17 / 49
17.情緒が安定しない
しおりを挟む
ステージから流れてくる音楽を聴きながら、右手にレイの手の温もりを感じつつ、マーケットを歩く。何だか急に気持ちが落ち着いて、でも鼓動はいまだ乱れている。それが妙に心地良い。
「……?」
ふと見ると、前方のお店に身なりのいいカップルたちの人だかりができているところがあった。私は気になってスタスタと覗きに行く。私の手を掴むレイの力がギュッと強くなった。また勝手に離れてどこかに行くとでも思ったのだろう。されるがままに手を握られた状態で、私は人だかりの奥から背伸びをする。
「っ!……まぁ……っ」
(すごく可愛い……っ)
人波の間からチラチラ見えるそれは、小さなピンブローチとネックレスが対になってケースに入っている品物のようだ。いくつもの種類があり、それぞれが同じ色の宝石で作られているみたい。エメラルドのピンブローチの隣には、同じ形のエメラルドのネックレスといった具合に。小ぶりで可愛い。なるほど、男性がピンブローチを、女性が同じデザインのネックレスを着けるってことね。
「やっぱり私あれがいいわ、ガーネットの」
「ようやく決めたかい?じゃあ、それを頼む」
「はぁぁ……値が張るなぁ……」
「ちょっと!ケチくさいこと言わないでよ!こんな小さな宝石なのよ?!大したことないじゃない!今日の記念でしょ?」
恋人たちは楽しそうに自分たちのための品物を選んでいる。
(ふふ、可愛いなぁ。んー、私ならあれがいいな。あの丸くて小さいサファイアの……。今日のドレスにはピッタリだわ。レイの服にも合いそう……)
「欲しいのか?」
「っ!!」
長く見すぎていただろうか。レイがひょこっと私の顔を覗き込んでそう尋ねてきた。
(……しまった。物欲しげに見すぎたかしら……)
「い、いいえ、別に。珍しいから、つい」
「そうか」
咄嗟に否定してそのお店を通り過ぎた後で、私は少し後悔した。もし、素直に欲しいと言っていたら、レイはどうしたんだろうか。
『……は?まさか俺とお前が揃いで?あれを?冗談じゃない』
「……。」
頭の中のレイが嫌そうにそう言った気がして、やっぱり言わなくてよかったと思った。そんなこと言われたら腹が立ちそうだし、……まかり間違っても傷付いたりしたくない。
そんなことで私はいちいち傷付かないとは思うけれど、今日の私は何だか情緒不安定だから。
「日が沈んできたな。メインの歌劇がもうすぐ始まるんじゃないか」
「ええ、そうね。楽しみだわ」
「グレース、そこのベンチに座ってちょっと待ってろ。飲み物を買ってきてやるから。動くなよ」
「分かったわ」
「絶対にそこを動くなよ」
「分かったってば」
よほど私が危なっかしいのだろうか。念を押してチラチラと振り返りながら、レイは出店の方に歩いて行った。
「……ふぅ」
最初はどうなることかと思っていたけれど、レイと二人で出かけるのも案外悪くない。意外にも喋っていたら楽しいし、私に対して細やかな気遣いを見せてくれるのも嫌じゃない。どこへ行くのも、ずっと私のペースに合わせてくれている。
(そうなのよねぇ。レイのことを悪く言う人って本当にいないのよ。あのハイゼル侯爵令息ぐらいじゃないかしら、嫌っていたのは)
私には常に塩対応ではあるけれど、実はあの人は気遣いができて空気が読めて、そして女の子に対しては特に優しい。
(結婚相手としてはきっと悪くないんだと思うわ。今日のレイの私への態度を見る限り、お互いに上手いことやれば家庭の中がギスギスした雰囲気になるなんてことはなさそう……。望まぬ政略結婚なんだから結婚までは自由にしていようとは言われたけれど、それだけ。お前を嫌いだとか、俺に近付くなとか、そんな露骨に嫌な態度を見せたりはしないのよ、あいつは)
……うん。レイとはきっと大丈夫。上手くやっていけるはず。
(……。……それにしても遅いな……)
なかなか戻ってこないレイを心配して、彼が歩いていった方向に顔を向けると、
「……は?」
遠く離れたところに、飲み物や何かの袋を手に持ったレイが立っているのが見えた。
……女の子たちに囲まれて。
「……遅いと思ったら……まったく……」
身なりのいいご令嬢たちの何人かには、見覚えがある。同じ学園に通っている子たちだ。その中の一人が親しげにレイの腕に触れてポンポン叩いている。あはあはうふふと声が聞こえてきそうなほど、皆楽しげだ。レイも優しく微笑みながら何やら言葉をかけている。
(……帰ってやろうかしら。何よ、大事な婚約者を放っておいて)
ご令嬢方へ向けたレイの笑顔を見た途端、また私のお腹の底から得体の知れないモヤモヤが湧き上がってくる。
気持ちを落ち着けようと深く息を吸った、その時だった。
「こんばんは。美しいお嬢さん」
「っ?!」
「……?」
ふと見ると、前方のお店に身なりのいいカップルたちの人だかりができているところがあった。私は気になってスタスタと覗きに行く。私の手を掴むレイの力がギュッと強くなった。また勝手に離れてどこかに行くとでも思ったのだろう。されるがままに手を握られた状態で、私は人だかりの奥から背伸びをする。
「っ!……まぁ……っ」
(すごく可愛い……っ)
人波の間からチラチラ見えるそれは、小さなピンブローチとネックレスが対になってケースに入っている品物のようだ。いくつもの種類があり、それぞれが同じ色の宝石で作られているみたい。エメラルドのピンブローチの隣には、同じ形のエメラルドのネックレスといった具合に。小ぶりで可愛い。なるほど、男性がピンブローチを、女性が同じデザインのネックレスを着けるってことね。
「やっぱり私あれがいいわ、ガーネットの」
「ようやく決めたかい?じゃあ、それを頼む」
「はぁぁ……値が張るなぁ……」
「ちょっと!ケチくさいこと言わないでよ!こんな小さな宝石なのよ?!大したことないじゃない!今日の記念でしょ?」
恋人たちは楽しそうに自分たちのための品物を選んでいる。
(ふふ、可愛いなぁ。んー、私ならあれがいいな。あの丸くて小さいサファイアの……。今日のドレスにはピッタリだわ。レイの服にも合いそう……)
「欲しいのか?」
「っ!!」
長く見すぎていただろうか。レイがひょこっと私の顔を覗き込んでそう尋ねてきた。
(……しまった。物欲しげに見すぎたかしら……)
「い、いいえ、別に。珍しいから、つい」
「そうか」
咄嗟に否定してそのお店を通り過ぎた後で、私は少し後悔した。もし、素直に欲しいと言っていたら、レイはどうしたんだろうか。
『……は?まさか俺とお前が揃いで?あれを?冗談じゃない』
「……。」
頭の中のレイが嫌そうにそう言った気がして、やっぱり言わなくてよかったと思った。そんなこと言われたら腹が立ちそうだし、……まかり間違っても傷付いたりしたくない。
そんなことで私はいちいち傷付かないとは思うけれど、今日の私は何だか情緒不安定だから。
「日が沈んできたな。メインの歌劇がもうすぐ始まるんじゃないか」
「ええ、そうね。楽しみだわ」
「グレース、そこのベンチに座ってちょっと待ってろ。飲み物を買ってきてやるから。動くなよ」
「分かったわ」
「絶対にそこを動くなよ」
「分かったってば」
よほど私が危なっかしいのだろうか。念を押してチラチラと振り返りながら、レイは出店の方に歩いて行った。
「……ふぅ」
最初はどうなることかと思っていたけれど、レイと二人で出かけるのも案外悪くない。意外にも喋っていたら楽しいし、私に対して細やかな気遣いを見せてくれるのも嫌じゃない。どこへ行くのも、ずっと私のペースに合わせてくれている。
(そうなのよねぇ。レイのことを悪く言う人って本当にいないのよ。あのハイゼル侯爵令息ぐらいじゃないかしら、嫌っていたのは)
私には常に塩対応ではあるけれど、実はあの人は気遣いができて空気が読めて、そして女の子に対しては特に優しい。
(結婚相手としてはきっと悪くないんだと思うわ。今日のレイの私への態度を見る限り、お互いに上手いことやれば家庭の中がギスギスした雰囲気になるなんてことはなさそう……。望まぬ政略結婚なんだから結婚までは自由にしていようとは言われたけれど、それだけ。お前を嫌いだとか、俺に近付くなとか、そんな露骨に嫌な態度を見せたりはしないのよ、あいつは)
……うん。レイとはきっと大丈夫。上手くやっていけるはず。
(……。……それにしても遅いな……)
なかなか戻ってこないレイを心配して、彼が歩いていった方向に顔を向けると、
「……は?」
遠く離れたところに、飲み物や何かの袋を手に持ったレイが立っているのが見えた。
……女の子たちに囲まれて。
「……遅いと思ったら……まったく……」
身なりのいいご令嬢たちの何人かには、見覚えがある。同じ学園に通っている子たちだ。その中の一人が親しげにレイの腕に触れてポンポン叩いている。あはあはうふふと声が聞こえてきそうなほど、皆楽しげだ。レイも優しく微笑みながら何やら言葉をかけている。
(……帰ってやろうかしら。何よ、大事な婚約者を放っておいて)
ご令嬢方へ向けたレイの笑顔を見た途端、また私のお腹の底から得体の知れないモヤモヤが湧き上がってくる。
気持ちを落ち着けようと深く息を吸った、その時だった。
「こんばんは。美しいお嬢さん」
「っ?!」
64
お気に入りに追加
2,913
あなたにおすすめの小説

大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

偽りの愛に終止符を
甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる