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27. 教育係としての日々
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アリューシャ王女の教育係としての毎日は、とても充実していた。
朝起きて身につけるものは、いつも数々の美しいドレスの中から選ぶことができた。セレオン王太子殿下が、「ドレスを身にまとった君の立ち居振る舞いがアリューシャの勉強にもなるはずだから」という名目のもと、次々に贈ってくださるのだ。さすがに申し訳なさすぎて、今後は今までいただいたものを着回しさせてくださいとお願いした。王太子殿下にとっては些細なことでも、私には身に余る贅沢すぎたのだ。殿下は少し寂しそうなお顔をしたけれど、この申し出を受け入れてくださった。……とは言え、やはり時折何かと理由をつけては新しいドレスが贈られたりするのだけれど。
朝食をアリューシャ王女と、時間が合う時にはセレオン殿下も交えて一緒にとり、その後お勉強の時間に入る。各場面で必要なマナーや挨拶、様々な知識……、学園で学んできたことが、これほど役に立つ日がやって来るなんて。真面目に勉強してきて本当によかったと思えた。
(……あ、そうだわ。学園といえば、友人や先輩たちにまたお手紙を出しておかなくちゃ。離婚してハセルタイン伯爵邸を出たことを以前連絡したままだったわ。落ち着く先が決まったらまた手紙を出すと書いたきりだもの。きっと心配してくれてるはずよね)
でもきっとビックリするだろうなぁ。まさか私が突然王宮勤めになってるなんて。王女殿下の教育係になったことまでは伏せておこう。皆が腰を抜かすかもしれない。
アリューシャ王女に他の教師の方々とのお勉強が入っている時間は、私も部屋に戻り自分の勉強をする。先輩方からたくさん参考書や教科書を譲ってもらっていたし、王宮内にある図書館に自由に出入りすることも、セレオン殿下から許可していただいている。学び放題だ。アリューシャ王女のためにも、私自身がもっともっと深い知識を蓄えておかなくちゃ。
それからまたアリューシャ王女に空き時間ができた時は、彼女の方から私の部屋を尋ねてきたりする。そして午後のお勉強をしたり、「王妃陛下とのお茶会の予行練習」と称して二人でお茶をしたりもする。
毎日が新鮮で、とても楽しかった。朝から晩までお金のことや領地の経営について頭を悩ませながら、元夫の暴力に怯えることも、後妻のブリジットに虐められることもない。平穏で幸せな日々だった。ただ、ハセルタイン領の人々の暮らしは大丈夫だろうかとか、元夫ヴィントとブリジットの暮らしは今どうなっているのだろうかと、時折頭をかすめることはあった。
そんな中、王妃陛下の茶会の日が近付いてくるにつれ、セレオン殿下が心配そうなそぶりを見せるようになった。いつものように殿下のお部屋に呼ばれて伺い、アリューシャ王女の勉強の進捗などを話している時に、ふいに殿下がこんなことを仰った。
「……母もいるし、他のご婦人やご令嬢方の目もあることだから、露骨な嫌がらせを受けることはないとは思うけれど……、もしもその、君らに妙なことを言ってくる女性がいても、気にしなくていいから。何かあったら私にちゃんと報告してほしい。中にはその、……すごく気の強い女性もいることだから」
殿下の様子に、何が言いたいのかピンときた。
「存じ上げております。オルブライト公爵令嬢と、ウィリス侯爵令嬢ですわよね。先日、ここの廊下ですれ違いまして、その時に王女殿下からお名前を伺っております」
「……ああ、そうだ。特に彼女たち。……いいかい?もしも君やアリューシャに無礼な態度をとるようだったら、私にきちんと教えておくれ。君にもアリューシャにも、嫌な思いをさせたくはないから」
「ありがとうございます殿下。承知いたしました。アリューシャ王女に対するお二人の少し素っ気ないご様子は先日拝見いたしましたし、何かあればご報告させていただきます。ですが、仮にも殿下のご婚約者候補のお二人……。こちらも失礼のないよう、充分注意して同席させていただきますわ」
私が明るくそう答えると、セレオン殿下はなぜだか少し困ったような、何とも複雑そうな顔をして、まるで言い訳でもするかのように言った。
「……まぁ……、まだ婚約は決まったわけじゃない。あくまでも政治的な面を考慮して、彼女たちが最有力の候補者に挙がっているというだけだから。必ずしも、私がそのどちらかと結婚するとは限らないんだ」
「……はい。分かりましたわ」
(……??)
セレオン殿下は、あのお二人のどちらかを選ぶのがお嫌なのかしら……。
殿下の態度を見て、私は何となくそう思った。
普段は部屋の片隅で気配を消すようにして控えているジーンさんが、ふいにふぅ、とため息のような声を漏らした。
朝起きて身につけるものは、いつも数々の美しいドレスの中から選ぶことができた。セレオン王太子殿下が、「ドレスを身にまとった君の立ち居振る舞いがアリューシャの勉強にもなるはずだから」という名目のもと、次々に贈ってくださるのだ。さすがに申し訳なさすぎて、今後は今までいただいたものを着回しさせてくださいとお願いした。王太子殿下にとっては些細なことでも、私には身に余る贅沢すぎたのだ。殿下は少し寂しそうなお顔をしたけれど、この申し出を受け入れてくださった。……とは言え、やはり時折何かと理由をつけては新しいドレスが贈られたりするのだけれど。
朝食をアリューシャ王女と、時間が合う時にはセレオン殿下も交えて一緒にとり、その後お勉強の時間に入る。各場面で必要なマナーや挨拶、様々な知識……、学園で学んできたことが、これほど役に立つ日がやって来るなんて。真面目に勉強してきて本当によかったと思えた。
(……あ、そうだわ。学園といえば、友人や先輩たちにまたお手紙を出しておかなくちゃ。離婚してハセルタイン伯爵邸を出たことを以前連絡したままだったわ。落ち着く先が決まったらまた手紙を出すと書いたきりだもの。きっと心配してくれてるはずよね)
でもきっとビックリするだろうなぁ。まさか私が突然王宮勤めになってるなんて。王女殿下の教育係になったことまでは伏せておこう。皆が腰を抜かすかもしれない。
アリューシャ王女に他の教師の方々とのお勉強が入っている時間は、私も部屋に戻り自分の勉強をする。先輩方からたくさん参考書や教科書を譲ってもらっていたし、王宮内にある図書館に自由に出入りすることも、セレオン殿下から許可していただいている。学び放題だ。アリューシャ王女のためにも、私自身がもっともっと深い知識を蓄えておかなくちゃ。
それからまたアリューシャ王女に空き時間ができた時は、彼女の方から私の部屋を尋ねてきたりする。そして午後のお勉強をしたり、「王妃陛下とのお茶会の予行練習」と称して二人でお茶をしたりもする。
毎日が新鮮で、とても楽しかった。朝から晩までお金のことや領地の経営について頭を悩ませながら、元夫の暴力に怯えることも、後妻のブリジットに虐められることもない。平穏で幸せな日々だった。ただ、ハセルタイン領の人々の暮らしは大丈夫だろうかとか、元夫ヴィントとブリジットの暮らしは今どうなっているのだろうかと、時折頭をかすめることはあった。
そんな中、王妃陛下の茶会の日が近付いてくるにつれ、セレオン殿下が心配そうなそぶりを見せるようになった。いつものように殿下のお部屋に呼ばれて伺い、アリューシャ王女の勉強の進捗などを話している時に、ふいに殿下がこんなことを仰った。
「……母もいるし、他のご婦人やご令嬢方の目もあることだから、露骨な嫌がらせを受けることはないとは思うけれど……、もしもその、君らに妙なことを言ってくる女性がいても、気にしなくていいから。何かあったら私にちゃんと報告してほしい。中にはその、……すごく気の強い女性もいることだから」
殿下の様子に、何が言いたいのかピンときた。
「存じ上げております。オルブライト公爵令嬢と、ウィリス侯爵令嬢ですわよね。先日、ここの廊下ですれ違いまして、その時に王女殿下からお名前を伺っております」
「……ああ、そうだ。特に彼女たち。……いいかい?もしも君やアリューシャに無礼な態度をとるようだったら、私にきちんと教えておくれ。君にもアリューシャにも、嫌な思いをさせたくはないから」
「ありがとうございます殿下。承知いたしました。アリューシャ王女に対するお二人の少し素っ気ないご様子は先日拝見いたしましたし、何かあればご報告させていただきます。ですが、仮にも殿下のご婚約者候補のお二人……。こちらも失礼のないよう、充分注意して同席させていただきますわ」
私が明るくそう答えると、セレオン殿下はなぜだか少し困ったような、何とも複雑そうな顔をして、まるで言い訳でもするかのように言った。
「……まぁ……、まだ婚約は決まったわけじゃない。あくまでも政治的な面を考慮して、彼女たちが最有力の候補者に挙がっているというだけだから。必ずしも、私がそのどちらかと結婚するとは限らないんだ」
「……はい。分かりましたわ」
(……??)
セレオン殿下は、あのお二人のどちらかを選ぶのがお嫌なのかしら……。
殿下の態度を見て、私は何となくそう思った。
普段は部屋の片隅で気配を消すようにして控えているジーンさんが、ふいにふぅ、とため息のような声を漏らした。
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