かけたのだった。
少し前までは、妻はいつも俺の顔色を窺っていた。
俺に嫌われまいと、少しでも自分に愛情を向けてもらおうと必死だったはずなのに、ここ最近俺への関心が明らかに薄れてきている気がする。
……面白くない。
自分の婚約者がクラウディア・マクラウド伯爵令嬢であることは俺の大きなステータスの一つだった。
幼い頃は何の打算もなかったが、成長するに従い、俺への周りの目が明らかに羨望を含んだものであることに気付き始めた。
「お前が本当に羨ましいよ、ダミアン。あんなにも可愛くてしとやかで、その上お前に従順な婚約者がいるなんてなぁ」
「本当にそうだ!入学式の時から彼女は一際目を引いたよ。座っているだけで絵になるんだからなぁ。高級な人形のように整った容姿じゃないか。あんな可愛い子がお前のことを一途に好きだなんて……信じがたい。お前にはもったいないよ本当に」
王立学園に入学すると、周りの男たちは皆一様にクラウディアを褒めそやし、俺を羨んだ。入学当初から注目を浴びていた当のクラウディアはいつも俺のことだけを熱い視線で見つめていたし、そんなあいつを袖にして他の女たちと遊んでいられる身分である自分に満足していた。
「ふ、お前らに譲ってやりたいくらいさ。あんな地味で大人しい女のどこがいいんだ?皆。俺にはさっぱり分からないよ。俺はもっとノリが良くて愛嬌のある女が好きだけどな」
俺がそんなことを言えば言うほど友人たちは溜息をついて羨ましい、代わりたい、俺ならもっと大事にするのになどと言うのだった。
女たちと適当に遊びないがしろにしていても、ひたすら従順に俺だけを想っている、皆の憧れの的であるクラウディア。
実際、あれほど可愛い女からずっと恋慕の情を向けられていることは実に気分の良いものだった。どんなに粗末に扱おうともあいつは一途に俺のことだけを見つめ続けていた。そして俺は、それが一生続くものだと思い込んでいた。
(俺だから許されているんだ。俺にはそれだけの価値があるってことだ)
俺はクラウディアを粗末に扱うことがすっかり癖になっていた。結婚してからも相変わらずあいつは俺だけを見つめ、俺に尽くし、どうにか俺の愛情を得ようとひたむきだった。俺はますます気分が良くなった。冷たくあしらって傷付いた顔をするクラウディアを見るのが愉快だった。こんなにも俺のことを好きなのだ、この女は。多くの男たちから熱い視線を集めていたこの可憐な美人は、俺だけしか見えていない。遊ぶ相手には事欠かない。好きなだけ遊んで家に帰れば最高級品レベルの女が俺の機嫌を伺い、俺に尽くしたがる。
この世に俺ほどモテる男がいるのか?
栄華を極めた気分だった。面倒な仕事は俺に代わってクラウディアが全部やってくれるし、煩わしいことは一つもない。たまにクラウディアが泣き出したら怒ったふりをして黙らせればいいだけの話だった。
毎日が楽しくて仕方なかった。
ところが。
何故か最近、急にクラウディアの様子が変わった。
そのことにふと気付いたのはほんの数日前のことだ。女たちのところを泊まり歩いて何日かぶりに屋敷に戻った俺を、クラウディアが出迎えに来なかったのだ。
声をかけられるのが鬱陶しくて見つからないように静かに通ることもあったが、わざと音を立てて部屋の前を通っても、顔も出さない。何かしらの用事を作って俺の部屋に訪れてくるかと思いきや、それもない。
(……?なんだ?不貞腐れているのか?……まぁいい。どうせそのうち思い直しておずおずと茶でも運んでくるんだろう)
しかしそれから何日経ってもクラウディアは俺の部屋を訪れては来なかった。
不審に思っていたある朝、たまには一緒に食事でもするかと食堂へ降りようとしたところ、やけにめかし込んだクラウディアが部屋から出てきた。
「っ!あら、…おはようございます、ダミアン様」
「……ああ」
何だ……?やはり違和感があった。まるで学園の廊下で同級生に会ったかのような特別な感情のない挨拶だった。
以前のクラウディアなら、こうして俺とふいに会ったらもっと驚いて期待を込めた瞳でこちらを見つめ、頬を染めながら挨拶してきたものだ。
「…何だ、朝から随分と着飾っているじゃないか」
「……えっ?そ、そうですか……?」
「そうだろう。どこかへ出かけるのか?」
「ええ、はい。…お友達と」
「……そうか」
「はい。では、失礼します」
そう言うとクラウディアは先に階段を降りようとする。俺は何だか不愉快になり、その後ろ姿を見つめていた。
(何だ、このあっさりした対応は。いつもと全然違うじゃないか。腹が立つな…)
しかしその時、階段の手前でクラウディアが弾かれたように振り返り、俺を見た。何故だか少し胸が躍る。
「そうでした、ダミアン様。私……お伝えしておきたいことが……」
クラウディアはパタパタと俺の傍へ戻ってくる。ふ、やはり我慢ができなかったらしい。少し冷たい対応でもして俺の気を引こうと思ったか。だがそんなことをして俺の機嫌を損ねることが怖くなったんだろう。
「……何だ?」
俺はわざとぶっきらぼうに答える。どうせ俺の様子を伺うような言葉を口にするつもりだろう。一緒に朝食だけでも…とか、今夜はお帰りですか…とか。
「あの、お仕事の件です。ダミアン様のお部屋に溜まっていた書類を整理していて、気になったことがあるのですが…」
……は?……仕事の話だと……?
「ここ数年の、ダミアン様が管理している領地の決済関係の…」
「もういい、止めろ。朝からそんな重苦しい話題はたくさんだ。俺は出かける」
妙に苛立って俺はクラウディアよりも先に階段を降り、そのまま出かけたのだった。
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