上 下
39 / 75

39. 侯爵令嬢の豹変

しおりを挟む
「……美味しい……っ」

 セレオン殿下のお部屋で初めてのお菓子をいただいた私は、思わず感嘆の声を漏らした。
 小さなカップ型のタルト生地の中には、柔らかなスポンジと甘さ控えめのクリームが層になり重なっていて、その上には乾燥させた数種類の果実の粒がパラパラとトッピングされている。凝った作りのそのお菓子は、見た目も味も格別だった。

「気に入ってくれてよかった。ミラベル嬢は甘いものが好きだから、喜んでくれるといいと思って買ってこさせたんだ。令嬢たちの間で今流行っているらしいよ」
「……っ、」

(私が甘いもの好きだって、気付いていらっしゃったのね、殿下……)

 そう思うと頬が熱くなる。たしかに、こうして何度もお茶を共にするたびに食べたことのない様々な高級菓子が出てくるのを、ひそかに感激しながらいただいていた。でも目を輝かせてがっついてしまわないようにと充分気を付けていたつもりだったのに……。どうしてバレちゃったんだろう。
 優しい微笑みを浮かべて私のことを見つめているセレオン殿下の視線に、ますます顔が熱くなってきた。

「お兄さまぁ。私も甘いものは好きなんですけどー」
「っ?……もちろん知っているよ。だからこうしてお前の分も準備していただろう、アリューシャ。……なぜそんな顔をする」

 唇を尖らせてジトーッとした目で殿下を見つめるアリューシャ王女。妹君のその姿に、セレオン殿下は少し慌てた様子でそう返事をする。
 そんな殿下に向かって、アリューシャ王女はからかうように言った。

「だってぇ……、さっきからお兄様ったら、ミラベルさんのことばかり気にかけてるんだもの。このお菓子だって、まるでミラベルさんのためだけに用意したみたーい」
「っ、……馬鹿なことを。そんなはずがないだろう。ちゃんとお前のことも……」
「ふふ。はいはい。分かってるわ、お兄様。ありがと」

 アリューシャ王女のその言葉に、なぜだか殿下は少し顔を強張らせた。眦がうっすら赤く染まっている。……そんな殿下を見ていると、何となく私まで落ち着かない気持ちになってきた。殿下の方を見ていられなくて、目の前のお菓子に視線を落とす。

「アリューシャ、この後の予定は?」

 殿下が話題を変えるようにそう質問する。

「今からは歴史のお勉強よ。その後は語学。……今日はもうミラベルさんとのお勉強の時間がないから寂しいわ」
「ふふ。また明日ご一緒しましょうね、アリューシャ様」

 少ししょぼんとしてしまったアリューシャ王女に、私は自然と微笑みかけていた。



 その後セレオン殿下とアリューシャ王女とのお茶の時間をしばらく楽しみ、私たちは殿下の部屋を後にした。二人で少しお喋りをしながら廊下を歩き、アリューシャ王女のお部屋の近くで別れようとした、その時だった。

「ごきげんよう、王女殿下、ミラベルさん」
「っ?!」

 近くの曲がり角から突然ウィリス侯爵令嬢が姿を現し、心臓が飛び出すほど驚いた。……王太子殿下の婚約者候補のご令嬢なのだから、別に王宮にいても不思議ではない。セレオン殿下に呼ばれることも普通にあるわけだし。だけど、こんな風に笑顔で声をかけてこられるなんて……。

「……ごきげんよう、ダイアナさん」
「ごきげんよう、ウィリス侯爵令嬢」

 アリューシャ王女に続き、私も挨拶を返す。するとウィリス侯爵令嬢はニコリと美しく微笑み、その後しおらしい表情を作ると、私たちに向かって詫びの言葉を述べた。

「先日は大変失礼をいたしました。王女殿下にもミラベルさんにも、ご不快な思いをさせてしまいましたわ。以後は言葉を慎み、二度とあのようなことのないよう弁えて行動いたします。何卒お許しくださいませ」
「……っ、」

(どっ……、どうしたの、突然……っ)

 王妃陛下のお茶会でのことを謝罪しているのだとは思うけれど、私はそのあとにもこの人と一度会っている。すれ違う時、この人は私の挨拶に返事もせず、すごい目つきで思い切り睨みつけてきた。……それなのに、何?急に。心境の変化……?

「ご丁寧にどうもありがとう。もう終わったことですわ。お気になさらず」
「……寛大なお言葉、痛み入りますわ、王女殿下」

 アリューシャ王女の大人な態度に、相手もしずしずと礼をする。何だか不気味だけれど、私は口を挟まずにいた。
 するとウィリス侯爵令嬢は、私とアリューシャ王女に向かってこう言った。

「ミラベルさん、実は、あなた様と少しお話したいことがございますの。……王女殿下、ミラベルさんとお話するお時間を賜ってもよろしいでしょうか」

(……私と?)

 一体何の話があるというのだろう。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

処理中です...