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16.不愉快だったりドキドキしたり

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「う、わぁ……っ!すごいわね……!」

 ほぼ無言のままの気まずい馬車からようやく降りると、レイと並んで少し歩く。お洒落して出てきたのに何も言ってもらえなかったことで少しいじけていた私は機嫌が良くなかったけれど、音楽祭の中心地である特設ステージの近くまで来ると、途端にテンションが上がった。まだ日は高いが、すでに周辺は大勢の人々でひしめき合い、大賑わいだ。ステージ上では軽快な音楽が奏でられている。

「おい、そんなにフラフラ離れていくな。迷子になるぞ」

 レイが私のことを、まるで子どものようにたしなめてくる。

「ふふ、じゃあ私から目を離さないで。私を迷子にしちゃったら父から怒られるわよ」
「……まったく……」

 振り返ってそう答えると、レイはやれやれといった感じで私の後をついてくる。

「すごいわね!いろいろなお店が並んでるわ。ね、見て回ってもいい?」
「もちろん。半分以上はそれが目的だろ」
「別にそんなことはないけど……、久しぶりなんですもの。音楽祭に来るのって」

 入学以来、ほとんど学園と学生寮で過ごしていたと言っても過言ではない。こんなに賑わっている楽しいイベントに来るだけで、そりゃ気分も高揚するってものよ。
 私は目についたお店を一軒一軒見て回りながら、黙ってついてくるレイに話しかける。

「音楽祭っていつ以来かしら。うちは毎年来ていたわけじゃないの。たしか……もう五年は来てないと思うわ。ふふ、家族以外の人と来るのも初めてよ。あなたは?」

 レイはいつ来たのが最後なのだろうと思って、私は何気なく聞いてみた。

「……え、」
「あなたも家族と来たりしてたんでしょ?」
「……っ、……ああ、まぁ」
 
(…………あ)

 ほんの少し、本当にごくわずかだけれど、私は目を逸らしたレイの反応に何となくモヤッとした。嫌な予感、とでもいうべきか。

「……もしかして毎年女の子と来てた?」
「……さぁ、別に毎年ってわけじゃない。……お前と婚約する前の話だ」
「……そう」

 ……本当、女の勘って嫌になる。なんでこういう時ってすぐに分かっちゃうんだろう。別に知りたくもないのに。

(……どうでもいいけど。だって、私は別に、)

 レイのことが好きなわけじゃない。






「……おい!グレース!そんなにさっさと行くな」
「…………。」

 追ってくるレイの声に気付かないふりをして、私はどんどん先を歩く。何だか分からないけど、不愉快でたまらないのだ。何だろう、この気持ち。
 それにさっきからものすごく、胃がぎゅうっと熱くなるような、変な不快感を感じる。油断したら涙が出そう。意味が分からない。さっきまですごく楽しい気分だったのに。

(……私、おかしい。どうしてこんなに情緒不安定なんだろ。もしかして、体調良くなかったのかしら……)

 出店を見て回るようなフリをしながらも、実は全然目に入っていない。……本当はうっすらと原因は分かってる。問題は、その理由だ。理由。

(……はぁ。何?どうした?私。何でそんなにショックを受けてるの?レイが他の女の子と出かけてちゃダメだった?それは、何故……?)

 私は婚約前に異性と二人で出かけたことなんて一度もない。だから……、……嫉妬?先を越された!的な?

(……ううん。そんなことない。そんなくだらない理由じゃない。だってそんなの、人それぞれでしょう?)

 自分の婚約者が品行方正じゃなかったことが嫌?

(……まさか。レイのモテっぷりはよーく知ってる。女の子の扱いが上手なことも。今さらじゃない?どうせ遊んでるに決まってるもの)

 ……そう思うとますますイラッとしてくる。まさか私……レイに対して独占欲とか湧いてる?ただの政略結婚の婚約者相手に?

 お互いに愛情なんてないのに?

(何で?本当に意味が分からない。……あ、そうか。もうすぐ月のものが来る頃だから……。そう言えばこれぐらいの時期って、時々そういう不安定な気持ちに……)

「グレース!!」

(っ!!)

 近くで私の名を呼ぶ大きな声と、強く掴まれた手首の感触に、ハッと我に返る。見上げるとレイが少し息を切らしながら眉間に皺を寄せ、切羽詰まった目で私を見ていた。

「どうしたんだ……!そんなに急いで行くことないだろう。この人混みだぞ。はぐれたらどうするんだ。もしもはぐれた隙に、誰かがお前に悪さしたら……」
「……っ、」

 そう言いながらレイは片腕で私をぐっと抱き寄せ、もう片方の手で私の手をしっかりと握った。

「っ?!レッ……!」

 まるで抱きしめられているみたいだ。突然のことに驚いて、心臓がドクッと大きく音を立てる。

「……ずっとこうして俺の手を握っていろ。ここにいる間は。……分かったな」
「……わ、……分かったわ。……ちょっと、考え事してたの。ごめんなさい……」
「……。もう一人で行くな」

 頬にじわりと熱が集まり、自分の耳が赤くなっていくのを感じながら、私は咄嗟に顔を背けてコクリと頷いた。

(……もうやだ。何よこれ……)

 ついさっきまでのモヤモヤやイライラが、一瞬にしてどこかに飛んでいってしまった。かと思うと、今度は動悸が治まらない。それどころか、恥ずかしいような叫びだしたいような、変な気分だ。

 どんな顔をすればいいのか分からず、私はしばらく明後日の方向を見ながら、レイに手を引かれてゆっくりと歩いていった。





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