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22.素直な気持ちを(※sideレイモンド)

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 あの競技会の日以来、グレースと俺との距離は何となく少しだけ近づいた気がしていた。
 かと言って、これから始まる夏期休暇に「デートでもしないか?」などと誘えるほどには親しいわけでもない。

 あくまでもグレースが想っている相手はオリバー殿下であって、決して俺ではないのだ。あの日の可愛いグレースを思い出してはニヤけそうになるたびに、俺は自分にそう言い聞かせ、気持ちを引き締めていた。

 在学中は、彼女を縛ってはいけない。
 せめて結婚するまでは、グレースに自由を与えたい。そうしなければ。
 俺は自分の意志で、その後の彼女の人生を自分に縛り付けたのだから。婚約という形で。



 そんな思いがあったからかもしれない。
 俺が珍しく、自分の気持ちを素直に表すことができたのは。



 夏期休暇に入り、俺はオリバー殿下とセレスティア様からクランドール公爵家別邸での食事会に招かれた。この暑い中、わざわざ庭で……?と多少げんなりしたが、大きな日除けと爽やかな風のおかげか、案外涼しくて気持ちが良い。

 やたらとド派手なファッションで現れたミランダ嬢にすぐさま目を付けられ、いつもようにベッタリと隣に陣取られる。夏の昼間に目が痛くなるほどのショッキングピンクなドレスだ。チカチカする。セレスティア様の妹君だと思うと「鬱陶しいから向こうに行ってくれないかな」なんて言いづらく、俺はできるだけ隣を見ないようにしてやり過ごしていた。
 それにしてもアシェルはすごい。恐ろしいほどに浮いているこのミランダ嬢の姿を見ても頬を引き攣らせることもなく、「可愛いなぁ~!本当に素敵ですよミランダ嬢は!いやぁ目の保養だなぁぁ!」などと褒め称えている。こいつが無類の女好きということを知っている俺でさえ、時々頭がおかしくなったんじゃないかと不安になることがある。

(……っ!……グレース……)

 しばらくすると、グレースが姿を見せた。真っ白で清楚なワンピース姿が可愛すぎる。俺の隣のショッキングピンクとの対比がすごい。グレースは仲良く寄り添っているオリバー殿下とセレスティア様の向かいに立つ格好で挨拶をしている。

「……。」

 二人が何やら話しながら顔を見合わせ微笑んでいるのを見つめるグレース。……今、どんな思いでいるのだろう。自分の好きな男が、大切にしている婚約者を愛おしげに見つめて、優しく微笑むその姿を。
 報われない恋心を嫌というほどよく知っている俺は、二人を見つめながら穏やかに微笑んでいるグレースの表情に胸が痛んだ。

(……早く想いを絶ってしまえばいいのに)

 俺の視線の先を見たのか、アシェルもグレースの存在に気が付いた。人の気も知らず、おーい!グレース嬢!グレース嬢こっちにおいでよぉ~!などと大きな声で呼びはじめた。俺は小さく溜息をつく。アシェルの声に反応したグレースがこちらにやって来た。

「すごく可愛いなぁグレース嬢!そんな格好してると妖精のようですよ。はぁぁぁレイが羨ましいよ。本当羨ましい……。可愛いなぁ~」
「まぁ、バーンズ侯爵令息、お世辞でも嬉しいですわ」

 アシェルのやつめ。婚約者の俺でさえそんなに手放しで褒めることができないというのに……。素直で羨ましいとさえ思う。
 きっとグレースは今笑っていられるような気分じゃないだろう。今日の殿下とセレスティア様はくつろいでいるからか、いつも以上に親しげで、幸せそうに見えた。

「お世辞なわけないよ!なぁ?レイ。今日のグレース嬢すごく可愛いと思うだろう?」
「……ああ。綺麗だ」

 俺はつい、そんな言葉を発していた。久しぶりに制服姿以外の格好を見たからかもしれない。特に今日の装いはグレースの美しさを引き立てていたし、何よりほんの少しでも彼女の心を慰めたいという気持ちが大きかった。
 俺の褒め言葉などが、グレースにとってどれほど価値のあるものなのかは分からないが。
 ……というか、全く無価値かもしれないが。

 しかし、俺のその言葉にグレースの顔が真っ赤になった気がした。……のだが、単に暑いからだそうだ。……自惚れだったのだろうか。

 その後すぐに、グレースは俺たちの席から離れて、別の友人たちと談笑を始めたようだ。俺は俺で挨拶に来てくれる知り合いとの会話を楽しんでいた。頭の中では常にグレースの存在を意識してはいたが。



「んね~ぇ、レイ。もうすぐフィアベリー音楽祭があるわね」

 しばらくすると、隣のミランダ嬢が甘ったれた声を出しながら上目遣いで俺を見上げるようにしてそう言った。止めてくれ、そうやって乳首の見えそうなほどに露出した胸元を押し付けてくるのは。グレースに誤解されたくない。
 何ならいつの間にやら勝手に俺をレイと呼んでいるのも不愉快だ。

「……ああ、そうだね。毎年恒例の夏のイベントだ」
「ええ!あのね、私ね……、レイと一緒に行きたいのぉ。んねぇ、お願いよレイ。連れて行ってくれない?」

 おいおい、勘弁してくれよ。音楽祭にも女の子と出かけたことは何度もあるが、……この子だけは絶対に願い下げだ。こういうタイプは四六時中機嫌をとっていなきゃいけないのが手に取るように分かるから、面倒くさい。しかも今日この場には俺の婚約者が来ているんだぞ。同じ学園に通っている、お前もよく知っている相手だぞ。よくも堂々とこんなことが言えたものだ。頭悪すぎるだろ。

 どうせ断るならできる限り穏便に断ろうと思い言葉を選んでいると、セレスティア様がグレースを連れてやって来た。有り難いことにミランダ嬢を俺から引き離そうとしてくれている。感謝します、セレスティア様。

「嫌よ!ちょっと待ってよ!今音楽祭の話をしてたところなんだからぁ!レイに連れて行ってもらいたいの。ねーぇ、お願いよレイ」

 しつこく食い下がってくる。いい加減にしろ馬鹿女!非常識だろうがグレースの前で!頭の中でだけそう怒鳴りつけながら、俺はふいに、もう一度素直な気持ちをグレースに伝えてみようかという思いに駆られた。もしかしたらオリバー殿下とセレスティア様とで一緒にいる時に、二人が音楽祭に行くような話をしたかもしれない。目の前の美しいグレースの姿を見ているうちに、何となくそう思った。
 ……俺のような相手からでも、誘われれば、もしかしたら多少は心の慰めになるかもしれない。

 俺は絡みついてくるミランダ嬢の腕をやんわり解くと、グレースの前に立ち、言った。

「……グレース、一緒に行かないか?音楽祭」




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