【完結済】王女様の教育係 〜 虐げられ続けた元伯爵妻は今、王太子殿下から溺愛されています 〜

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

文字の大きさ
上 下
68 / 75

68. 冷たい床

しおりを挟む
「……。……ん、…………?」

 寒い。頭がクラクラする。……何?ここ、どこ?すごく、暗い……。

 夜中にふいに目が覚めた時のように、頭が朦朧とし、視界が暗かった。そのまましばらくぼうっとしていると、徐々に体の感覚が戻ってくる。……頬が冷たく、何か固いものに触れている。……腕が痛い。動かない。足も……。

「……、──────っ!!」

 ふいに、意識を失う直前のことを思い出し、頭が覚醒する。そうだ私、自室の中で突然後ろから誰かに捕えられ、顔を塞がれたんだ。
 そこから先の記憶がない──────

 そのことに気付き、慌てて周囲を見渡す。……見覚えのない場所だった。床も壁もゴツゴツとした剥き出しの石で造られた建物の一室。カビ臭く、埃っぽい。古びた汚いベッドが奥にポツンと一つ、申し訳程度に置かれている。……廃屋か何かだろうか。いずれにせよ、この部屋には今誰もいない。私一人だ。

 ……私、もしかして、誘拐されたの……?

 あの王宮の中から?
 あれだけ護衛の人たちがついてくれていたのに?

「……っ、」

 全身に鳥肌が立ち、背中にじっとりと嫌な汗が浮かぶ。
 ほんの一瞬一人になっただけなのに、その隙を突かれてしまった。一体誰がこんなことを?これから私は、どうなるの……?

 考えれば考えるほど、恐怖で頭が混乱し、心臓が激しく暴れ出す。呼吸が浅くなり、喉がひりつく。

(……と、とにかく、逃げなきゃ……)

 私が誘拐されたらしいということに誰かが気付いてくれるのが遅ければ、助けはきっとすぐには来ない。……ううん、もしかしたら、誰もこの場所を見つけることさえできないのではないか。
 そう思い、起き上がろうとするけれど、腕も足も言うことを聞かない。がむしゃらに動かそうとしてみて、やっと気付いた。私の両腕と両足はロープでぐるぐる巻きに縛られ、立ち上がることすらできないように拘束されているのだと。

(どうしよう……っ!どうにかしなきゃ……!早く……、早く帰らないと……っ)

 頭の中にアリューシャ王女の顔が浮かぶ。私がいなくなったと知ったら、どれほど心配し、嘆くことだろう。あの子を泣かせるわけにはいかない。それに……、

(……セレオン殿下……)

 大好きな人の、優しい微笑みが脳裏をよぎる。……会いたい。帰りたい……。

「……っ、く……っ、」

 もうこのままでもいい。とにかく、どうにかして人目のある場所まで行くんだ。扉はあそこにある。今のうちに、這ってでもこの建物を出て行って、外に出たら誰かに助けを求めて……。
 
 そんなことを考えながら、必死で体をくねらせはじめた、その時だった。



 ガチャ。



「っ!!」

 ふいに部屋の扉が開き、そこに大きな人影が現れた。しかも一人じゃない。大柄な人間が次々に、この部屋の中に入ってきた。……全部で四人もいる。
 一瞬見えた扉の向こう側も、薄暗かった。灯りはついていないらしい。

「目が覚めたか」
「…………っ、」

 低い声。全員が黒ずくめの服装で、顔まで黒い布で覆われていて、目元しか出ていない。その目元も、周囲の暗さではっきりとは見えない。
 恐怖と混乱で、心臓が痛いほど激しく脈打っている。私は冷たい床に這いつくばったまま、その真っ黒な男たちに囲まれ、見下ろされていた。この姿勢で見上げると、まるで巨人たちに踏み潰される直前のようだ。全身がガクガクと震える。

「お前への用件はただ一つ。……王太子妃の座を、諦めろ」

(……え……?)

 目の前の男が、突然私にそう命じた。

「王太子妃の座を諦め、このままこの国を出て、二度と戻ってくるな。それを約束するのなら、命だけは見逃してやる」
「……、な……」

 何を言っているの?

 私の返事を待っているのか、男たちは全員身動きもせずにただ私を見下ろしている。

 国を出ろ?私に、このレミーアレン王国から去れと言っているの?
 それがこの人たちの……、私を王宮から攫った人の目的なの?

『お姉様!』

「……っ、」

 ふいに、頭の中にアリューシャ王女の満面の笑みが浮かぶ。私になつき、私を慕い、私を大好きでいてくれるあの子の、可愛い笑顔。

 私の、たった一人の大切な妹。

 それに──────

『大丈夫だよ、ミラベル』

(……セレオン殿下……)

 私を信頼し、想いを寄せてくれている、大好きな人。

 ふいに、怒りが湧いてきた。
 全身の震えが、ピタリと止まった。

 一体誰がこんなことをしているんだか知らない。私がセレオン殿下と婚約することがよほど気に入らない誰かでしょう。いきなり降って湧いた下位貴族の娘が、王太子殿下の妃になるかもしれないんだものね。ええ、分かるわ。腹が立つ人も大勢いるわよね。

 だけどね、こんなやり方あまりにも卑怯じゃない?!

 暴力に物を言わせて、国を出ろですって?
 冗談じゃない!誰が屈するか!
 私にだって守りたいものがあるのよ!!

 その怒りに任せて、私は男を見上げた。

「……出て行きません」
「……。何だと?」
「出て行かないって言ってるのよ。このロープを解きなさい!こんなことをして、どうなっても知らないわよ!!」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。

ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」 書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。 今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、 5年経っても帰ってくることはなかった。 そして、10年後… 「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

処理中です...