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68. 冷たい床
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「……。……ん、…………?」
寒い。頭がクラクラする。……何?ここ、どこ?すごく、暗い……。
夜中にふいに目が覚めた時のように、頭が朦朧とし、視界が暗かった。そのまましばらくぼうっとしていると、徐々に体の感覚が戻ってくる。……頬が冷たく、何か固いものに触れている。……腕が痛い。動かない。足も……。
「……、──────っ!!」
ふいに、意識を失う直前のことを思い出し、頭が覚醒する。そうだ私、自室の中で突然後ろから誰かに捕えられ、顔を塞がれたんだ。
そこから先の記憶がない──────
そのことに気付き、慌てて周囲を見渡す。……見覚えのない場所だった。床も壁もゴツゴツとした剥き出しの石で造られた建物の一室。カビ臭く、埃っぽい。古びた汚いベッドが奥にポツンと一つ、申し訳程度に置かれている。……廃屋か何かだろうか。いずれにせよ、この部屋には今誰もいない。私一人だ。
……私、もしかして、誘拐されたの……?
あの王宮の中から?
あれだけ護衛の人たちがついてくれていたのに?
「……っ、」
全身に鳥肌が立ち、背中にじっとりと嫌な汗が浮かぶ。
ほんの一瞬一人になっただけなのに、その隙を突かれてしまった。一体誰がこんなことを?これから私は、どうなるの……?
考えれば考えるほど、恐怖で頭が混乱し、心臓が激しく暴れ出す。呼吸が浅くなり、喉がひりつく。
(……と、とにかく、逃げなきゃ……)
私が誘拐されたらしいということに誰かが気付いてくれるのが遅ければ、助けはきっとすぐには来ない。……ううん、もしかしたら、誰もこの場所を見つけることさえできないのではないか。
そう思い、起き上がろうとするけれど、腕も足も言うことを聞かない。がむしゃらに動かそうとしてみて、やっと気付いた。私の両腕と両足はロープでぐるぐる巻きに縛られ、立ち上がることすらできないように拘束されているのだと。
(どうしよう……っ!どうにかしなきゃ……!早く……、早く帰らないと……っ)
頭の中にアリューシャ王女の顔が浮かぶ。私がいなくなったと知ったら、どれほど心配し、嘆くことだろう。あの子を泣かせるわけにはいかない。それに……、
(……セレオン殿下……)
大好きな人の、優しい微笑みが脳裏をよぎる。……会いたい。帰りたい……。
「……っ、く……っ、」
もうこのままでもいい。とにかく、どうにかして人目のある場所まで行くんだ。扉はあそこにある。今のうちに、這ってでもこの建物を出て行って、外に出たら誰かに助けを求めて……。
そんなことを考えながら、必死で体をくねらせはじめた、その時だった。
ガチャ。
「っ!!」
ふいに部屋の扉が開き、そこに大きな人影が現れた。しかも一人じゃない。大柄な人間が次々に、この部屋の中に入ってきた。……全部で四人もいる。
一瞬見えた扉の向こう側も、薄暗かった。灯りはついていないらしい。
「目が覚めたか」
「…………っ、」
低い声。全員が黒ずくめの服装で、顔まで黒い布で覆われていて、目元しか出ていない。その目元も、周囲の暗さではっきりとは見えない。
恐怖と混乱で、心臓が痛いほど激しく脈打っている。私は冷たい床に這いつくばったまま、その真っ黒な男たちに囲まれ、見下ろされていた。この姿勢で見上げると、まるで巨人たちに踏み潰される直前のようだ。全身がガクガクと震える。
「お前への用件はただ一つ。……王太子妃の座を、諦めろ」
(……え……?)
目の前の男が、突然私にそう命じた。
「王太子妃の座を諦め、このままこの国を出て、二度と戻ってくるな。それを約束するのなら、命だけは見逃してやる」
「……、な……」
何を言っているの?
私の返事を待っているのか、男たちは全員身動きもせずにただ私を見下ろしている。
国を出ろ?私に、このレミーアレン王国から去れと言っているの?
それがこの人たちの……、私を王宮から攫った人の目的なの?
『お姉様!』
「……っ、」
ふいに、頭の中にアリューシャ王女の満面の笑みが浮かぶ。私になつき、私を慕い、私を大好きでいてくれるあの子の、可愛い笑顔。
私の、たった一人の大切な妹。
それに──────
『大丈夫だよ、ミラベル』
(……セレオン殿下……)
私を信頼し、想いを寄せてくれている、大好きな人。
ふいに、怒りが湧いてきた。
全身の震えが、ピタリと止まった。
一体誰がこんなことをしているんだか知らない。私がセレオン殿下と婚約することがよほど気に入らない誰かでしょう。いきなり降って湧いた下位貴族の娘が、王太子殿下の妃になるかもしれないんだものね。ええ、分かるわ。腹が立つ人も大勢いるわよね。
だけどね、こんなやり方あまりにも卑怯じゃない?!
暴力に物を言わせて、国を出ろですって?
冗談じゃない!誰が屈するか!
私にだって守りたいものがあるのよ!!
その怒りに任せて、私は男を見上げた。
「……出て行きません」
「……。何だと?」
「出て行かないって言ってるのよ。このロープを解きなさい!こんなことをして、どうなっても知らないわよ!!」
寒い。頭がクラクラする。……何?ここ、どこ?すごく、暗い……。
夜中にふいに目が覚めた時のように、頭が朦朧とし、視界が暗かった。そのまましばらくぼうっとしていると、徐々に体の感覚が戻ってくる。……頬が冷たく、何か固いものに触れている。……腕が痛い。動かない。足も……。
「……、──────っ!!」
ふいに、意識を失う直前のことを思い出し、頭が覚醒する。そうだ私、自室の中で突然後ろから誰かに捕えられ、顔を塞がれたんだ。
そこから先の記憶がない──────
そのことに気付き、慌てて周囲を見渡す。……見覚えのない場所だった。床も壁もゴツゴツとした剥き出しの石で造られた建物の一室。カビ臭く、埃っぽい。古びた汚いベッドが奥にポツンと一つ、申し訳程度に置かれている。……廃屋か何かだろうか。いずれにせよ、この部屋には今誰もいない。私一人だ。
……私、もしかして、誘拐されたの……?
あの王宮の中から?
あれだけ護衛の人たちがついてくれていたのに?
「……っ、」
全身に鳥肌が立ち、背中にじっとりと嫌な汗が浮かぶ。
ほんの一瞬一人になっただけなのに、その隙を突かれてしまった。一体誰がこんなことを?これから私は、どうなるの……?
考えれば考えるほど、恐怖で頭が混乱し、心臓が激しく暴れ出す。呼吸が浅くなり、喉がひりつく。
(……と、とにかく、逃げなきゃ……)
私が誘拐されたらしいということに誰かが気付いてくれるのが遅ければ、助けはきっとすぐには来ない。……ううん、もしかしたら、誰もこの場所を見つけることさえできないのではないか。
そう思い、起き上がろうとするけれど、腕も足も言うことを聞かない。がむしゃらに動かそうとしてみて、やっと気付いた。私の両腕と両足はロープでぐるぐる巻きに縛られ、立ち上がることすらできないように拘束されているのだと。
(どうしよう……っ!どうにかしなきゃ……!早く……、早く帰らないと……っ)
頭の中にアリューシャ王女の顔が浮かぶ。私がいなくなったと知ったら、どれほど心配し、嘆くことだろう。あの子を泣かせるわけにはいかない。それに……、
(……セレオン殿下……)
大好きな人の、優しい微笑みが脳裏をよぎる。……会いたい。帰りたい……。
「……っ、く……っ、」
もうこのままでもいい。とにかく、どうにかして人目のある場所まで行くんだ。扉はあそこにある。今のうちに、這ってでもこの建物を出て行って、外に出たら誰かに助けを求めて……。
そんなことを考えながら、必死で体をくねらせはじめた、その時だった。
ガチャ。
「っ!!」
ふいに部屋の扉が開き、そこに大きな人影が現れた。しかも一人じゃない。大柄な人間が次々に、この部屋の中に入ってきた。……全部で四人もいる。
一瞬見えた扉の向こう側も、薄暗かった。灯りはついていないらしい。
「目が覚めたか」
「…………っ、」
低い声。全員が黒ずくめの服装で、顔まで黒い布で覆われていて、目元しか出ていない。その目元も、周囲の暗さではっきりとは見えない。
恐怖と混乱で、心臓が痛いほど激しく脈打っている。私は冷たい床に這いつくばったまま、その真っ黒な男たちに囲まれ、見下ろされていた。この姿勢で見上げると、まるで巨人たちに踏み潰される直前のようだ。全身がガクガクと震える。
「お前への用件はただ一つ。……王太子妃の座を、諦めろ」
(……え……?)
目の前の男が、突然私にそう命じた。
「王太子妃の座を諦め、このままこの国を出て、二度と戻ってくるな。それを約束するのなら、命だけは見逃してやる」
「……、な……」
何を言っているの?
私の返事を待っているのか、男たちは全員身動きもせずにただ私を見下ろしている。
国を出ろ?私に、このレミーアレン王国から去れと言っているの?
それがこの人たちの……、私を王宮から攫った人の目的なの?
『お姉様!』
「……っ、」
ふいに、頭の中にアリューシャ王女の満面の笑みが浮かぶ。私になつき、私を慕い、私を大好きでいてくれるあの子の、可愛い笑顔。
私の、たった一人の大切な妹。
それに──────
『大丈夫だよ、ミラベル』
(……セレオン殿下……)
私を信頼し、想いを寄せてくれている、大好きな人。
ふいに、怒りが湧いてきた。
全身の震えが、ピタリと止まった。
一体誰がこんなことをしているんだか知らない。私がセレオン殿下と婚約することがよほど気に入らない誰かでしょう。いきなり降って湧いた下位貴族の娘が、王太子殿下の妃になるかもしれないんだものね。ええ、分かるわ。腹が立つ人も大勢いるわよね。
だけどね、こんなやり方あまりにも卑怯じゃない?!
暴力に物を言わせて、国を出ろですって?
冗談じゃない!誰が屈するか!
私にだって守りたいものがあるのよ!!
その怒りに任せて、私は男を見上げた。
「……出て行きません」
「……。何だと?」
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