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34. 夕暮れのバルコニーで
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その日はアリューシャ王女と二人で昼食を済ませた後、大陸の国々の歴史について復習をした。そして我が国と近隣諸国との交流や貿易について、過去の災害時の支援のやり取りや条約の締結など、アリューシャ王女もこれまで私と勉強してきたことを、こうだったわよね、ああだったわよねと積極的に発言し、その記憶力の良さで私を驚かせた。
「……何でもよく覚えていらっしゃいますこと。素晴らしいですわ、アリューシャ様」
「本当?ミラベルさん。私、偉い?」
「ふふ。ええ、とても。もう私の助力などなくとも、王宮の先生方との日々のお勉強だけで充分に……、……っ、」
しまった。アリューシャ王女の成長ぶりに感心して、つい余計なことを言ってしまった……。
褒められて赤い瞳をキラキラさせていたアリューシャ王女が、途端に悲しげな表情を浮かべる。今にも泣き出しそうだ。私は慌ててフォローを入れた。
「もっ、もちろん、そうは言っても私はまだまだこちらでお世話になる予定ですけどね。ええ。私がいた方が、アリューシャ様もやる気が出て、前向きに頑張ってくださいますしね?それに私自身も、アリューシャ様と一緒に過ごす時間がとても好きなんです。ここはとても、居心地が良いですわ」
私がそう言うと、アリューシャ王女のお顔がまたぱあっと明るくなった。
「そうよ!ミラベルさんが一緒にいてくれるから、私頑張れるの。ミラベルさんも、私と一緒にいるのを楽しいと思ってくれてるなら……嬉しいわ」
「はいっ。心からそう思っておりますわ」
「ふふ……。よかったぁ」
そう言って安心したように笑うアリューシャ王女は、本当に可愛らしかった。
「────そうか。順調で何よりだ。こうして君からアリューシャの日々の進捗を聞かせてもらえると、私としても助かるよ。安心して任せていられる。ありがとう」
「そう言っていただけると嬉しいです」
セレオン殿下の言葉に、私は少しはにかみながら返事をする。……最近は以前にも増して、こうしてセレオン殿下のお部屋に呼ばれ二人でお話をする機会が多くなっていた。特にセレオン殿下がお忙しくて朝食や昼食を共にせず、朝から顔を合わせていない日は、今日みたいに夕方や夜に少しお部屋に呼ばれてお話をするのが日課になっていた。
……あの日、王妃陛下の茶会の後に優しい言葉をかけられて以来、私は以前よりずっとセレオン殿下に対して好ましい感情を抱くようになっていた。もちろん、前から素敵な方だとは知ってはいたけれど、なぜだか最近はこうしてお会いしてお話しできるのが楽しみで仕方ない。殿下がお呼びですと使いの人が来れば、心臓が音を立て、そわそわする。そして殿下の姿を目にすると、誰かに直に掴まれたように胸がきゅうっと痺れるのだった。形容しがたい、落ち着かない気持ち。
「……では、私はこれで失礼いたします」
もういつも通りの報告も終わったな、と思い、自分の方から殿下にそう申し出た。すると殿下は少し慌てたように私の顔を見る。
「……待って、ミラベル嬢。その、……もしよかったら、少しバルコニーに出てみないかい?」
「……えっ?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返す。すると殿下は少し照れくさそうに微笑んで言った。
「今の時間は、夕日がとても綺麗に見えるんだよ。私の気分転換に、少しだけ付き合ってくれるかい?」
「……は……、はい。喜んで」
私がそう返事をすると、殿下は本当に素敵な笑顔を見せた。思わず息を呑むほどに。
「……っ、まぁ……っ!」
「ね?綺麗だろう?」
殿下に誘われてお部屋のバルコニーに出ると、辺り一面が夢のようなオレンジ色の世界に染まっていた。他のお部屋からも夕方の景色は見られるけれど、ここから見る風景は格別だった。
「……とても素敵です……。街全体が見渡せるんですね」
「そうだね。この王宮自体が少し小高いところにあるし、その中でもここは最上階だから。……君と一緒に見てみたかったんだ。いつもは一人で見ている、この景色を」
「……っ、」
セレオン殿下のその言葉に、心臓が、大きく跳ねる。……ど、どういう意味だろう。いつもは一人で見ていらっしゃる景色を、……どうして私と……?
高鳴る自分の鼓動を意識しながら、私は努めて冷静を装い、目の前のオレンジ色の世界に目を向けた。……隣に立っている殿下の視線を感じる。ドキドキして、そちらを向くことができない。頬がどんどん熱くなってきた。
(……夕方でよかった……。このみっともなく火照った顔も、きっとバレていないわ)
これは何なのだろう。緊張なのか、……もっと別の、何かなのか。……この気持ちに、気付いてはいけない気がする。深く考えない方がいい。私は本能的にそう思っていた。
「……本当に綺麗だ」
「……はい。ここはとても美しい王国ですわ」
「……そうだね」
その声があまりにも優しくて、私は思わず殿下の方に視線を向けた。その完璧に整った美しいお顔は、夕日や風景ではなく私にだけ向けられていて、思わず息が止まる。繊細にきらめく金色の髪は幻想的な輝きを見せ、青い瞳は炎のような夕暮れの色を移して艶かしく揺れていた。
その瞳の中に心が吸い込まれてしまいそうなほどに、とても美しかった。
このまま見つめあっていてはいけない。ふとそんな気になり、私は慌てて街の風景に視線を戻す。
「……ありがとうございます、殿下。こうしてゆっくりと夕暮れの景色を楽しむゆとりなんてない生活を、長いこと送っていましたから……、その……」
……だから?だから、何だと言うの?だから今この瞬間がとても幸せです、なんて言ってしまったら、まるで私が、この方のことをすごく特別に想っているようにとられてしまわない……っ?
内心慌てふためきながらそんなことを考え、しどろもどろになっていると、殿下が静かな声で噛みしめるように言った。
「……本当に、辛い結婚生活だったんだね」
(……うっ……。墓穴を掘ってしまった……)
「……何でもよく覚えていらっしゃいますこと。素晴らしいですわ、アリューシャ様」
「本当?ミラベルさん。私、偉い?」
「ふふ。ええ、とても。もう私の助力などなくとも、王宮の先生方との日々のお勉強だけで充分に……、……っ、」
しまった。アリューシャ王女の成長ぶりに感心して、つい余計なことを言ってしまった……。
褒められて赤い瞳をキラキラさせていたアリューシャ王女が、途端に悲しげな表情を浮かべる。今にも泣き出しそうだ。私は慌ててフォローを入れた。
「もっ、もちろん、そうは言っても私はまだまだこちらでお世話になる予定ですけどね。ええ。私がいた方が、アリューシャ様もやる気が出て、前向きに頑張ってくださいますしね?それに私自身も、アリューシャ様と一緒に過ごす時間がとても好きなんです。ここはとても、居心地が良いですわ」
私がそう言うと、アリューシャ王女のお顔がまたぱあっと明るくなった。
「そうよ!ミラベルさんが一緒にいてくれるから、私頑張れるの。ミラベルさんも、私と一緒にいるのを楽しいと思ってくれてるなら……嬉しいわ」
「はいっ。心からそう思っておりますわ」
「ふふ……。よかったぁ」
そう言って安心したように笑うアリューシャ王女は、本当に可愛らしかった。
「────そうか。順調で何よりだ。こうして君からアリューシャの日々の進捗を聞かせてもらえると、私としても助かるよ。安心して任せていられる。ありがとう」
「そう言っていただけると嬉しいです」
セレオン殿下の言葉に、私は少しはにかみながら返事をする。……最近は以前にも増して、こうしてセレオン殿下のお部屋に呼ばれ二人でお話をする機会が多くなっていた。特にセレオン殿下がお忙しくて朝食や昼食を共にせず、朝から顔を合わせていない日は、今日みたいに夕方や夜に少しお部屋に呼ばれてお話をするのが日課になっていた。
……あの日、王妃陛下の茶会の後に優しい言葉をかけられて以来、私は以前よりずっとセレオン殿下に対して好ましい感情を抱くようになっていた。もちろん、前から素敵な方だとは知ってはいたけれど、なぜだか最近はこうしてお会いしてお話しできるのが楽しみで仕方ない。殿下がお呼びですと使いの人が来れば、心臓が音を立て、そわそわする。そして殿下の姿を目にすると、誰かに直に掴まれたように胸がきゅうっと痺れるのだった。形容しがたい、落ち着かない気持ち。
「……では、私はこれで失礼いたします」
もういつも通りの報告も終わったな、と思い、自分の方から殿下にそう申し出た。すると殿下は少し慌てたように私の顔を見る。
「……待って、ミラベル嬢。その、……もしよかったら、少しバルコニーに出てみないかい?」
「……えっ?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返す。すると殿下は少し照れくさそうに微笑んで言った。
「今の時間は、夕日がとても綺麗に見えるんだよ。私の気分転換に、少しだけ付き合ってくれるかい?」
「……は……、はい。喜んで」
私がそう返事をすると、殿下は本当に素敵な笑顔を見せた。思わず息を呑むほどに。
「……っ、まぁ……っ!」
「ね?綺麗だろう?」
殿下に誘われてお部屋のバルコニーに出ると、辺り一面が夢のようなオレンジ色の世界に染まっていた。他のお部屋からも夕方の景色は見られるけれど、ここから見る風景は格別だった。
「……とても素敵です……。街全体が見渡せるんですね」
「そうだね。この王宮自体が少し小高いところにあるし、その中でもここは最上階だから。……君と一緒に見てみたかったんだ。いつもは一人で見ている、この景色を」
「……っ、」
セレオン殿下のその言葉に、心臓が、大きく跳ねる。……ど、どういう意味だろう。いつもは一人で見ていらっしゃる景色を、……どうして私と……?
高鳴る自分の鼓動を意識しながら、私は努めて冷静を装い、目の前のオレンジ色の世界に目を向けた。……隣に立っている殿下の視線を感じる。ドキドキして、そちらを向くことができない。頬がどんどん熱くなってきた。
(……夕方でよかった……。このみっともなく火照った顔も、きっとバレていないわ)
これは何なのだろう。緊張なのか、……もっと別の、何かなのか。……この気持ちに、気付いてはいけない気がする。深く考えない方がいい。私は本能的にそう思っていた。
「……本当に綺麗だ」
「……はい。ここはとても美しい王国ですわ」
「……そうだね」
その声があまりにも優しくて、私は思わず殿下の方に視線を向けた。その完璧に整った美しいお顔は、夕日や風景ではなく私にだけ向けられていて、思わず息が止まる。繊細にきらめく金色の髪は幻想的な輝きを見せ、青い瞳は炎のような夕暮れの色を移して艶かしく揺れていた。
その瞳の中に心が吸い込まれてしまいそうなほどに、とても美しかった。
このまま見つめあっていてはいけない。ふとそんな気になり、私は慌てて街の風景に視線を戻す。
「……ありがとうございます、殿下。こうしてゆっくりと夕暮れの景色を楽しむゆとりなんてない生活を、長いこと送っていましたから……、その……」
……だから?だから、何だと言うの?だから今この瞬間がとても幸せです、なんて言ってしまったら、まるで私が、この方のことをすごく特別に想っているようにとられてしまわない……っ?
内心慌てふためきながらそんなことを考え、しどろもどろになっていると、殿下が静かな声で噛みしめるように言った。
「……本当に、辛い結婚生活だったんだね」
(……うっ……。墓穴を掘ってしまった……)
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