33 / 49
33.触れあう心
しおりを挟む
私が行くからお前たちは食事を続けなさいと父は言い張り、食堂を出て応接間に行ってしまった。
「……っ、」
心臓がドクンドクンと大きく鳴り続ける。……き、来てくれたの……?わざわざ、こんな時間に……学園から、ここまで……?
……私を、追いかけて……?
何だか胸がいっぱいになり、もう食事なんか一口も喉を通らない。今、この屋敷にレイがいる。別に初めてのことでも何でもないのに、気が急いて仕方がない。早く応接間に行きたい私は、フォークを置いてそわそわしていた。
「……ふふ」
「っ?!」
笑い声にハッと顔を上げると、母がなんだかニヤァ、と笑いながら面白そうに言った。
「もう食事どころではないわよねぇ。おかしいと思ったわ。どこからどう見ても具合なんて悪そうじゃないんだもの、あなた。……ベイツ公爵令息と喧嘩でもして飛び出してきたの?ふふ」
「っ!!ちっ!……違いますわ、お母様!な、何を仰るんですの?!ですから……っ、わ、私はただ、ちょっと、月のもので体が……、それをお父様が強引に……っ」
しどろもどろで言い訳をすればするほど、顔がどんどん火照ってくる。
母はクスクスと笑いながら立ち上がった。
「はいはい。私もちょっと行ってくるわね。あなたは上に上がっていなさい。後でベイツ公爵令息にお部屋まで行ってもらうから」
「……っ、」
父よりはだいぶ冷静で客観的な母は、まるで全てをお見通しのようで、私は気恥ずかしさに俯いたまま食堂を後にして、部屋に戻ったのだった。
鏡を見ては髪を整え、コホ、と軽く咳払いをしては部屋の中をウロウロと行ったり来たりしていると、扉の向こうから低く落ち着いた声がかかった。
「グレース。……開けるぞ」
「……っ、え、ええ」
私が返事をするより少し早く、部屋の扉が開けられた。
「……っ、」
(……レイだ。本当に、レイだわ……)
その姿を見た途端、なぜだかますます鼓動が速くなる。
神妙な顔をしたレイは、私の部屋に入ってくるなりスタスタと私のそばに来たかと思うと、
「っ!」
その大きな手のひらで、私の頬にそっと触れた。
「……っ?!……っ?!」
「……よかった、無事だった……」
(……レイ……)
心底安心したようにそう呟くと、レイは私の手をとり、私をソファーに連れて行く。
そして私を優しくそっと座らせると、私の両手を握り、目の前に跪いた。
「……っ、レ、レイ……ッ」
「グレース、誤解を生むようなところを見せてしまって、本当に悪かった。……説明させてくれ」
「……。」
何で話を聞かないで逃げたんだ、とか、おい!いくら何でも実家にまで帰ることないだろう、とか、なんて感情的なんだ子どもかよお前、とか……。もっと責め立てたり馬鹿にされたりするかと思ったのに、レイはあくまでも真剣だった。
(やめてよ……、こっちが恥ずかしくなっちゃうじゃないの……)
この表情を見ているだけでもう、レイに何も後ろめたいことなんてないのが分かる。じわじわと胸に溢れる、レイのことを抱きしめたいような不思議な感情に、思わず手が震えそうになる。
「……正直、俺の口からは言えないことが多いんだ。俺が下手なことを口にすれば、セレスティア様に……、いや、クランドール公爵家に多大な迷惑をかけてしまう、ことに、なりかねないというか……」
「……。ええ」
何か大きな事情があることは、間違いなさそうだ。気になるといえば、たしかに気になるけれど……。でも、大丈夫。別にもう何も話してくれなくていい。
だって──────
「……レイ、ありがとう。もういいわ」
「……え?」
私の言葉に困惑するレイの手を、私も握り返した。
「……っ!」
「大丈夫よ。……あなたを信じてる。わざわざここまで来てくれて、ありがとう」
「……グレース……」
私を見上げて静かに呟くレイの声は掠れていた。
(なんだか、これじゃあまるで相思相愛の恋人同士みたいね。あなたを信じてる、だなんて……)
だけど、言わずにはいられなかった。
示してくれた誠意に、私も応えたかった。
互いに見つめあう私たちの目には、他の何も映ってはいなかった。私はただこのままずっと、レイのことだけを見つめていたかった。
「……グレース、……俺は……」
切なく瞳を揺らし、レイは手を伸ばすと、再び私の頬に触れる。そのままゆっくりと、レイが私に顔を近づけてきた。
(……え、……えっ?!)
緊張で体が強張り、心臓が狂ったようにドクドクと激しく音を立てる。
だけど、少しも嫌じゃない。
「……っ、」
(……レイ……)
レイに身を任せるように、私は彼を見つめたまま、震える睫毛をそっと伏せようとした。
その時だった。
「話は終わったかな?ん?!」
「っ?!」
「きゃあっ!!……お、お父様……っ!!」
私とレイは互いにすばやく手を離し、シュバッ!と距離をとった。
まるで割り込むように父が部屋に乱入してきたのだった。しっ……心臓が止まるからやめてよ……っ!!
「いやぁ、よかったよかった。ははは!こうして婚約者殿が見舞いに来てくれたわけだから、グレースの具合もきっとあっという間によくなるだろうな。はーっはっは!」
わざとらしく大きな声でそう言いながら、父はズカズカと私たちのそばまでやって来る。
「で?どうするかね?レイモンド君。今夜はうちに泊まっていくかい?もうすっかり遅くなったことだし。……あ、もちろんグレースの部屋にじゃないぞ?!客間だぞ?!まさか、よもや、そんなふしだらなことを君が考えるわけがないとは思うがね。な?レイモンド君。な?!」
「おっ、お父様っ!!止めてください!!」
何を言ってるのよ恥ずかしい。そして少しも笑ってない父の目が怖い。レイを何だと思っているのか。敵じゃあるまいし。
「い……、いえ、大丈夫です。今日はもう失礼させていただきますので。……グレース嬢、また学園で」
「えっ、ええ。ありがとう、レイモンド様」
さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら。私たちは挙動不信に目を泳がせながら不自然な別れの挨拶をしたのだった。
「……っ、」
心臓がドクンドクンと大きく鳴り続ける。……き、来てくれたの……?わざわざ、こんな時間に……学園から、ここまで……?
……私を、追いかけて……?
何だか胸がいっぱいになり、もう食事なんか一口も喉を通らない。今、この屋敷にレイがいる。別に初めてのことでも何でもないのに、気が急いて仕方がない。早く応接間に行きたい私は、フォークを置いてそわそわしていた。
「……ふふ」
「っ?!」
笑い声にハッと顔を上げると、母がなんだかニヤァ、と笑いながら面白そうに言った。
「もう食事どころではないわよねぇ。おかしいと思ったわ。どこからどう見ても具合なんて悪そうじゃないんだもの、あなた。……ベイツ公爵令息と喧嘩でもして飛び出してきたの?ふふ」
「っ!!ちっ!……違いますわ、お母様!な、何を仰るんですの?!ですから……っ、わ、私はただ、ちょっと、月のもので体が……、それをお父様が強引に……っ」
しどろもどろで言い訳をすればするほど、顔がどんどん火照ってくる。
母はクスクスと笑いながら立ち上がった。
「はいはい。私もちょっと行ってくるわね。あなたは上に上がっていなさい。後でベイツ公爵令息にお部屋まで行ってもらうから」
「……っ、」
父よりはだいぶ冷静で客観的な母は、まるで全てをお見通しのようで、私は気恥ずかしさに俯いたまま食堂を後にして、部屋に戻ったのだった。
鏡を見ては髪を整え、コホ、と軽く咳払いをしては部屋の中をウロウロと行ったり来たりしていると、扉の向こうから低く落ち着いた声がかかった。
「グレース。……開けるぞ」
「……っ、え、ええ」
私が返事をするより少し早く、部屋の扉が開けられた。
「……っ、」
(……レイだ。本当に、レイだわ……)
その姿を見た途端、なぜだかますます鼓動が速くなる。
神妙な顔をしたレイは、私の部屋に入ってくるなりスタスタと私のそばに来たかと思うと、
「っ!」
その大きな手のひらで、私の頬にそっと触れた。
「……っ?!……っ?!」
「……よかった、無事だった……」
(……レイ……)
心底安心したようにそう呟くと、レイは私の手をとり、私をソファーに連れて行く。
そして私を優しくそっと座らせると、私の両手を握り、目の前に跪いた。
「……っ、レ、レイ……ッ」
「グレース、誤解を生むようなところを見せてしまって、本当に悪かった。……説明させてくれ」
「……。」
何で話を聞かないで逃げたんだ、とか、おい!いくら何でも実家にまで帰ることないだろう、とか、なんて感情的なんだ子どもかよお前、とか……。もっと責め立てたり馬鹿にされたりするかと思ったのに、レイはあくまでも真剣だった。
(やめてよ……、こっちが恥ずかしくなっちゃうじゃないの……)
この表情を見ているだけでもう、レイに何も後ろめたいことなんてないのが分かる。じわじわと胸に溢れる、レイのことを抱きしめたいような不思議な感情に、思わず手が震えそうになる。
「……正直、俺の口からは言えないことが多いんだ。俺が下手なことを口にすれば、セレスティア様に……、いや、クランドール公爵家に多大な迷惑をかけてしまう、ことに、なりかねないというか……」
「……。ええ」
何か大きな事情があることは、間違いなさそうだ。気になるといえば、たしかに気になるけれど……。でも、大丈夫。別にもう何も話してくれなくていい。
だって──────
「……レイ、ありがとう。もういいわ」
「……え?」
私の言葉に困惑するレイの手を、私も握り返した。
「……っ!」
「大丈夫よ。……あなたを信じてる。わざわざここまで来てくれて、ありがとう」
「……グレース……」
私を見上げて静かに呟くレイの声は掠れていた。
(なんだか、これじゃあまるで相思相愛の恋人同士みたいね。あなたを信じてる、だなんて……)
だけど、言わずにはいられなかった。
示してくれた誠意に、私も応えたかった。
互いに見つめあう私たちの目には、他の何も映ってはいなかった。私はただこのままずっと、レイのことだけを見つめていたかった。
「……グレース、……俺は……」
切なく瞳を揺らし、レイは手を伸ばすと、再び私の頬に触れる。そのままゆっくりと、レイが私に顔を近づけてきた。
(……え、……えっ?!)
緊張で体が強張り、心臓が狂ったようにドクドクと激しく音を立てる。
だけど、少しも嫌じゃない。
「……っ、」
(……レイ……)
レイに身を任せるように、私は彼を見つめたまま、震える睫毛をそっと伏せようとした。
その時だった。
「話は終わったかな?ん?!」
「っ?!」
「きゃあっ!!……お、お父様……っ!!」
私とレイは互いにすばやく手を離し、シュバッ!と距離をとった。
まるで割り込むように父が部屋に乱入してきたのだった。しっ……心臓が止まるからやめてよ……っ!!
「いやぁ、よかったよかった。ははは!こうして婚約者殿が見舞いに来てくれたわけだから、グレースの具合もきっとあっという間によくなるだろうな。はーっはっは!」
わざとらしく大きな声でそう言いながら、父はズカズカと私たちのそばまでやって来る。
「で?どうするかね?レイモンド君。今夜はうちに泊まっていくかい?もうすっかり遅くなったことだし。……あ、もちろんグレースの部屋にじゃないぞ?!客間だぞ?!まさか、よもや、そんなふしだらなことを君が考えるわけがないとは思うがね。な?レイモンド君。な?!」
「おっ、お父様っ!!止めてください!!」
何を言ってるのよ恥ずかしい。そして少しも笑ってない父の目が怖い。レイを何だと思っているのか。敵じゃあるまいし。
「い……、いえ、大丈夫です。今日はもう失礼させていただきますので。……グレース嬢、また学園で」
「えっ、ええ。ありがとう、レイモンド様」
さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら。私たちは挙動不信に目を泳がせながら不自然な別れの挨拶をしたのだった。
51
お気に入りに追加
2,868
あなたにおすすめの小説
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる