上 下
64 / 75

64. 覚悟

しおりを挟む
 私にとって、いまだにとても現実とは受け入れがたい、夢のような日々が始まった。

「まさか本当に、国王陛下と王妃陛下が許可してくださるなんて……」
「信じられない?」
「は、はい……」

 セレオン殿下のお部屋でその報告を聞き、呆然とする私。隣に座っている殿下は、まるでいたずらっ子のような楽しそうな表情を見せる。にわかには信じられず、狐につままれたような心地だ。

「君の優秀さや素晴らしさについては私からも国王陛下に説明したけれど、母上も口添えしてくれたんだよ。母は君のことをいたく気に入っているからね。今度二人でゆっくりお茶がしたいと言っていた」
「っ?!そっ……、それは、もちろん、ええ。喜んで。ヘイルズ侯爵家とのご縁を結んでいただいたことも、改めてきちんとお礼を申し上げたいですし」
「うふふ。嬉しいわ!お兄様とお姉様が結婚することになるなんて!なんだかますます家族って感じがして、本当に嬉しい」
「っ?!」

 け……、結婚……っ。

「気が早いな、アリューシャ。結婚ではなく、婚約だ。今ようやく私とミラベルの婚約の話がまとまったばかりなんだよ。」

 はしゃぐアリューシャ王女に向かって、セレオン殿下は少し呆れたように言う。

「婚約するってことは結婚するってことじゃない。ああ!楽しみだわぁ。お姉様のウェディングドレス姿、きっと夢みたいに綺麗よ!」
「ア、アリューシャ様……。そこまで辿り着けるかどうかは私次第ですから……。王太子妃教育というものを、私はこれから初めて受けるわけで」

 そう。いくら両陛下から婚約の許可が下り、侯爵令嬢の肩書きを得たとて、私が王太子妃教育をものにできなければこの話はなかったことになってしまう。王家に嫁ぐなんて大役、そう簡単になせることじゃない。
 アリューシャ王女の教育係だったはずの私が、今後は朝から晩までみっちり教育を受ける立場になったというわけだ。

「大丈夫だよ、ミラベル」

 私の不安をすぐさま察したらしいセレオン殿下が、私の顔を優しく覗き込む。

「もちろん並大抵のことではないけれど、君なら大丈夫。必ず修得できると信じているよ。私にできることがあれば何でも手助けする。……頑張って」
「セレオン殿下……。……はいっ」

 背中を押してくれるその言葉に勇気をもらい、私は力強く頷いた。
 そうよね。弱気になっている場合じゃない。殿下からの愛の告白を受け入れた時、すでに私の覚悟は決まっていたじゃないの。もう後戻りはできない。私を婚約者にと選んでくださったセレオン殿下の想いに報いるためにも、がむしゃらにやるしかないんだわ。
 それに……。

(ジュディ・オルブライト公爵令嬢。私はあの方から、セレオン殿下の婚約者の座を奪う形になってしまったのだから……)

 随分冷たい態度をとられたし、私どころかアリューシャ王女のことまで軽んじているその態度には腹が立った。挙げ句の果てには、公衆の面前で盗っ人呼ばわりまでされてしまった。けれど。
 あの方は、このレミーアレン王国の、由緒正しき公爵家のお嬢様。幼い頃から想像を絶する努力をなさってこられたはず。あの方にとっても、オルブライト公爵家にとっても、王太子妃となることは悲願だったはずだ。きっと深く恨まれていることだろう。

「それにしてもよかったわ。あの底意地の悪いオルブライト公爵家のジュディさんがお兄様の妻になるのかと思うと、あたし本気で嫌だったのよね。あんな人王太子妃には絶対に向いてないと思うし、そもそもお兄様と全然お似合いじゃなかったもの」
「っ!」

 ちょうど頭の中で考えていた人のことをアリューシャ王女が話し出したものだから、思わずドキッとしてしまう。

「アリューシャ。私たちとジーンしかいないからと言って、そんなぞんざいな物言いは止めるんだ。どこでどう広まってしまうかも分からないんだぞ。お前こそ、一国の王女である自覚をもっと持ってほしいものだ」
「はぁい」

 ご兄妹の会話に、私はおずおずと口を挟んだ。

「セレオン殿下……。そのオルブライト公爵家の件ですが……」
「ああ、……大丈夫。君は一切心配しなくていいから。あちらへは父の方から話をつけてあるよ。……ただ、ジュディ嬢はああいう性格の女性だ。正直、この決定を黙って受け入れ、引き下がってくれるとは私も思っていない。近いうちに対面して、私からもきちんと納得してもらえるように話をしようとは思っているよ」
「そうなのですね……」

 やっぱり殿下はお優しい方だ。オルブライト公爵令嬢の心のケアまでしっかりと考えていらっしゃる。
 私からも一言謝罪を申し上げたい気持ちはあるけれど、きっとそんなの、あの方のプライドが許さないだろうし、余計に怒りを買うだけだろう。ここは大人しく、セレオン殿下にお任せしよう。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

処理中です...