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11.夏期休暇
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「夏期休暇中は実家に帰るんだろう?」
「ええ。父が何度も何度も手紙を寄こしてきてるし。毎週末帰ってくるようになんて無茶なこと書いてあったけどずっと無視していたから、さすがに長期休暇ぐらいは顔を見せなきゃ」
「ふ、噂通りの溺愛ぶりらしいな、エイヴリー侯爵は」
武芸競技会の日以来、私とレイは何となく会話をすることが増えていた。と言っても、別にランチを一緒にしたりわざわざ教室に会いに行ったりすることは、決してない。ただ廊下で会えばなんとなくそのまま話しながら、目的地まで並んで歩いたりするぐらいだ。
「……あなたも帰るのよね?ベイツ公爵家に」
「ああ」
「そう。……。」
来週から始まる、夏の長期休暇。これは普通の恋人同士や婚約者にとって楽しみな期間だ。フィアベリー王立学園の学生は、王族以外は普段学生寮に缶詰めだし、週末に近場に少し出かけることぐらいしかできない。それも必要な物を買いに行く場合などに限る許可制だ。
夏の休みの間、恋人たちは自由にデートを楽しむことができる。屋敷が離れていれば会いに行くのも大変だけど、それもまた喜びだ。
(……だけど、私たちの会話はここで途切れた。……休暇中のお誘いは、やはりないらしい)
別に期待しているわけでは全然ないけれど。
「グレース嬢!よかった、見つけた」
「っ!オリバー殿下……」
何か話題を振った方がいいのかと考えながら並んで歩いていると、前から晴れやかな顔をしたオリバー殿下がやって来る。
「殿下がお呼びだぞ。よかったな。……じゃ」
何がよかったのかさっぱり分からないけれど、レイは殿下に軽く挨拶をするとスーッと行ってしまった。
「今から帰るところだろう?呼び止めてごめんね」
「いえっ、全然。どうされましたか?」
オリバー殿下の話は大したものではなく、次の広報誌の記事の件で少し打ち合わせをした。それもすぐに終わったので、挨拶をして寮に帰ろうと思っていたら、
「あ、そうそう。セレスティアがさ、休暇中にクランドール家が所有している別邸で、皆で食事会をしようと言っていたよ。君にも招待状が届くだろうから、都合が良ければおいで」
おいで、と仰るということは殿下ももちろん参加されるのだろう。仲良しでいいなぁ。
「ありがとうございます。楽しみにしていますわ」
夏期休暇中に一つ楽しい予定ができそうで、私は少し喜んだ。
「お……おぉぉ……、グレース!グレースなのか!!」
「グレースですわお父様。見ればお分かりでしょう。ただいま戻りましたわ」
翌週、数ヶ月ぶりにエイヴリー侯爵家の屋敷の門をくぐった私は、玄関ロビーに駆けてきた父に力いっぱい抱きしめられた。……窒息しそう。
「おぉぉ……!少し見ぬ間にまた美しく成長して……グレース……ッ!!」
「……そんなに変わるはずないではありませんか。大袈裟なんだから」
父の気が済むまで我慢して、されるがままにムギューッとされた私は、ようやく解放されると二階にある自室に上がった。持ち帰ったトランクを置き、居間に降りて母にも挨拶をする。
「おかえり、グレース。学期末の試験はどうだったの?」
「ただいまお母様。ええ、良い出来だと思うわ」
「それはよかった。ベイツ公爵令息はどう?お元気にしておられる?」
「……ええ。元気よ」
「上手くやっているの?」
「ええ、まぁ。それなりに」
母は優雅に紅茶を飲みながら、くつろいだ様子でいる。母の方は年齢相応に落ち着いており、侯爵夫人としての威厳も感じられるのだが、それに引き替え父は……。
「よせ!まだいいんだ、そんな、上手くやらなくて!どうせ結婚はまだまだまだまだ、ずっと先のことだろう。グレースはまだお勉強だけして、お友達と楽しく過ごしていればいいんだよ。な?グレース。な?」
「…………。」
私をいくつだと思っているのか。
「馬鹿なこと言わないでくださいな、あなた。世間では16歳というと、もう恋人がいてもおかしくない年齢なんですのよ。この子もせっかく良き婚約者ができたのだから、円満にやってもらわないと。……休暇中は二人でどこかへ出かけたりするの?」
「しなくていい!!」
「……さぁ。特にそんな約束はしていないわ。別にしないんじゃないかしら」
私は侍女が入れてくれた紅茶を飲みながら、母から目を逸らす。母はレイを気に入っているから、仲良くやっていてほしいのだ。だけど残念ながら、私たち二人の間に愛情らしきものはない。
「まぁ。そんな興味なさそうにしないでよ。せっかくだからお手紙でも出してみなさいな。デートしましょうって」
「しなくていいと言っているだろう!!」
「……まぁ、私も休みの間にやりたいこともあるし、気が向いたらね」
と、私は話をごまかした。
「ええ。父が何度も何度も手紙を寄こしてきてるし。毎週末帰ってくるようになんて無茶なこと書いてあったけどずっと無視していたから、さすがに長期休暇ぐらいは顔を見せなきゃ」
「ふ、噂通りの溺愛ぶりらしいな、エイヴリー侯爵は」
武芸競技会の日以来、私とレイは何となく会話をすることが増えていた。と言っても、別にランチを一緒にしたりわざわざ教室に会いに行ったりすることは、決してない。ただ廊下で会えばなんとなくそのまま話しながら、目的地まで並んで歩いたりするぐらいだ。
「……あなたも帰るのよね?ベイツ公爵家に」
「ああ」
「そう。……。」
来週から始まる、夏の長期休暇。これは普通の恋人同士や婚約者にとって楽しみな期間だ。フィアベリー王立学園の学生は、王族以外は普段学生寮に缶詰めだし、週末に近場に少し出かけることぐらいしかできない。それも必要な物を買いに行く場合などに限る許可制だ。
夏の休みの間、恋人たちは自由にデートを楽しむことができる。屋敷が離れていれば会いに行くのも大変だけど、それもまた喜びだ。
(……だけど、私たちの会話はここで途切れた。……休暇中のお誘いは、やはりないらしい)
別に期待しているわけでは全然ないけれど。
「グレース嬢!よかった、見つけた」
「っ!オリバー殿下……」
何か話題を振った方がいいのかと考えながら並んで歩いていると、前から晴れやかな顔をしたオリバー殿下がやって来る。
「殿下がお呼びだぞ。よかったな。……じゃ」
何がよかったのかさっぱり分からないけれど、レイは殿下に軽く挨拶をするとスーッと行ってしまった。
「今から帰るところだろう?呼び止めてごめんね」
「いえっ、全然。どうされましたか?」
オリバー殿下の話は大したものではなく、次の広報誌の記事の件で少し打ち合わせをした。それもすぐに終わったので、挨拶をして寮に帰ろうと思っていたら、
「あ、そうそう。セレスティアがさ、休暇中にクランドール家が所有している別邸で、皆で食事会をしようと言っていたよ。君にも招待状が届くだろうから、都合が良ければおいで」
おいで、と仰るということは殿下ももちろん参加されるのだろう。仲良しでいいなぁ。
「ありがとうございます。楽しみにしていますわ」
夏期休暇中に一つ楽しい予定ができそうで、私は少し喜んだ。
「お……おぉぉ……、グレース!グレースなのか!!」
「グレースですわお父様。見ればお分かりでしょう。ただいま戻りましたわ」
翌週、数ヶ月ぶりにエイヴリー侯爵家の屋敷の門をくぐった私は、玄関ロビーに駆けてきた父に力いっぱい抱きしめられた。……窒息しそう。
「おぉぉ……!少し見ぬ間にまた美しく成長して……グレース……ッ!!」
「……そんなに変わるはずないではありませんか。大袈裟なんだから」
父の気が済むまで我慢して、されるがままにムギューッとされた私は、ようやく解放されると二階にある自室に上がった。持ち帰ったトランクを置き、居間に降りて母にも挨拶をする。
「おかえり、グレース。学期末の試験はどうだったの?」
「ただいまお母様。ええ、良い出来だと思うわ」
「それはよかった。ベイツ公爵令息はどう?お元気にしておられる?」
「……ええ。元気よ」
「上手くやっているの?」
「ええ、まぁ。それなりに」
母は優雅に紅茶を飲みながら、くつろいだ様子でいる。母の方は年齢相応に落ち着いており、侯爵夫人としての威厳も感じられるのだが、それに引き替え父は……。
「よせ!まだいいんだ、そんな、上手くやらなくて!どうせ結婚はまだまだまだまだ、ずっと先のことだろう。グレースはまだお勉強だけして、お友達と楽しく過ごしていればいいんだよ。な?グレース。な?」
「…………。」
私をいくつだと思っているのか。
「馬鹿なこと言わないでくださいな、あなた。世間では16歳というと、もう恋人がいてもおかしくない年齢なんですのよ。この子もせっかく良き婚約者ができたのだから、円満にやってもらわないと。……休暇中は二人でどこかへ出かけたりするの?」
「しなくていい!!」
「……さぁ。特にそんな約束はしていないわ。別にしないんじゃないかしら」
私は侍女が入れてくれた紅茶を飲みながら、母から目を逸らす。母はレイを気に入っているから、仲良くやっていてほしいのだ。だけど残念ながら、私たち二人の間に愛情らしきものはない。
「まぁ。そんな興味なさそうにしないでよ。せっかくだからお手紙でも出してみなさいな。デートしましょうって」
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