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67. 違和感
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それからの数ヶ月間は怒涛の日々だった。
いくら勉強好きの私でも、ここまで朝から晩までみっちりぎっしりと勉強漬けの日々を送ったことはない。日が昇る前から起きて勉強、簡単な朝食を済ませてまた勉強。ずっと勉強。深夜に眠るまで、勉強勉強。
唯一の癒やしの時間は、アリューシャ王女と共に過ごす昼食の時間だけだった。この時だけは多少ゆっくり食べることを許されていた。きっとアリューシャ王女かセレオン殿下が提案してくださったのだろう。
「……どう?ミラベルさん。お勉強の方は」
グリルした白身魚を口に運びながら、アリューシャ王女が私に尋ねる。
アリューシャ王女はセレオン殿下の言いつけを守り、セレオン殿下のお部屋にいる時以外はこれまで通り私をミラベルさんと呼ぶ。……でもまぁ、今さらといえば今さらなんだけど。もう王宮の誰もが私たちが赤の他人ではないと知っている。
「ええ、まぁ……。どうにかこうにかといったところです。すごい量のお勉強ですが、一応しがみついていますわ。今のところ順調かと」
「さすがねミラベルさん!」
「ふふ、ありがとうございます。……私のことよりも、アリューシャ様はどうですか?こうなって以来、アリューシャ様のお勉強を見てあげられなくなってしまって、お部屋にも伺えなくなって……。いつも心配しております」
きっと寂しい思いをさせているだろうな。そのことが毎日ずっと気がかりではあった。ここで教育係として勤めさせてもらうようになって以来、こんなに一緒に過ごす時間が短い日々は初めてだった。
でも意外にも、アリューシャ王女は明るい笑顔を見せてくれた。
「全然平気よ!……とまではいかないけど、あたしもちゃんと頑張ってるから心配しないで。そりゃ、なかなかミラベルさんと過ごす時間がとれないのは、すごく、ものすごーく寂しいっていうのが本音だけど……」
「……アリューシャ様……」
「でもそれもお兄様とお姉……、ミラベルさんが結婚するためですもの!それを思えばいくらでも耐えられるわ。……ふふ。何だか信じられないの。大好きなお兄様と、大好きなミラベルさんが結婚するのよ。あまりにも幸せすぎて怖いから、あたし絶対にワガママ言わないって決めてるの。二人がちゃんと本当に結婚するまで、あたしだって我慢するわ。無事その日を迎えられるよう、せめてもの願かけよ。ふふふ」
「……ふふ。アリューシャ様ったら。……ありがとうございます」
可愛い言葉に頬が緩む。寂しくても我が儘を言わずに自分が勉強を頑張ることが、私とセレオン殿下の結婚を実現させるための願かけだなんて。なんて可愛らしいんだろう。
「それにね、先生たちも以前ほどは怖くなくなったわ。向こうが優しくなってきたからなのか、あたしが慣れてきたからなのか……。ふふん。これもあたしが成長したからかしらね?」
「ええ。きっとそうですわ。よかったです」
アリューシャ王女の先生方は皆厳しい人ばかりだったそうだけれど、最近では上手くやれているみたい。アリューシャ王女の成長ぶりを見て安心した先生方の態度が、柔和になってきたのもあるかもしれない。ともかく、アリューシャ王女のことはそんなに心配しなくてもよさそう。本人がしっかり頑張ってくれているもの。私も自分のことに集中しよう。
「じゃあね、ミラベルさん。また明日ね!お勉強頑張って」
「ええ!アリューシャ様も。いつも応援してますから」
「ふふ。あたしもよ。……大好き。ミラベルさん」
食堂を出て、それぞれの部屋に戻るために回廊で別れる時。珍しくアリューシャ王女が私にピタリとくっついて甘えるような仕草を見せた。それが嬉しくて、思わず私はその栗色の髪をそっと撫でた。
「私も、あなたが大好きよ。アリューシャ様」
小さな声でそう囁くと、彼女は頬を染めて本当に嬉しそうに笑った。
護衛たちを引き連れて回廊を歩きながら、セレオン殿下のことを考える。昨日お会いした時に、近々私との婚約を正式に取り結び、世間に公表すると仰っていた。
『君の王太子妃教育の進み具合が予定よりもかなり早いペースで進んでいるから、両陛下も大丈夫だと判断したらしい。……頑張ってくれてありがとう、ミラベル。やはり私の目に狂いはなかった』
そう言ってくださったセレオン殿下の嬉しそうなお顔が、忘れられない。胸がいっぱいになった。あの方の笑顔のためなら、私はいくらでも頑張れる。
今日はそのセレオン殿下から、昼食の後部屋に来るようにと朝伝言があった。最近は勉強漬けでなかなかゆっくりお話しする時間がないから、ほんの少しでもお会いできる時間は貴重だ。二日も続けて会えるなんて嬉しい。
(急いで身支度を整えなくちゃ)
そう思った私は、殿下のお部屋に行く前に一度自室に戻ることにした。ちなみに私の部屋は、この王宮に住む時に定められた、使用人たちの居住区内にあるあの部屋のまま。殿下が自分の部屋に近いところに新たに部屋を用意させようと言ってくださったけれど、正式に婚約するまではこのままでいさせてほしいと私が言ったのだ。気が緩んでしまわないよう、自分を鼓舞するためのけじめのつもりだった。
部屋の前まで来ると、護衛たちは立ち止まり自然と離れる。私がセレオン殿下の婚約者候補の立場になってから突然護衛の数が増えたけれど、その屈強な彼らはさすがに部屋の中にまでは入ってこない。
部屋の扉を開け、護衛の一人が中の様子をサッと確認する。毎日のルーティン作業だ。異変がないのを確認し、場所を空けてくれると私が中に入り、扉を閉めた。束の間、一人きりになる。
その瞬間、何だか妙に胸がざわついた。言葉にならない、妙な違和感を覚える。……何だろう。まるで部屋の中に幽霊でもいるような、そんな不気味さ。
自分の部屋なのに落ち着かず、私は急いで鏡の前に向かおうとした。髪型やお化粧をチェックしてからすぐに出ようと思ったのだ。
けれど、その瞬間だった。
背後の空気が揺れた気がした。
(……?)
振り返ろうとした、その時。
「っ!! ──────……っ、」
突然後ろから強い力で羽交い締めにされ、心臓が大きく脈打つ。恐怖を感じるより先に、私の顔は冷たい布のような何かで覆われた。そして──────
私の意識は、そこで途切れた。
いくら勉強好きの私でも、ここまで朝から晩までみっちりぎっしりと勉強漬けの日々を送ったことはない。日が昇る前から起きて勉強、簡単な朝食を済ませてまた勉強。ずっと勉強。深夜に眠るまで、勉強勉強。
唯一の癒やしの時間は、アリューシャ王女と共に過ごす昼食の時間だけだった。この時だけは多少ゆっくり食べることを許されていた。きっとアリューシャ王女かセレオン殿下が提案してくださったのだろう。
「……どう?ミラベルさん。お勉強の方は」
グリルした白身魚を口に運びながら、アリューシャ王女が私に尋ねる。
アリューシャ王女はセレオン殿下の言いつけを守り、セレオン殿下のお部屋にいる時以外はこれまで通り私をミラベルさんと呼ぶ。……でもまぁ、今さらといえば今さらなんだけど。もう王宮の誰もが私たちが赤の他人ではないと知っている。
「ええ、まぁ……。どうにかこうにかといったところです。すごい量のお勉強ですが、一応しがみついていますわ。今のところ順調かと」
「さすがねミラベルさん!」
「ふふ、ありがとうございます。……私のことよりも、アリューシャ様はどうですか?こうなって以来、アリューシャ様のお勉強を見てあげられなくなってしまって、お部屋にも伺えなくなって……。いつも心配しております」
きっと寂しい思いをさせているだろうな。そのことが毎日ずっと気がかりではあった。ここで教育係として勤めさせてもらうようになって以来、こんなに一緒に過ごす時間が短い日々は初めてだった。
でも意外にも、アリューシャ王女は明るい笑顔を見せてくれた。
「全然平気よ!……とまではいかないけど、あたしもちゃんと頑張ってるから心配しないで。そりゃ、なかなかミラベルさんと過ごす時間がとれないのは、すごく、ものすごーく寂しいっていうのが本音だけど……」
「……アリューシャ様……」
「でもそれもお兄様とお姉……、ミラベルさんが結婚するためですもの!それを思えばいくらでも耐えられるわ。……ふふ。何だか信じられないの。大好きなお兄様と、大好きなミラベルさんが結婚するのよ。あまりにも幸せすぎて怖いから、あたし絶対にワガママ言わないって決めてるの。二人がちゃんと本当に結婚するまで、あたしだって我慢するわ。無事その日を迎えられるよう、せめてもの願かけよ。ふふふ」
「……ふふ。アリューシャ様ったら。……ありがとうございます」
可愛い言葉に頬が緩む。寂しくても我が儘を言わずに自分が勉強を頑張ることが、私とセレオン殿下の結婚を実現させるための願かけだなんて。なんて可愛らしいんだろう。
「それにね、先生たちも以前ほどは怖くなくなったわ。向こうが優しくなってきたからなのか、あたしが慣れてきたからなのか……。ふふん。これもあたしが成長したからかしらね?」
「ええ。きっとそうですわ。よかったです」
アリューシャ王女の先生方は皆厳しい人ばかりだったそうだけれど、最近では上手くやれているみたい。アリューシャ王女の成長ぶりを見て安心した先生方の態度が、柔和になってきたのもあるかもしれない。ともかく、アリューシャ王女のことはそんなに心配しなくてもよさそう。本人がしっかり頑張ってくれているもの。私も自分のことに集中しよう。
「じゃあね、ミラベルさん。また明日ね!お勉強頑張って」
「ええ!アリューシャ様も。いつも応援してますから」
「ふふ。あたしもよ。……大好き。ミラベルさん」
食堂を出て、それぞれの部屋に戻るために回廊で別れる時。珍しくアリューシャ王女が私にピタリとくっついて甘えるような仕草を見せた。それが嬉しくて、思わず私はその栗色の髪をそっと撫でた。
「私も、あなたが大好きよ。アリューシャ様」
小さな声でそう囁くと、彼女は頬を染めて本当に嬉しそうに笑った。
護衛たちを引き連れて回廊を歩きながら、セレオン殿下のことを考える。昨日お会いした時に、近々私との婚約を正式に取り結び、世間に公表すると仰っていた。
『君の王太子妃教育の進み具合が予定よりもかなり早いペースで進んでいるから、両陛下も大丈夫だと判断したらしい。……頑張ってくれてありがとう、ミラベル。やはり私の目に狂いはなかった』
そう言ってくださったセレオン殿下の嬉しそうなお顔が、忘れられない。胸がいっぱいになった。あの方の笑顔のためなら、私はいくらでも頑張れる。
今日はそのセレオン殿下から、昼食の後部屋に来るようにと朝伝言があった。最近は勉強漬けでなかなかゆっくりお話しする時間がないから、ほんの少しでもお会いできる時間は貴重だ。二日も続けて会えるなんて嬉しい。
(急いで身支度を整えなくちゃ)
そう思った私は、殿下のお部屋に行く前に一度自室に戻ることにした。ちなみに私の部屋は、この王宮に住む時に定められた、使用人たちの居住区内にあるあの部屋のまま。殿下が自分の部屋に近いところに新たに部屋を用意させようと言ってくださったけれど、正式に婚約するまではこのままでいさせてほしいと私が言ったのだ。気が緩んでしまわないよう、自分を鼓舞するためのけじめのつもりだった。
部屋の前まで来ると、護衛たちは立ち止まり自然と離れる。私がセレオン殿下の婚約者候補の立場になってから突然護衛の数が増えたけれど、その屈強な彼らはさすがに部屋の中にまでは入ってこない。
部屋の扉を開け、護衛の一人が中の様子をサッと確認する。毎日のルーティン作業だ。異変がないのを確認し、場所を空けてくれると私が中に入り、扉を閉めた。束の間、一人きりになる。
その瞬間、何だか妙に胸がざわついた。言葉にならない、妙な違和感を覚える。……何だろう。まるで部屋の中に幽霊でもいるような、そんな不気味さ。
自分の部屋なのに落ち着かず、私は急いで鏡の前に向かおうとした。髪型やお化粧をチェックしてからすぐに出ようと思ったのだ。
けれど、その瞬間だった。
背後の空気が揺れた気がした。
(……?)
振り返ろうとした、その時。
「っ!! ──────……っ、」
突然後ろから強い力で羽交い締めにされ、心臓が大きく脈打つ。恐怖を感じるより先に、私の顔は冷たい布のような何かで覆われた。そして──────
私の意識は、そこで途切れた。
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