【完結済】王女様の教育係 〜 虐げられ続けた元伯爵妻は今、王太子殿下から溺愛されています 〜

鳴宮野々花@書籍2冊発売中

文字の大きさ
上 下
9 / 75

9. アリューシャが消えた(※sideセレオン)

しおりを挟む
 執務の合間に侍従が持ってきてくれた茶を飲み、束の間の休息を取りながら、先日の父との会話について考える。
 幼少の頃から決まっていた私の婚約者は、昨年重い肺の病を患い、私との結婚を目前にその地位を退くこととなった。筆頭公爵家の娘で、幼い頃から徹底した王太子妃教育を受けてきていた優秀な令嬢ではあったが、日常生活にさえ差し障りが出るほどの病状が続けば、仕方のない決断ではあった。
 もう24にもなった私の、次の婚約者の選定が急がれていた。別の公爵家の娘と、もう一人、王家の遠縁にあたる侯爵家の娘が有力候補に上がっている。どちらも学業の面においては非常に優秀だ。

(だが、いかんせん人柄がな……。ああまで高慢で自己中心的な令嬢たちでは……)

 二人の候補者たちとは何度も顔を合わせている。互いが互いを蹴落とし自分が王太子妃の座に収まることしか考えていない。もちろん、貴族の娘たちなのだから必死になることが理解できないわけではないが、あまりにも醜い女同士の争いを見せつけられて、どちらを選ぶにしても躊躇する。

(……本当にいいのか……?彼女らのうちのどちらかを王太子妃に迎えても)

 知識と教養だけで務まる職務ではない。彼女たちに、身分の低い者、自分たちよりも弱い立場の者を守り、大切にしようとする心があるようには到底思えない。

 そんなことをぐるぐると考えながら熱い紅茶に口をつけていた、その時だった。末の王女アリューシャ付きの護衛の一人が、血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。

「何事だ」

 そばにいた私の側近ジーンが、冷たい目つきでその護衛を睨めつけ尖った声を上げる。護衛は額にびっしょりと汗を浮かべ、真っ白な顔をして口を開いた。

「もっ、申し上げます……!アリューシャ王女殿下が、ゆ、ゆ、行方知れずとなりました……っ」
「…………何だと?」

 我知らず低い声が出る。思わず立ち上がった。

「どういうことだ。きちんと説明しろ」

 横からジーンが進み出て、威圧的な口調で護衛に問いただす。護衛はしどろもどろになりながら声を絞り出した。

「は、は……っ!ア、アリューシャ王女殿下のご要望で、我々はいつものように王女殿下の格闘術の鍛錬のお相手をしておりました。裏手の、庭園の奥でです……。そこで……、我々が、少し休憩を、その、とっている間に……。気付けば王女殿下のお姿がなくなっており……」
「誰も付き添ってはいなかったのか?一人も?」

 ジーンがきつく問い詰めると、護衛は額の汗を袖口で乱暴に拭いながら頭を垂れた。

「い、いえ、その……、近くにはおりましたが、我々が少し立ち話をしている間に……いつの間にか……。先ほどから王宮内をくまなく探しておりますが、どこにも……」
「……私はあれほど言っておいたはずだ。アリューシャを蔑ろにすることなく、王女として丁重に世話し、守るようにと。決して目を離すなと」

 怒りのあまり声が震えそうになる。ぐっと拳を握りしめて護衛を睨みつけると、男はさらに頭を下げる。

「も……っ、申し訳ございませんっ!!か、必ずや探し出しますので……っ」

 怒りが収まらない。アリューシャはどこに行った?無事なのか?

 アリューシャは私の父である国王の庶子だ。すでに隣国や国内の公爵家に嫁いだ上の王女たちとは違い、彼女はこの王宮内で軽んじられ、一部の人間たちからは冷遇されていた。 父が王宮勤めだったある女性との間に設けた娘。アリューシャを身籠ったことが分かると、その女性は王宮から静かに姿を消したという。他の王族の子供たちとは違い、下位貴族出身の自分の娘ではきっと邪険にされ、ろくな待遇が期待できないと思ったからだろう。
 しかし父はひそかにその女性と娘のアリューシャを探し出し、二人の生活を見守っていたらしい。そして今からおよそ九年前、アリューシャの母であるその女性が病で亡くなったことを知った。
 こうしてアリューシャは4歳の時に引き取られ、この王宮に居を移したのだった。その時父の命により、アリューシャは第一側妃の養女となり、一応の後ろ盾は得ている。しかし周囲のアリューシャに対する態度は私たち王妃の子どもとは明らかに違っていた。
 私はアリューシャが可愛かった。まだ4歳という幼さで、突然このような冷たい場所に放り込まれたアリューシャ。不安でたまらなかったのだろう。私が優しく接してやると素直に懐き、いつも私のそばにいるようになった。艷やかな深い栗色の髪に、燃えるような真っ赤な瞳。小さな頃からとても美しい子だった。活発で勝ち気な性格をしていたが、その反面とても優しく、虚勢を張ってはいるが、実は繊細で傷つきやすい一面もある。母代わりであるはずの第一側妃や王宮の多くの人間から冷たい対応をされ、心ない言葉を浴びせられることもあったようだが、そのたびにアリューシャは一人でこっそり泣いていたようだ。アリューシャ付きの侍女から報告を受けるたび、私の胸は痛んだ。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。

ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」 書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。 今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、 5年経っても帰ってくることはなかった。 そして、10年後… 「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

処理中です...