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29. 嫌味合戦
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侍女によって案内された席は、なんと王妃陛下のわりと近くの席。アリューシャ王女はまだ分かるけれど、私まで王女殿下の隣に座ることになるなんて……。まぁ、アリューシャ王女のサポートをするのにはうってつけだけど。これも王妃陛下のお気遣いだろうか。
(……げ)
ところが、顔を上げてびっくり。目の前で私にきっつい視線を送ってきているのは、あの日セレオン殿下のお部屋を出てからすれ違ったご令嬢の一人だったのだ。つまり、セレオン殿下のご婚約者候補のうちのお一人。腰より下までありそうな長い赤毛は上から下までとてもゴージャスにくるくると巻かれ、存在感がすごい。席についた私たちを品定めするように、アリューシャ王女を見て、その視線をまた私に戻すと頭のてっぺんから胸元までジロジロと眺め、ふいっと視線を逸らす。
(……怖いんですけど)
すでに気後れ気味だったけれど、そんな自分に慌てて喝を入れ、姿勢をピシッと正した。
「本日は随分とご様子が違いますこと、王女殿下。王妃陛下の仰るとおり、ご立派になられましたわ」
(……んっ?)
突然高らかな嫌味ったらしい声が聞こえ、そちらに顔を向けると、あの時すれ違ったもう一人のご令嬢が王妃陛下の差し向かいの席に座っており、好戦的な目つきでアリューシャ王女の方を見据えていた。こちらも目が眩むほどピッカピカに艶のある長い金髪を綺麗に巻いていて、とても派手だ。ドレスも真っ赤で、誰より目立っている。
「お褒めいただき嬉しいですわ。ありがとうございます、オルブライト公爵令嬢」
……なるほど、王妃陛下のお席に近いあちらがオルブライト公爵令嬢か。ということは、目の前のこの方が、ウィリス侯爵令嬢ね。
何度も練習を重ねたとおりに、アリューシャ王女が落ち着いた姿勢のままで品のある笑みを浮かべ、優雅にそう返事をする。すると長い金髪のオルブライト公爵令嬢は、
「ええ。そうして静かに座っていらっしゃると、誰だか分からないほどですわ。まるで別人のようでいらっしゃって。高貴な出のお姫様と見誤ってしまいそうですわ。素晴らしい先生方がついていらっしゃいますのね」
……ん……?
「さぁ、王妃陛下。皆様揃ったことですし」
「……ええ。そうね。皆様、お集まりくださって嬉しいわ。今日は珍しいお菓子がありますの。召し上がってくださる?」
オルブライト公爵令嬢が何だか棘のある言い方をした後、すぐさま王妃陛下に会を始めることを促した。
(……やっぱり感じ悪いわぁ……。嫌な人ね)
まるでアリューシャ王女は高貴な出身ではないと、猫を被っているとでも言われたようで気分が悪い。でもそうしてこちらの気分を害することがあの方の目的なのだろう。ふん、相手にしてやるものですか。
ちらりと隣のアリューシャ王女を見ると、何でもないような顔で静かに微笑んでいる。素晴らしいです、アリューシャ様。私は心の中で彼女を褒め称えた。
見たこともない可愛らしいお菓子を前に、集まったご令嬢、ご婦人方がそれぞれ楽しそうに談笑している。……風に見せかけているけれど、互いに腹を探り合うばかりの会話が次々に繰り広げられ、私は緊張してお菓子どころではない。これが、上流階級の茶会……。いや、茶会という名目の、心理戦……?皆が他家の事情に首を突っ込み、そちらのお嬢様はどこの令息と婚約が決まりそうなのかとか、あそこの家は経営状況が悪いそうだが本当なのかとか、さり気ない会話の中からどうにか情報を聞き出そうとしている。王妃陛下はそんな皆の様子をニコニコと見守りながら、ギスギスしがちな会話を時折やんわりと誘導したりしている。
(はぁ……。見てるだけでハラハラするわ……)
その中でも特に辛辣にやり合っているのが、例のセレオン殿下の二人の婚約者候補たちだった。
「今日はまた一段と輝いていらっしゃいますこと、ジュディ様。昼日中の茶会とは思えないほどにきらびやかなその真紅のドレス……素敵ですわね。私などが着たら、その露出の多さで娼婦にでも間違えられてしまいそうですが、さすがはオルブライト公爵家のお嬢様、様になっていらっしゃいますわ。……ですが、セレオン殿下はもっと品のある控えめなデザインがお好みのはず……、あ、失礼いたしました。本日は殿下はいらっしゃらないのですもの。本来のご自分の趣味を隠す必要なんてございませんわね。ふふ」
「……ま。お褒めいただいて光栄だわ、ダイアナ嬢。何と言っても、うちは建国より続く由緒正しい公爵家ですもの。やはりそれなりのものを身に着けませんと。オルブライト家の娘として、皆様の前で貧相な姿は見せられませんわ。こう言っては何ですが、他家とは格が違うわけですから。……あなたも素敵よ、そのグリーンのドレス。まるで先日うちの父が他国の貴族家の方から貰い受けた、世界一美しいと言われている鳥の……フンみたい。そんな色の排泄物を出すのよ。……あら、失礼。このような席でする話ではございませんでしたわね。ダイアナ嬢のドレスを見ていたらつい、思い出してしまって。ふふ」
「…………っ、」
(……う……、うわぁ……)
クスクスと上品ぶって笑うオルブライト公爵令嬢と、憎悪のこもった眼差しで彼女を睨みつけるウィリス侯爵令嬢を見て、私はドン引きした。信じられない。なんて性悪な人たちなんだろう。どっちもどっちだ。ものすごく高貴な方々のはずなのに、嫌味のレベルが低い。互いにどうにかして相手を不快にしてやろうということしか考えていないらしい。
(セレオン殿下はこの人たちのどちらかを妃にしなくてはいけないの?……なんだか、あの方にはあまりにも不釣り合いで、可哀相な気さえするわ……)
先日殿下が「必ずしもどちらかと結婚するというわけではない」と言っていた、あの時の否定的な態度の理由が少し分かった気がした。
王妃陛下は我関せずといった表情で、ゆっくりと紅茶を口に運んでいる。
(……げ)
ところが、顔を上げてびっくり。目の前で私にきっつい視線を送ってきているのは、あの日セレオン殿下のお部屋を出てからすれ違ったご令嬢の一人だったのだ。つまり、セレオン殿下のご婚約者候補のうちのお一人。腰より下までありそうな長い赤毛は上から下までとてもゴージャスにくるくると巻かれ、存在感がすごい。席についた私たちを品定めするように、アリューシャ王女を見て、その視線をまた私に戻すと頭のてっぺんから胸元までジロジロと眺め、ふいっと視線を逸らす。
(……怖いんですけど)
すでに気後れ気味だったけれど、そんな自分に慌てて喝を入れ、姿勢をピシッと正した。
「本日は随分とご様子が違いますこと、王女殿下。王妃陛下の仰るとおり、ご立派になられましたわ」
(……んっ?)
突然高らかな嫌味ったらしい声が聞こえ、そちらに顔を向けると、あの時すれ違ったもう一人のご令嬢が王妃陛下の差し向かいの席に座っており、好戦的な目つきでアリューシャ王女の方を見据えていた。こちらも目が眩むほどピッカピカに艶のある長い金髪を綺麗に巻いていて、とても派手だ。ドレスも真っ赤で、誰より目立っている。
「お褒めいただき嬉しいですわ。ありがとうございます、オルブライト公爵令嬢」
……なるほど、王妃陛下のお席に近いあちらがオルブライト公爵令嬢か。ということは、目の前のこの方が、ウィリス侯爵令嬢ね。
何度も練習を重ねたとおりに、アリューシャ王女が落ち着いた姿勢のままで品のある笑みを浮かべ、優雅にそう返事をする。すると長い金髪のオルブライト公爵令嬢は、
「ええ。そうして静かに座っていらっしゃると、誰だか分からないほどですわ。まるで別人のようでいらっしゃって。高貴な出のお姫様と見誤ってしまいそうですわ。素晴らしい先生方がついていらっしゃいますのね」
……ん……?
「さぁ、王妃陛下。皆様揃ったことですし」
「……ええ。そうね。皆様、お集まりくださって嬉しいわ。今日は珍しいお菓子がありますの。召し上がってくださる?」
オルブライト公爵令嬢が何だか棘のある言い方をした後、すぐさま王妃陛下に会を始めることを促した。
(……やっぱり感じ悪いわぁ……。嫌な人ね)
まるでアリューシャ王女は高貴な出身ではないと、猫を被っているとでも言われたようで気分が悪い。でもそうしてこちらの気分を害することがあの方の目的なのだろう。ふん、相手にしてやるものですか。
ちらりと隣のアリューシャ王女を見ると、何でもないような顔で静かに微笑んでいる。素晴らしいです、アリューシャ様。私は心の中で彼女を褒め称えた。
見たこともない可愛らしいお菓子を前に、集まったご令嬢、ご婦人方がそれぞれ楽しそうに談笑している。……風に見せかけているけれど、互いに腹を探り合うばかりの会話が次々に繰り広げられ、私は緊張してお菓子どころではない。これが、上流階級の茶会……。いや、茶会という名目の、心理戦……?皆が他家の事情に首を突っ込み、そちらのお嬢様はどこの令息と婚約が決まりそうなのかとか、あそこの家は経営状況が悪いそうだが本当なのかとか、さり気ない会話の中からどうにか情報を聞き出そうとしている。王妃陛下はそんな皆の様子をニコニコと見守りながら、ギスギスしがちな会話を時折やんわりと誘導したりしている。
(はぁ……。見てるだけでハラハラするわ……)
その中でも特に辛辣にやり合っているのが、例のセレオン殿下の二人の婚約者候補たちだった。
「今日はまた一段と輝いていらっしゃいますこと、ジュディ様。昼日中の茶会とは思えないほどにきらびやかなその真紅のドレス……素敵ですわね。私などが着たら、その露出の多さで娼婦にでも間違えられてしまいそうですが、さすがはオルブライト公爵家のお嬢様、様になっていらっしゃいますわ。……ですが、セレオン殿下はもっと品のある控えめなデザインがお好みのはず……、あ、失礼いたしました。本日は殿下はいらっしゃらないのですもの。本来のご自分の趣味を隠す必要なんてございませんわね。ふふ」
「……ま。お褒めいただいて光栄だわ、ダイアナ嬢。何と言っても、うちは建国より続く由緒正しい公爵家ですもの。やはりそれなりのものを身に着けませんと。オルブライト家の娘として、皆様の前で貧相な姿は見せられませんわ。こう言っては何ですが、他家とは格が違うわけですから。……あなたも素敵よ、そのグリーンのドレス。まるで先日うちの父が他国の貴族家の方から貰い受けた、世界一美しいと言われている鳥の……フンみたい。そんな色の排泄物を出すのよ。……あら、失礼。このような席でする話ではございませんでしたわね。ダイアナ嬢のドレスを見ていたらつい、思い出してしまって。ふふ」
「…………っ、」
(……う……、うわぁ……)
クスクスと上品ぶって笑うオルブライト公爵令嬢と、憎悪のこもった眼差しで彼女を睨みつけるウィリス侯爵令嬢を見て、私はドン引きした。信じられない。なんて性悪な人たちなんだろう。どっちもどっちだ。ものすごく高貴な方々のはずなのに、嫌味のレベルが低い。互いにどうにかして相手を不快にしてやろうということしか考えていないらしい。
(セレオン殿下はこの人たちのどちらかを妃にしなくてはいけないの?……なんだか、あの方にはあまりにも不釣り合いで、可哀相な気さえするわ……)
先日殿下が「必ずしもどちらかと結婚するというわけではない」と言っていた、あの時の否定的な態度の理由が少し分かった気がした。
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