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64. 覚悟
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私にとって、いまだにとても現実とは受け入れがたい、夢のような日々が始まった。
「まさか本当に、国王陛下と王妃陛下が許可してくださるなんて……」
「信じられない?」
「は、はい……」
セレオン殿下のお部屋でその報告を聞き、呆然とする私。隣に座っている殿下は、まるでいたずらっ子のような楽しそうな表情を見せる。にわかには信じられず、狐につままれたような心地だ。
「君の優秀さや素晴らしさについては私からも国王陛下に説明したけれど、母上も口添えしてくれたんだよ。母は君のことをいたく気に入っているからね。今度二人でゆっくりお茶がしたいと言っていた」
「っ?!そっ……、それは、もちろん、ええ。喜んで。ヘイルズ侯爵家とのご縁を結んでいただいたことも、改めてきちんとお礼を申し上げたいですし」
「うふふ。嬉しいわ!お兄様とお姉様が結婚することになるなんて!なんだかますます家族って感じがして、本当に嬉しい」
「っ?!」
け……、結婚……っ。
「気が早いな、アリューシャ。結婚ではなく、婚約だ。今ようやく私とミラベルの婚約の話がまとまったばかりなんだよ。」
はしゃぐアリューシャ王女に向かって、セレオン殿下は少し呆れたように言う。
「婚約するってことは結婚するってことじゃない。ああ!楽しみだわぁ。お姉様のウェディングドレス姿、きっと夢みたいに綺麗よ!」
「ア、アリューシャ様……。そこまで辿り着けるかどうかは私次第ですから……。王太子妃教育というものを、私はこれから初めて受けるわけで」
そう。いくら両陛下から婚約の許可が下り、侯爵令嬢の肩書きを得たとて、私が王太子妃教育をものにできなければこの話はなかったことになってしまう。王家に嫁ぐなんて大役、そう簡単になせることじゃない。
アリューシャ王女の教育係だったはずの私が、今後は朝から晩までみっちり教育を受ける立場になったというわけだ。
「大丈夫だよ、ミラベル」
私の不安をすぐさま察したらしいセレオン殿下が、私の顔を優しく覗き込む。
「もちろん並大抵のことではないけれど、君なら大丈夫。必ず修得できると信じているよ。私にできることがあれば何でも手助けする。……頑張って」
「セレオン殿下……。……はいっ」
背中を押してくれるその言葉に勇気をもらい、私は力強く頷いた。
そうよね。弱気になっている場合じゃない。殿下からの愛の告白を受け入れた時、すでに私の覚悟は決まっていたじゃないの。もう後戻りはできない。私を婚約者にと選んでくださったセレオン殿下の想いに報いるためにも、がむしゃらにやるしかないんだわ。
それに……。
(ジュディ・オルブライト公爵令嬢。私はあの方から、セレオン殿下の婚約者の座を奪う形になってしまったのだから……)
随分冷たい態度をとられたし、私どころかアリューシャ王女のことまで軽んじているその態度には腹が立った。挙げ句の果てには、公衆の面前で盗っ人呼ばわりまでされてしまった。けれど。
あの方は、このレミーアレン王国の、由緒正しき公爵家のお嬢様。幼い頃から想像を絶する努力をなさってこられたはず。あの方にとっても、オルブライト公爵家にとっても、王太子妃となることは悲願だったはずだ。きっと深く恨まれていることだろう。
「それにしてもよかったわ。あの底意地の悪いオルブライト公爵家のジュディさんがお兄様の妻になるのかと思うと、あたし本気で嫌だったのよね。あんな人王太子妃には絶対に向いてないと思うし、そもそもお兄様と全然お似合いじゃなかったもの」
「っ!」
ちょうど頭の中で考えていた人のことをアリューシャ王女が話し出したものだから、思わずドキッとしてしまう。
「アリューシャ。私たちとジーンしかいないからと言って、そんなぞんざいな物言いは止めるんだ。どこでどう広まってしまうかも分からないんだぞ。お前こそ、一国の王女である自覚をもっと持ってほしいものだ」
「はぁい」
ご兄妹の会話に、私はおずおずと口を挟んだ。
「セレオン殿下……。そのオルブライト公爵家の件ですが……」
「ああ、……大丈夫。君は一切心配しなくていいから。あちらへは父の方から話をつけてあるよ。……ただ、ジュディ嬢はああいう性格の女性だ。正直、この決定を黙って受け入れ、引き下がってくれるとは私も思っていない。近いうちに対面して、私からもきちんと納得してもらえるように話をしようとは思っているよ」
「そうなのですね……」
やっぱり殿下はお優しい方だ。オルブライト公爵令嬢の心のケアまでしっかりと考えていらっしゃる。
私からも一言謝罪を申し上げたい気持ちはあるけれど、きっとそんなの、あの方のプライドが許さないだろうし、余計に怒りを買うだけだろう。ここは大人しく、セレオン殿下にお任せしよう。
「まさか本当に、国王陛下と王妃陛下が許可してくださるなんて……」
「信じられない?」
「は、はい……」
セレオン殿下のお部屋でその報告を聞き、呆然とする私。隣に座っている殿下は、まるでいたずらっ子のような楽しそうな表情を見せる。にわかには信じられず、狐につままれたような心地だ。
「君の優秀さや素晴らしさについては私からも国王陛下に説明したけれど、母上も口添えしてくれたんだよ。母は君のことをいたく気に入っているからね。今度二人でゆっくりお茶がしたいと言っていた」
「っ?!そっ……、それは、もちろん、ええ。喜んで。ヘイルズ侯爵家とのご縁を結んでいただいたことも、改めてきちんとお礼を申し上げたいですし」
「うふふ。嬉しいわ!お兄様とお姉様が結婚することになるなんて!なんだかますます家族って感じがして、本当に嬉しい」
「っ?!」
け……、結婚……っ。
「気が早いな、アリューシャ。結婚ではなく、婚約だ。今ようやく私とミラベルの婚約の話がまとまったばかりなんだよ。」
はしゃぐアリューシャ王女に向かって、セレオン殿下は少し呆れたように言う。
「婚約するってことは結婚するってことじゃない。ああ!楽しみだわぁ。お姉様のウェディングドレス姿、きっと夢みたいに綺麗よ!」
「ア、アリューシャ様……。そこまで辿り着けるかどうかは私次第ですから……。王太子妃教育というものを、私はこれから初めて受けるわけで」
そう。いくら両陛下から婚約の許可が下り、侯爵令嬢の肩書きを得たとて、私が王太子妃教育をものにできなければこの話はなかったことになってしまう。王家に嫁ぐなんて大役、そう簡単になせることじゃない。
アリューシャ王女の教育係だったはずの私が、今後は朝から晩までみっちり教育を受ける立場になったというわけだ。
「大丈夫だよ、ミラベル」
私の不安をすぐさま察したらしいセレオン殿下が、私の顔を優しく覗き込む。
「もちろん並大抵のことではないけれど、君なら大丈夫。必ず修得できると信じているよ。私にできることがあれば何でも手助けする。……頑張って」
「セレオン殿下……。……はいっ」
背中を押してくれるその言葉に勇気をもらい、私は力強く頷いた。
そうよね。弱気になっている場合じゃない。殿下からの愛の告白を受け入れた時、すでに私の覚悟は決まっていたじゃないの。もう後戻りはできない。私を婚約者にと選んでくださったセレオン殿下の想いに報いるためにも、がむしゃらにやるしかないんだわ。
それに……。
(ジュディ・オルブライト公爵令嬢。私はあの方から、セレオン殿下の婚約者の座を奪う形になってしまったのだから……)
随分冷たい態度をとられたし、私どころかアリューシャ王女のことまで軽んじているその態度には腹が立った。挙げ句の果てには、公衆の面前で盗っ人呼ばわりまでされてしまった。けれど。
あの方は、このレミーアレン王国の、由緒正しき公爵家のお嬢様。幼い頃から想像を絶する努力をなさってこられたはず。あの方にとっても、オルブライト公爵家にとっても、王太子妃となることは悲願だったはずだ。きっと深く恨まれていることだろう。
「それにしてもよかったわ。あの底意地の悪いオルブライト公爵家のジュディさんがお兄様の妻になるのかと思うと、あたし本気で嫌だったのよね。あんな人王太子妃には絶対に向いてないと思うし、そもそもお兄様と全然お似合いじゃなかったもの」
「っ!」
ちょうど頭の中で考えていた人のことをアリューシャ王女が話し出したものだから、思わずドキッとしてしまう。
「アリューシャ。私たちとジーンしかいないからと言って、そんなぞんざいな物言いは止めるんだ。どこでどう広まってしまうかも分からないんだぞ。お前こそ、一国の王女である自覚をもっと持ってほしいものだ」
「はぁい」
ご兄妹の会話に、私はおずおずと口を挟んだ。
「セレオン殿下……。そのオルブライト公爵家の件ですが……」
「ああ、……大丈夫。君は一切心配しなくていいから。あちらへは父の方から話をつけてあるよ。……ただ、ジュディ嬢はああいう性格の女性だ。正直、この決定を黙って受け入れ、引き下がってくれるとは私も思っていない。近いうちに対面して、私からもきちんと納得してもらえるように話をしようとは思っているよ」
「そうなのですね……」
やっぱり殿下はお優しい方だ。オルブライト公爵令嬢の心のケアまでしっかりと考えていらっしゃる。
私からも一言謝罪を申し上げたい気持ちはあるけれど、きっとそんなの、あの方のプライドが許さないだろうし、余計に怒りを買うだけだろう。ここは大人しく、セレオン殿下にお任せしよう。
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