【完結済】王女様の教育係 〜 虐げられ続けた元伯爵妻は今、王太子殿下から溺愛されています 〜

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52. 二つのネックレス

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 その後セレオン殿下のお誕生日パーティーは、表面上つつがなく進み、そして終わった。
 けれど私は、あちらこちらで何気ない風に会話を楽しむ人々から、常にチラチラと視線を送られてくるのを感じていた。
 オルブライト公爵令嬢はもうセレオン殿下に近付くこともせず、扇で顔を隠すようにしながら、侍女たちを伴い、端の方で一人でひっそりと立っていた。そしてパーティーがお開きになるやいなや、真っ先に会場からいなくなっていた。
 きっと集まった列席者たちの会話は、私とアリューシャ王女のネックレスの謎、そしてオルブライト公爵令嬢がこの大広間で国王陛下から叱責を受けたことなどで持ちきりだったことだろう。結局パーティーの中で、セレオン殿下とオルブライト公爵令嬢の婚約が発表されることはなかった。



 そして、一夜明けた翌日──────



 私とアリューシャ王女は、セレオン殿下のお部屋の中で互いのネックレスをテーブルに並べていた。それを囲むようにして三人座り、そのネックレスを見つめる。セレオン殿下のそばにはジーンさんが立っていて、私たちと同じように二つのネックレスに視線を送っていた。

「……もう一度説明してくれるかい?ミラベル嬢。君のこれは、母君の形見だと言っていたね」
「は、はい。私が、その、例のハセルタイン伯爵と結婚する際に持たせてくれたものなんです。あなたが幸せになれるよう願いを込めておいたから、お守りにしてねって。どこか何かを懐かしむような優しい目で、このネックレスを見つめていたのを覚えています。母の瞳は、このルビーと同じ赤い色をしていたんです。私はその色を受け継ぎませんでしたが……。アリューシャ様と母が同じ瞳の色でしたから、畏れ多くも最初からアリューシャ様には親近感を持っておりましたわ」

 思い出して話しながら、なんだか胸が無性にざわざわしてきた。鼓動が高鳴り、ふと頭をよぎったありもしない可能性に、息が苦しくなる。……まさかね。そんなはずがない。
 けれど……。

 私の目をジッと見つめながら話を聞いていたセレオン殿下は、次にアリューシャ王女に尋ねる。

「アリューシャ、お前のこのネックレスを、私は初めて見た。これはいつ、どこで?」

 気になって気になって、私も食い入るようにアリューシャ王女を見つめた。気になりすぎて昨夜は一睡もできなかったぐらいだ。こんな偶然、あまりにも不思議すぎる。
 アリューシャ王女は顔を上げ、セレオン殿下を見て口を開いた。

「……実は私のこれも、死んだお母様の形見なの。まだ小さかったけれど、母から何度も聞かされていたから覚えてる。このネックレスは、お母様が一番大切にしているものだって、お母様のお母様から贈られたものだって言っていたわ。大きくなったら、あなたにあげるからねって。……だからお母様が亡くなって、王宮からの使者が来て連れて行かれるってなった時、あたし真っ先に引き出しを開けてこのネックレスを持って出たの。不安でたまらなかったから。これをお母様と思って、一緒に王宮に行ってもらおうって……」
「……アリューシャさま……」

 そんな話を聞いてしまったら、込み上げてくるものを抑えられなくなる。その時、どれほど心細かっただろうか。私がそばにいてあげられたら、決して片時も離れずにその手を握って、頭を撫でていてあげたのに。
 思わず零れてしまった涙を、慌てて取り出したハンカチで拭っていると、セレオン殿下がアリューシャ王女に再度尋ねた。

「アリューシャの母君の、母君。間違いなく、そう仰っていたんだね?」
「ええ。たしかにそう言っていたわ」
「……ミラベル嬢は?母君から、このネックレスについて何か詳しい話を聞いたことはあるかい?」
「い……いいえ……。ただ、このルビーの下に下がっている月の飾りがとても神秘的よね、とか……。そんなことを言いながら私にくれただけでした。私もその時はそんなに深く考えていなくて、ただ母が大切にしていたアクセサリーのうちの一つを、お守りとして娘の私に分けてくれたのだと考えていたので……」

 セレオン殿下の質問にそう答えながら、私は過去の自分の行動を後悔していた。なぜあの時もっと深く母に尋ねなかったのだろう。このネックレスにはどんな思い出があるの?とか、どなたから贈られたものなの?とか……。何か聞いておけばよかった。
 このネックレスを愛おしそうに見つめ、はい、と私に手渡してくれた時、私は、ありがとうお母様、ずっと大切にするわと答えただけだった。母もそれ以上、私に何も言わなかったのだ。

「……この二つのケースも、どうやら全く同じもののようですし、同じ店で買ったものか、あるいは作らせたものなのでしょうね。……この、繊細で珍しい精巧なデザインを考えれば、特別に作らせたものと見て間違いないでしょうが」

 セレオン殿下のそばに立っていたジーンさんが、呟くようにそう口を挟んだ。その言葉を聞いて殿下も何度か軽く頷くような動きをしながら、しばらく黙って二つのネックレスとケースに目をやっていた。

 飾りのモチーフだけが違う、二つのルビーのネックレス。
 全く同じ白いケース。

 無意識にアリューシャ王女の方を見ると、彼女も私のことをジッと見つめていた。

 その瞳には、切実な思いがこめられているように感じた。
 まるで私と同じように、一つの可能性について思い至ったかのように。




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