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最終話 . 皆幸せに
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翌日の夕方から、オリバー殿下とセレスティア様の結婚パーティーが王宮の大広間で行われた。国中の高位貴族たちが華やかに着飾って集まり、とても賑やかだ。
レイにエスコートされながら、私も広間に入る。幸せそうな主役の二人の周りにはたくさんのご友人が集まっていた。皆笑顔だ。
(ふふ。私も後でご挨拶したいわ)
「どこかに兄が来ているはずだ」
「……えっ?そうなの?本当に?」
「ああ。父が必ず帰国して出席するようにときつく言っていたらしい。もしこのパーティーに出席しないようならば強制送還だと」
「そ、そう」
レイの言葉を聞いた私は、広間全体に視線を巡らせる。あれ以来、まだ一度もお目にかかっていないのだ。絶対に、何が何でも、今日こそお礼を言いたい。言わなくては気が済まない。
「レイはもうケイン様に会えたの?」
キョロキョロと視線を巡らせながら、私は隣のレイに尋ねた。
「いや、それがまだなんだ。グレースとの婚約が白紙に戻りそうだと愚痴をこぼしたその日以来、一度も会えていない。……何をそんなに逃げ回っているのか……。恥ずかしいのか……?」
ブツブツと呟きはじめたレイを尻目に、私は辺りを見回しながら広間の中を歩く。どこ?ケイン様。どこにいらっしゃるの?出てきてくださーい。おーい。
途中何度も知り合いに声をかけられ足止めされては挨拶を交わし、私は根気強くケイン様を探し続けた。
そしてついに、
(っ!!いたっ!いたわ!ケイン様だわ!!)
大広間の壁際、大きな窓にかかった重厚な生地のカーテンの陰に隠れるようにして、存在感を消しているボサボサ頭の人物が一瞬見えた。給仕をしながらテキパキと動いている使用人たちのさらに奥、真っ黒な衣装を身にまとい、まるで銅像のようにピクリとも動かず床を見つめている、その人。
「レイッ!いたわ!」
「っ?!何っ!いたか」
私たちは大勢の貴族たちの合間をススス……と縫うように通り抜け、足早にケイン様の元へ向かった。
「ケイン様!」
「っ!!」
私が声をかけると、丸眼鏡の奥の美しい目がビクッ!と見開かれた。構わず私は真正面に立ち、その両手を強く握った。感情が押し寄せてきて咄嗟にとった行動だった。
「っ?!!」
「ケイン様……っ、よ、ようやく、お会いできましたわ……!私……、私は……、あなた様にお礼を言わなくてはなりません。レイとの婚約を、守ってくださって、……ありがとう、ございましたっ……」
お礼を言いながら、涙が込み上げてくるのを抑えることができなかった。ああ、この方がいなければ、私は今こうしてレイのそばにいることは叶わなかったんだ……。ケイン様……っ!
「…………っ!……っ、」
けれど、ケイン様は何も言わない。見開いた目を右に左にと忙しく動かし続け、意地でも私から目を逸らし続けている。その額に、汗の粒が浮かんできた。
「うちにいないと思ったら、まともに身支度もせずこの場に来たのかい?すごい度胸だな、兄さん」
私と二人でケイン様を挟むように後ろに立っているレイが、呆れたように呟いた。たしかに、この華やかな場に、公爵家の嫡男がこんな格好で?と突っ込みたくなるほどに、ケイン様はいつも通りのボサボサ頭にヨレヨレの地味な衣装だった。
「兄さん、俺からも礼を言わせてくれ。……あなたに生涯感謝する。グレースを失っていたら、俺はもう立ち直れなかったかもしれない」
(……レイ……)
その言葉に私の胸はじんわりと熱くなった。私もよ、レイ。あなたと離れることなんて、もう考えられない。
「この恩は忘れない。グレースのことは、ずっと大切にするよ。……ありがとう、兄さん」
「…………。」
ケイン様のこめかみを、ついにタラ~ッと汗が流れた。眼球の動きが激しくなる。……そ、そんなに……?そんなに動揺する……?……あ、しまったわ。私ずっと手を握ったままだった。
「し、失礼しました、ケイン様。私ったら、つい……」
私が手をそっと離した、その瞬間。ケイン様はオロオロしながらどこかへ逃げようとした。
その時だった。
「あら!やっと見つけましたわケイン様!よかったわ~お会いできて!」
「ひぐっ!」
そこへやって来たのは、ケイン様の婚約者、オールダー公爵家のウェンディ様だ。スタスタと歩み寄ると、ケイン様の腕にスルッと、その細い手を通した。
「っ?!!」
「もう、全然連絡をくださらないんですもの。私寂しいわ。まぁもう慣れてますけどね。こんな日ぐらいはエスコートしていただくわよ。もうすぐ夫婦になるんですからね、私たち。……うふふ、ごきげんよう、レイモンド様。それに、まぁ、今夜は一際美しいわね、グレースさん。……んもう!それに引きかえあなたは何なの?!この格好!結婚したら、私が毎日必ず身支度を整えさせますからねっ」
「ごっ、ごきげんよう、ウェンディ様……」
ケイン様の腕をガシッと掴むやいなや、止まることなく喋り続けるウェンディ嬢。元気な方だ。……ケイン様はまばたきもせずに目をカッと見開いたまま、床を見つめて固まってしまっている。……なんかプルプル震えてるな。
「こんな兄で申し訳ない。ずっと放浪生活を続けておりましたが、そろそろ気が済んだことと思います」
「ふふ。ええ。私たちの結婚も間近ですし、そろそろ領地の仕事も頑張ってもらわなきゃね。大丈夫よ、私がついてますから!」
ウェンディ嬢、なんだかとっても頼もしい奥様になりそうだ。ケイン様には案外ピッタリなお相手なのかもしれない。
「そう言っていただけると、俺も安心です。しかし、こんな格好で本当に申し訳ない……。まったく、身支度ぐらい整えてこいよ、兄さん」
「うふふ、大丈夫よ。これがこの人なんだもの。それに、これからは私がついてるし。私ね、この人のこの変わり者で天才肌なところが大好きなのよ~!この人みたいな子どもがたくさん欲しいわ」
「っ!!」
ウェンディ嬢の言葉に、再びビクゥッ!と肩を跳ねさせるケイン様。なんだか笑ってしまう。
「どうかお二人も、末永くお幸せに」
「ありがとう。あなたたちもね、グレースさん、レイモンド様」
**********
それからおよそ二年後。私たちは学園を卒業した。
屋敷に戻ると、父は涙を流して私を抱きしめ、母はその横で静かに微笑み「卒業おめでとう」と言ってくれた。
この二年間で、ベイツ公爵領の経営の傍ら、ひそかに新薬の研究を続けていたらしいケイン様は、新たな薬を数種類開発して、その功績を称えられた。
ケイン様とウェンディ嬢の間には、可愛い女の子が産まれている。
そして──────
「……グレース、準備はできたか?」
「ええ、レイ。入ってもいいわよ」
私の返事を聞いたレイが、控え室の扉を開けた。
「……っ!」
「……わぁ……、素敵ね、レイ。すごく格好いいわ」
真っ白なタキシードに身を包んだレイの姿に、思わず見とれる。だけど、レイの方は何も言ってくれない。……ちょっと。何ヶ月かけて選んだウェディングドレスだと思ってるのよ。固まってないで何か言ってよ。
黙って待っていると、レイの顔が徐々に赤く染まる。そして片手で顔を覆ったかと思うと、ふぅ、と大きく息をつき、
「……心臓が止まりそうだ……。この世のものとは思えない……。最高に綺麗だ、グレース」
「……っ!ふふ、ありがとう、レイ」
そう褒めてくれたのだった。
「きゃぁっ!すっごく綺麗!おめでとうグレース!」
「はぁぁっ!なぜ……っ、なぜ俺の花嫁じゃないんだいっ?!君は女神だよグレース嬢!おめでとう……っ!うぅぅっ……」
ロージーやバーンズ侯爵令息、ケイン様やウェンディ嬢、その他たくさんの友人や家族に囲まれて、私はレイとの結婚披露パーティーの日を迎えた。
三年前、彼との婚約を聞かされた時には、まさかこんな満ち足りた結婚の日を迎えることになるなんて想像もしていなかったのに。私は今、世界で一番幸せな花嫁だ。
皆の祝福の言葉にお礼を言いながら、自分たちの席へ向かっていると、ふと、レイが私のことを見つめているのに気付いた。その瞳は穏やかで優しく、とても嬉しそうだ。
「……幸せ?」
「……ああ。これ以上ないほどに」
「……私もよ」
どちらからともなく、私たちは唇を寄せあった。
一際大きな歓声が、私たちを包み込んだ。
***** end *****
レイにエスコートされながら、私も広間に入る。幸せそうな主役の二人の周りにはたくさんのご友人が集まっていた。皆笑顔だ。
(ふふ。私も後でご挨拶したいわ)
「どこかに兄が来ているはずだ」
「……えっ?そうなの?本当に?」
「ああ。父が必ず帰国して出席するようにときつく言っていたらしい。もしこのパーティーに出席しないようならば強制送還だと」
「そ、そう」
レイの言葉を聞いた私は、広間全体に視線を巡らせる。あれ以来、まだ一度もお目にかかっていないのだ。絶対に、何が何でも、今日こそお礼を言いたい。言わなくては気が済まない。
「レイはもうケイン様に会えたの?」
キョロキョロと視線を巡らせながら、私は隣のレイに尋ねた。
「いや、それがまだなんだ。グレースとの婚約が白紙に戻りそうだと愚痴をこぼしたその日以来、一度も会えていない。……何をそんなに逃げ回っているのか……。恥ずかしいのか……?」
ブツブツと呟きはじめたレイを尻目に、私は辺りを見回しながら広間の中を歩く。どこ?ケイン様。どこにいらっしゃるの?出てきてくださーい。おーい。
途中何度も知り合いに声をかけられ足止めされては挨拶を交わし、私は根気強くケイン様を探し続けた。
そしてついに、
(っ!!いたっ!いたわ!ケイン様だわ!!)
大広間の壁際、大きな窓にかかった重厚な生地のカーテンの陰に隠れるようにして、存在感を消しているボサボサ頭の人物が一瞬見えた。給仕をしながらテキパキと動いている使用人たちのさらに奥、真っ黒な衣装を身にまとい、まるで銅像のようにピクリとも動かず床を見つめている、その人。
「レイッ!いたわ!」
「っ?!何っ!いたか」
私たちは大勢の貴族たちの合間をススス……と縫うように通り抜け、足早にケイン様の元へ向かった。
「ケイン様!」
「っ!!」
私が声をかけると、丸眼鏡の奥の美しい目がビクッ!と見開かれた。構わず私は真正面に立ち、その両手を強く握った。感情が押し寄せてきて咄嗟にとった行動だった。
「っ?!!」
「ケイン様……っ、よ、ようやく、お会いできましたわ……!私……、私は……、あなた様にお礼を言わなくてはなりません。レイとの婚約を、守ってくださって、……ありがとう、ございましたっ……」
お礼を言いながら、涙が込み上げてくるのを抑えることができなかった。ああ、この方がいなければ、私は今こうしてレイのそばにいることは叶わなかったんだ……。ケイン様……っ!
「…………っ!……っ、」
けれど、ケイン様は何も言わない。見開いた目を右に左にと忙しく動かし続け、意地でも私から目を逸らし続けている。その額に、汗の粒が浮かんできた。
「うちにいないと思ったら、まともに身支度もせずこの場に来たのかい?すごい度胸だな、兄さん」
私と二人でケイン様を挟むように後ろに立っているレイが、呆れたように呟いた。たしかに、この華やかな場に、公爵家の嫡男がこんな格好で?と突っ込みたくなるほどに、ケイン様はいつも通りのボサボサ頭にヨレヨレの地味な衣装だった。
「兄さん、俺からも礼を言わせてくれ。……あなたに生涯感謝する。グレースを失っていたら、俺はもう立ち直れなかったかもしれない」
(……レイ……)
その言葉に私の胸はじんわりと熱くなった。私もよ、レイ。あなたと離れることなんて、もう考えられない。
「この恩は忘れない。グレースのことは、ずっと大切にするよ。……ありがとう、兄さん」
「…………。」
ケイン様のこめかみを、ついにタラ~ッと汗が流れた。眼球の動きが激しくなる。……そ、そんなに……?そんなに動揺する……?……あ、しまったわ。私ずっと手を握ったままだった。
「し、失礼しました、ケイン様。私ったら、つい……」
私が手をそっと離した、その瞬間。ケイン様はオロオロしながらどこかへ逃げようとした。
その時だった。
「あら!やっと見つけましたわケイン様!よかったわ~お会いできて!」
「ひぐっ!」
そこへやって来たのは、ケイン様の婚約者、オールダー公爵家のウェンディ様だ。スタスタと歩み寄ると、ケイン様の腕にスルッと、その細い手を通した。
「っ?!!」
「もう、全然連絡をくださらないんですもの。私寂しいわ。まぁもう慣れてますけどね。こんな日ぐらいはエスコートしていただくわよ。もうすぐ夫婦になるんですからね、私たち。……うふふ、ごきげんよう、レイモンド様。それに、まぁ、今夜は一際美しいわね、グレースさん。……んもう!それに引きかえあなたは何なの?!この格好!結婚したら、私が毎日必ず身支度を整えさせますからねっ」
「ごっ、ごきげんよう、ウェンディ様……」
ケイン様の腕をガシッと掴むやいなや、止まることなく喋り続けるウェンディ嬢。元気な方だ。……ケイン様はまばたきもせずに目をカッと見開いたまま、床を見つめて固まってしまっている。……なんかプルプル震えてるな。
「こんな兄で申し訳ない。ずっと放浪生活を続けておりましたが、そろそろ気が済んだことと思います」
「ふふ。ええ。私たちの結婚も間近ですし、そろそろ領地の仕事も頑張ってもらわなきゃね。大丈夫よ、私がついてますから!」
ウェンディ嬢、なんだかとっても頼もしい奥様になりそうだ。ケイン様には案外ピッタリなお相手なのかもしれない。
「そう言っていただけると、俺も安心です。しかし、こんな格好で本当に申し訳ない……。まったく、身支度ぐらい整えてこいよ、兄さん」
「うふふ、大丈夫よ。これがこの人なんだもの。それに、これからは私がついてるし。私ね、この人のこの変わり者で天才肌なところが大好きなのよ~!この人みたいな子どもがたくさん欲しいわ」
「っ!!」
ウェンディ嬢の言葉に、再びビクゥッ!と肩を跳ねさせるケイン様。なんだか笑ってしまう。
「どうかお二人も、末永くお幸せに」
「ありがとう。あなたたちもね、グレースさん、レイモンド様」
**********
それからおよそ二年後。私たちは学園を卒業した。
屋敷に戻ると、父は涙を流して私を抱きしめ、母はその横で静かに微笑み「卒業おめでとう」と言ってくれた。
この二年間で、ベイツ公爵領の経営の傍ら、ひそかに新薬の研究を続けていたらしいケイン様は、新たな薬を数種類開発して、その功績を称えられた。
ケイン様とウェンディ嬢の間には、可愛い女の子が産まれている。
そして──────
「……グレース、準備はできたか?」
「ええ、レイ。入ってもいいわよ」
私の返事を聞いたレイが、控え室の扉を開けた。
「……っ!」
「……わぁ……、素敵ね、レイ。すごく格好いいわ」
真っ白なタキシードに身を包んだレイの姿に、思わず見とれる。だけど、レイの方は何も言ってくれない。……ちょっと。何ヶ月かけて選んだウェディングドレスだと思ってるのよ。固まってないで何か言ってよ。
黙って待っていると、レイの顔が徐々に赤く染まる。そして片手で顔を覆ったかと思うと、ふぅ、と大きく息をつき、
「……心臓が止まりそうだ……。この世のものとは思えない……。最高に綺麗だ、グレース」
「……っ!ふふ、ありがとう、レイ」
そう褒めてくれたのだった。
「きゃぁっ!すっごく綺麗!おめでとうグレース!」
「はぁぁっ!なぜ……っ、なぜ俺の花嫁じゃないんだいっ?!君は女神だよグレース嬢!おめでとう……っ!うぅぅっ……」
ロージーやバーンズ侯爵令息、ケイン様やウェンディ嬢、その他たくさんの友人や家族に囲まれて、私はレイとの結婚披露パーティーの日を迎えた。
三年前、彼との婚約を聞かされた時には、まさかこんな満ち足りた結婚の日を迎えることになるなんて想像もしていなかったのに。私は今、世界で一番幸せな花嫁だ。
皆の祝福の言葉にお礼を言いながら、自分たちの席へ向かっていると、ふと、レイが私のことを見つめているのに気付いた。その瞳は穏やかで優しく、とても嬉しそうだ。
「……幸せ?」
「……ああ。これ以上ないほどに」
「……私もよ」
どちらからともなく、私たちは唇を寄せあった。
一際大きな歓声が、私たちを包み込んだ。
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