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57. 伯爵夫人の回想・1(※sideフラウド伯爵夫人)
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メイジーと出会ったのは、私が18歳の時でした。当時私はもう王宮に勤めて二年ほどが経っておりました。王宮内の使用人たちの居住区があるフロア、そこの侍女たちの控え室で、ある日先輩の一人からメイジーを紹介されたのです。この子はもう研修は済ませてあるけれど、慣れるまではあなたがいろいろと指導してあげてほしいと、そう言われました。
勝ち気な雰囲気の、とびきりの美人。まるでチョコレートのように艶々の茶色い髪を後ろでまとめて、好奇心たっぷりのその赤い瞳で私を見つめて挨拶をしてくれました。
『メイジー……、ベイスンです。よろしくお願いします!』
彼女が私と同い年だと分かると、私たちの距離は一気に縮まりました。元々人懐っこくて愛嬌のある明るい性格のメイジーは、私にとても気さくに接してくれるようになりました。夜、一日の仕事が終わり居住区内に戻ると、どちらかの部屋に行って二人でお茶を飲みながら少しお喋りをするのが、私たちの日課になりましたわ。とても楽しい時間でした。
私たちは毎日いろいろなことを話しました。王宮での仕事のこと、意地悪な先輩に今日どんなことを言われただとか、好きな食べ物や好きな本、得意なことや趣味の話など……。
メイジーは甘いものが大好きで、時々お茶を飲みながら一緒にクッキーを食べたりもしました。『こんな時間にこんなの食べたら太っちゃうわよね』なんて言ってケラケラと笑いながらも、嬉しそうに食べていました。
ある夜、メイジーの部屋で互いの家族の話になったことがあります。リンダはどういった経緯でここで働くことになったの?とメイジーに尋ねられたことが発端だったかもしれません。うちは子爵家で、父が結婚前の行儀見習いを兼ねてと私の王宮勤めを希望したのよと答え、自分の家族構成について話しました。
『……へーぇ、そう。リンダにはお兄様が二人もいるのね。じゃあいいわね。お家の後継ぎはちゃんといるわけだ』
温かい紅茶を飲みながらそういったメイジーに、私が何気なく尋ねたのです。
『そうね。……あなたは?ご実家はどこなの?兄弟はいる?』
すると、いつもは何でもペラペラとよく話すメイジーの顔がかすかに曇り、私からフッと視線を逸らしたのです。んー……、と小首を傾げるような仕草をして唇を尖らせながら、何やら逡巡しているようでした。もしかして、話したくない事情でもあったのかしら。私がそんなことを思った時、彼女が静かに口を開きました。
『……私の実家はね、ここからはだいぶ遠いわ。東の方の、かなりド田舎の小さな領地よ。私には姉が一人だけいるの。二つ年上のね。優しくて強くて、とても素敵な人よ。マリアっていうの。……大好きだった。ううん、いまでももちろん、大好きなんだけどね』
『……何か訳アリなのね』
その物言いが何となく気になったし、いつもは元気なメイジーの表情が、見たことのないほど寂しげなものに変わりましたから……。気になって思わずそう尋ねました。寂しげで、でも何かをとても懐かしむような、そんな表情をしていました。
メイジーは照れくさそうに答えました。
『そうね。まぁ、若干訳アリだわ。私ね、家出してきたのよ』
『い、家出……っ?本当に?』
『ええ。……今からだいたい三年くらい前かしら。姉のマリアが17歳で結婚したの。翌年には可愛い女の子を産んだわ。両親に言われるがままに結婚して、婚家で子どもを産み、姉はそれなりに幸せに暮らしてた。貴族の娘として、それってごく一般的な生き方よね?』
『……ええ。もちろん、そう思うわ』
確かめるようにそう尋ねるメイジーに、私は頷いて答えました。
『だけどね、私は嫌だったの。ワガママなのは百も承知だけど、親に言われるがまま好きでもない男と結婚して、子を産み育て、夫を支え生きていく……。私には何だかそれが、すごく、すっごく、たまらなく退屈で面倒な生き方に思えるのよ』
メイジーは憤慨するように両腕を組み、不満そうな顔をしながらそう話しました。
『姉はたまたますごく優しくていい人と結婚できたから、幸せになれた。本人も両親に言われるがまま結婚することに、疑問を抱くことも、拒絶することもなかったし。だけど、私は納得できないのよ。なぜ女に生まれただけで、貴族の家に生まれただけで、将来の自由な選択肢がなくなっちゃうわけ?……や、違うの。分かってるのよ。そりゃ貧しい平民たちの方がよほど大変よね。いかに貧乏子爵家とはいえ、こっちは食うに困るほどの生活をしてたわけじゃないし。甘えたこと言うなって話よね。でもさ……、好きでもない男と結婚させられて、屋敷の中で子育てしながらしたくもない書類仕事ばかりをやらされて、出たくもないギスギスした腹の探り合いのお茶会に出かけて。そんな毎日、息が詰まるわ。……だからね、私父から結婚を命じられた時絶対に嫌だと言い張って、大喧嘩をしたの。それで結局飛び出してきちゃった』
『……な……』
私は呆気にとられて彼女の話を聞いていました。貴族家の娘として生まれて、淑女としてのたしなみを覚えマナーを習い、そして時が来れば親に言われた人と結婚する。その生き方に疑問を持ったことなどなかったからです。
まさか、父親に結婚を命じられて反発し、家を飛び出してしまうなんて。
勝ち気な雰囲気の、とびきりの美人。まるでチョコレートのように艶々の茶色い髪を後ろでまとめて、好奇心たっぷりのその赤い瞳で私を見つめて挨拶をしてくれました。
『メイジー……、ベイスンです。よろしくお願いします!』
彼女が私と同い年だと分かると、私たちの距離は一気に縮まりました。元々人懐っこくて愛嬌のある明るい性格のメイジーは、私にとても気さくに接してくれるようになりました。夜、一日の仕事が終わり居住区内に戻ると、どちらかの部屋に行って二人でお茶を飲みながら少しお喋りをするのが、私たちの日課になりましたわ。とても楽しい時間でした。
私たちは毎日いろいろなことを話しました。王宮での仕事のこと、意地悪な先輩に今日どんなことを言われただとか、好きな食べ物や好きな本、得意なことや趣味の話など……。
メイジーは甘いものが大好きで、時々お茶を飲みながら一緒にクッキーを食べたりもしました。『こんな時間にこんなの食べたら太っちゃうわよね』なんて言ってケラケラと笑いながらも、嬉しそうに食べていました。
ある夜、メイジーの部屋で互いの家族の話になったことがあります。リンダはどういった経緯でここで働くことになったの?とメイジーに尋ねられたことが発端だったかもしれません。うちは子爵家で、父が結婚前の行儀見習いを兼ねてと私の王宮勤めを希望したのよと答え、自分の家族構成について話しました。
『……へーぇ、そう。リンダにはお兄様が二人もいるのね。じゃあいいわね。お家の後継ぎはちゃんといるわけだ』
温かい紅茶を飲みながらそういったメイジーに、私が何気なく尋ねたのです。
『そうね。……あなたは?ご実家はどこなの?兄弟はいる?』
すると、いつもは何でもペラペラとよく話すメイジーの顔がかすかに曇り、私からフッと視線を逸らしたのです。んー……、と小首を傾げるような仕草をして唇を尖らせながら、何やら逡巡しているようでした。もしかして、話したくない事情でもあったのかしら。私がそんなことを思った時、彼女が静かに口を開きました。
『……私の実家はね、ここからはだいぶ遠いわ。東の方の、かなりド田舎の小さな領地よ。私には姉が一人だけいるの。二つ年上のね。優しくて強くて、とても素敵な人よ。マリアっていうの。……大好きだった。ううん、いまでももちろん、大好きなんだけどね』
『……何か訳アリなのね』
その物言いが何となく気になったし、いつもは元気なメイジーの表情が、見たことのないほど寂しげなものに変わりましたから……。気になって思わずそう尋ねました。寂しげで、でも何かをとても懐かしむような、そんな表情をしていました。
メイジーは照れくさそうに答えました。
『そうね。まぁ、若干訳アリだわ。私ね、家出してきたのよ』
『い、家出……っ?本当に?』
『ええ。……今からだいたい三年くらい前かしら。姉のマリアが17歳で結婚したの。翌年には可愛い女の子を産んだわ。両親に言われるがままに結婚して、婚家で子どもを産み、姉はそれなりに幸せに暮らしてた。貴族の娘として、それってごく一般的な生き方よね?』
『……ええ。もちろん、そう思うわ』
確かめるようにそう尋ねるメイジーに、私は頷いて答えました。
『だけどね、私は嫌だったの。ワガママなのは百も承知だけど、親に言われるがまま好きでもない男と結婚して、子を産み育て、夫を支え生きていく……。私には何だかそれが、すごく、すっごく、たまらなく退屈で面倒な生き方に思えるのよ』
メイジーは憤慨するように両腕を組み、不満そうな顔をしながらそう話しました。
『姉はたまたますごく優しくていい人と結婚できたから、幸せになれた。本人も両親に言われるがまま結婚することに、疑問を抱くことも、拒絶することもなかったし。だけど、私は納得できないのよ。なぜ女に生まれただけで、貴族の家に生まれただけで、将来の自由な選択肢がなくなっちゃうわけ?……や、違うの。分かってるのよ。そりゃ貧しい平民たちの方がよほど大変よね。いかに貧乏子爵家とはいえ、こっちは食うに困るほどの生活をしてたわけじゃないし。甘えたこと言うなって話よね。でもさ……、好きでもない男と結婚させられて、屋敷の中で子育てしながらしたくもない書類仕事ばかりをやらされて、出たくもないギスギスした腹の探り合いのお茶会に出かけて。そんな毎日、息が詰まるわ。……だからね、私父から結婚を命じられた時絶対に嫌だと言い張って、大喧嘩をしたの。それで結局飛び出してきちゃった』
『……な……』
私は呆気にとられて彼女の話を聞いていました。貴族家の娘として生まれて、淑女としてのたしなみを覚えマナーを習い、そして時が来れば親に言われた人と結婚する。その生き方に疑問を持ったことなどなかったからです。
まさか、父親に結婚を命じられて反発し、家を飛び出してしまうなんて。
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