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39. 侯爵令嬢の豹変
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「……美味しい……っ」
セレオン殿下のお部屋で初めてのお菓子をいただいた私は、思わず感嘆の声を漏らした。
小さなカップ型のタルト生地の中には、柔らかなスポンジと甘さ控えめのクリームが層になり重なっていて、その上には乾燥させた数種類の果実の粒がパラパラとトッピングされている。凝った作りのそのお菓子は、見た目も味も格別だった。
「気に入ってくれてよかった。ミラベル嬢は甘いものが好きだから、喜んでくれるといいと思って買ってこさせたんだ。令嬢たちの間で今流行っているらしいよ」
「……っ、」
(私が甘いもの好きだって、気付いていらっしゃったのね、殿下……)
そう思うと頬が熱くなる。たしかに、こうして何度もお茶を共にするたびに食べたことのない様々な高級菓子が出てくるのを、ひそかに感激しながらいただいていた。でも目を輝かせてがっついてしまわないようにと充分気を付けていたつもりだったのに……。どうしてバレちゃったんだろう。
優しい微笑みを浮かべて私のことを見つめているセレオン殿下の視線に、ますます顔が熱くなってきた。
「お兄さまぁ。私も甘いものは好きなんですけどー」
「っ?……もちろん知っているよ。だからこうしてお前の分も準備していただろう、アリューシャ。……なぜそんな顔をする」
唇を尖らせてジトーッとした目で殿下を見つめるアリューシャ王女。妹君のその姿に、セレオン殿下は少し慌てた様子でそう返事をする。
そんな殿下に向かって、アリューシャ王女はからかうように言った。
「だってぇ……、さっきからお兄様ったら、ミラベルさんのことばかり気にかけてるんだもの。このお菓子だって、まるでミラベルさんのためだけに用意したみたーい」
「っ、……馬鹿なことを。そんなはずがないだろう。ちゃんとお前のことも……」
「ふふ。はいはい。分かってるわ、お兄様。ありがと」
アリューシャ王女のその言葉に、なぜだか殿下は少し顔を強張らせた。眦がうっすら赤く染まっている。……そんな殿下を見ていると、何となく私まで落ち着かない気持ちになってきた。殿下の方を見ていられなくて、目の前のお菓子に視線を落とす。
「アリューシャ、この後の予定は?」
殿下が話題を変えるようにそう質問する。
「今からは歴史のお勉強よ。その後は語学。……今日はもうミラベルさんとのお勉強の時間がないから寂しいわ」
「ふふ。また明日ご一緒しましょうね、アリューシャ様」
少ししょぼんとしてしまったアリューシャ王女に、私は自然と微笑みかけていた。
その後セレオン殿下とアリューシャ王女とのお茶の時間をしばらく楽しみ、私たちは殿下の部屋を後にした。二人で少しお喋りをしながら廊下を歩き、アリューシャ王女のお部屋の近くで別れようとした、その時だった。
「ごきげんよう、王女殿下、ミラベルさん」
「っ?!」
近くの曲がり角から突然ウィリス侯爵令嬢が姿を現し、心臓が飛び出すほど驚いた。……王太子殿下の婚約者候補のご令嬢なのだから、別に王宮にいても不思議ではない。セレオン殿下に呼ばれることも普通にあるわけだし。だけど、こんな風に笑顔で声をかけてこられるなんて……。
「……ごきげんよう、ダイアナさん」
「ごきげんよう、ウィリス侯爵令嬢」
アリューシャ王女に続き、私も挨拶を返す。するとウィリス侯爵令嬢はニコリと美しく微笑み、その後しおらしい表情を作ると、私たちに向かって詫びの言葉を述べた。
「先日は大変失礼をいたしました。王女殿下にもミラベルさんにも、ご不快な思いをさせてしまいましたわ。以後は言葉を慎み、二度とあのようなことのないよう弁えて行動いたします。何卒お許しくださいませ」
「……っ、」
(どっ……、どうしたの、突然……っ)
王妃陛下のお茶会でのことを謝罪しているのだとは思うけれど、私はそのあとにもこの人と一度会っている。すれ違う時、この人は私の挨拶に返事もせず、すごい目つきで思い切り睨みつけてきた。……それなのに、何?急に。心境の変化……?
「ご丁寧にどうもありがとう。もう終わったことですわ。お気になさらず」
「……寛大なお言葉、痛み入りますわ、王女殿下」
アリューシャ王女の大人な態度に、相手もしずしずと礼をする。何だか不気味だけれど、私は口を挟まずにいた。
するとウィリス侯爵令嬢は、私とアリューシャ王女に向かってこう言った。
「ミラベルさん、実は、あなた様と少しお話したいことがございますの。……王女殿下、ミラベルさんとお話するお時間を賜ってもよろしいでしょうか」
(……私と?)
一体何の話があるというのだろう。
セレオン殿下のお部屋で初めてのお菓子をいただいた私は、思わず感嘆の声を漏らした。
小さなカップ型のタルト生地の中には、柔らかなスポンジと甘さ控えめのクリームが層になり重なっていて、その上には乾燥させた数種類の果実の粒がパラパラとトッピングされている。凝った作りのそのお菓子は、見た目も味も格別だった。
「気に入ってくれてよかった。ミラベル嬢は甘いものが好きだから、喜んでくれるといいと思って買ってこさせたんだ。令嬢たちの間で今流行っているらしいよ」
「……っ、」
(私が甘いもの好きだって、気付いていらっしゃったのね、殿下……)
そう思うと頬が熱くなる。たしかに、こうして何度もお茶を共にするたびに食べたことのない様々な高級菓子が出てくるのを、ひそかに感激しながらいただいていた。でも目を輝かせてがっついてしまわないようにと充分気を付けていたつもりだったのに……。どうしてバレちゃったんだろう。
優しい微笑みを浮かべて私のことを見つめているセレオン殿下の視線に、ますます顔が熱くなってきた。
「お兄さまぁ。私も甘いものは好きなんですけどー」
「っ?……もちろん知っているよ。だからこうしてお前の分も準備していただろう、アリューシャ。……なぜそんな顔をする」
唇を尖らせてジトーッとした目で殿下を見つめるアリューシャ王女。妹君のその姿に、セレオン殿下は少し慌てた様子でそう返事をする。
そんな殿下に向かって、アリューシャ王女はからかうように言った。
「だってぇ……、さっきからお兄様ったら、ミラベルさんのことばかり気にかけてるんだもの。このお菓子だって、まるでミラベルさんのためだけに用意したみたーい」
「っ、……馬鹿なことを。そんなはずがないだろう。ちゃんとお前のことも……」
「ふふ。はいはい。分かってるわ、お兄様。ありがと」
アリューシャ王女のその言葉に、なぜだか殿下は少し顔を強張らせた。眦がうっすら赤く染まっている。……そんな殿下を見ていると、何となく私まで落ち着かない気持ちになってきた。殿下の方を見ていられなくて、目の前のお菓子に視線を落とす。
「アリューシャ、この後の予定は?」
殿下が話題を変えるようにそう質問する。
「今からは歴史のお勉強よ。その後は語学。……今日はもうミラベルさんとのお勉強の時間がないから寂しいわ」
「ふふ。また明日ご一緒しましょうね、アリューシャ様」
少ししょぼんとしてしまったアリューシャ王女に、私は自然と微笑みかけていた。
その後セレオン殿下とアリューシャ王女とのお茶の時間をしばらく楽しみ、私たちは殿下の部屋を後にした。二人で少しお喋りをしながら廊下を歩き、アリューシャ王女のお部屋の近くで別れようとした、その時だった。
「ごきげんよう、王女殿下、ミラベルさん」
「っ?!」
近くの曲がり角から突然ウィリス侯爵令嬢が姿を現し、心臓が飛び出すほど驚いた。……王太子殿下の婚約者候補のご令嬢なのだから、別に王宮にいても不思議ではない。セレオン殿下に呼ばれることも普通にあるわけだし。だけど、こんな風に笑顔で声をかけてこられるなんて……。
「……ごきげんよう、ダイアナさん」
「ごきげんよう、ウィリス侯爵令嬢」
アリューシャ王女に続き、私も挨拶を返す。するとウィリス侯爵令嬢はニコリと美しく微笑み、その後しおらしい表情を作ると、私たちに向かって詫びの言葉を述べた。
「先日は大変失礼をいたしました。王女殿下にもミラベルさんにも、ご不快な思いをさせてしまいましたわ。以後は言葉を慎み、二度とあのようなことのないよう弁えて行動いたします。何卒お許しくださいませ」
「……っ、」
(どっ……、どうしたの、突然……っ)
王妃陛下のお茶会でのことを謝罪しているのだとは思うけれど、私はそのあとにもこの人と一度会っている。すれ違う時、この人は私の挨拶に返事もせず、すごい目つきで思い切り睨みつけてきた。……それなのに、何?急に。心境の変化……?
「ご丁寧にどうもありがとう。もう終わったことですわ。お気になさらず」
「……寛大なお言葉、痛み入りますわ、王女殿下」
アリューシャ王女の大人な態度に、相手もしずしずと礼をする。何だか不気味だけれど、私は口を挟まずにいた。
するとウィリス侯爵令嬢は、私とアリューシャ王女に向かってこう言った。
「ミラベルさん、実は、あなた様と少しお話したいことがございますの。……王女殿下、ミラベルさんとお話するお時間を賜ってもよろしいでしょうか」
(……私と?)
一体何の話があるというのだろう。
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