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9. アリューシャが消えた(※sideセレオン)
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執務の合間に侍従が持ってきてくれた茶を飲み、束の間の休息を取りながら、先日の父との会話について考える。
幼少の頃から決まっていた私の婚約者は、昨年重い肺の病を患い、私との結婚を目前にその地位を退くこととなった。筆頭公爵家の娘で、幼い頃から徹底した王太子妃教育を受けてきていた優秀な令嬢ではあったが、日常生活にさえ差し障りが出るほどの病状が続けば、仕方のない決断ではあった。
もう24にもなった私の、次の婚約者の選定が急がれていた。別の公爵家の娘と、もう一人、王家の遠縁にあたる侯爵家の娘が有力候補に上がっている。どちらも学業の面においては非常に優秀だ。
(だが、いかんせん人柄がな……。ああまで高慢で自己中心的な令嬢たちでは……)
二人の候補者たちとは何度も顔を合わせている。互いが互いを蹴落とし自分が王太子妃の座に収まることしか考えていない。もちろん、貴族の娘たちなのだから必死になることが理解できないわけではないが、あまりにも醜い女同士の争いを見せつけられて、どちらを選ぶにしても躊躇する。
(……本当にいいのか……?彼女らのうちのどちらかを王太子妃に迎えても)
知識と教養だけで務まる職務ではない。彼女たちに、身分の低い者、自分たちよりも弱い立場の者を守り、大切にしようとする心があるようには到底思えない。
そんなことをぐるぐると考えながら熱い紅茶に口をつけていた、その時だった。末の王女アリューシャ付きの護衛の一人が、血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。
「何事だ」
そばにいた私の側近ジーンが、冷たい目つきでその護衛を睨めつけ尖った声を上げる。護衛は額にびっしょりと汗を浮かべ、真っ白な顔をして口を開いた。
「もっ、申し上げます……!アリューシャ王女殿下が、ゆ、ゆ、行方知れずとなりました……っ」
「…………何だと?」
我知らず低い声が出る。思わず立ち上がった。
「どういうことだ。きちんと説明しろ」
横からジーンが進み出て、威圧的な口調で護衛に問いただす。護衛はしどろもどろになりながら声を絞り出した。
「は、は……っ!ア、アリューシャ王女殿下のご要望で、我々はいつものように王女殿下の格闘術の鍛錬のお相手をしておりました。裏手の、庭園の奥でです……。そこで……、我々が、少し休憩を、その、とっている間に……。気付けば王女殿下のお姿がなくなっており……」
「誰も付き添ってはいなかったのか?一人も?」
ジーンがきつく問い詰めると、護衛は額の汗を袖口で乱暴に拭いながら頭を垂れた。
「い、いえ、その……、近くにはおりましたが、我々が少し立ち話をしている間に……いつの間にか……。先ほどから王宮内をくまなく探しておりますが、どこにも……」
「……私はあれほど言っておいたはずだ。アリューシャを蔑ろにすることなく、王女として丁重に世話し、守るようにと。決して目を離すなと」
怒りのあまり声が震えそうになる。ぐっと拳を握りしめて護衛を睨みつけると、男はさらに頭を下げる。
「も……っ、申し訳ございませんっ!!か、必ずや探し出しますので……っ」
怒りが収まらない。アリューシャはどこに行った?無事なのか?
アリューシャは私の父である国王の庶子だ。すでに隣国や国内の公爵家に嫁いだ上の王女たちとは違い、彼女はこの王宮内で軽んじられ、一部の人間たちからは冷遇されていた。 父が王宮勤めだったある女性との間に設けた娘。アリューシャを身籠ったことが分かると、その女性は王宮から静かに姿を消したという。他の王族の子供たちとは違い、下位貴族出身の自分の娘ではきっと邪険にされ、ろくな待遇が期待できないと思ったからだろう。
しかし父はひそかにその女性と娘のアリューシャを探し出し、二人の生活を見守っていたらしい。そして今からおよそ九年前、アリューシャの母であるその女性が病で亡くなったことを知った。
こうしてアリューシャは4歳の時に引き取られ、この王宮に居を移したのだった。その時父の命により、アリューシャは第一側妃の養女となり、一応の後ろ盾は得ている。しかし周囲のアリューシャに対する態度は私たち王妃の子どもとは明らかに違っていた。
私はアリューシャが可愛かった。まだ4歳という幼さで、突然このような冷たい場所に放り込まれたアリューシャ。不安でたまらなかったのだろう。私が優しく接してやると素直に懐き、いつも私のそばにいるようになった。艷やかな深い栗色の髪に、燃えるような真っ赤な瞳。小さな頃からとても美しい子だった。活発で勝ち気な性格をしていたが、その反面とても優しく、虚勢を張ってはいるが、実は繊細で傷つきやすい一面もある。母代わりであるはずの第一側妃や王宮の多くの人間から冷たい対応をされ、心ない言葉を浴びせられることもあったようだが、そのたびにアリューシャは一人でこっそり泣いていたようだ。アリューシャ付きの侍女から報告を受けるたび、私の胸は痛んだ。
幼少の頃から決まっていた私の婚約者は、昨年重い肺の病を患い、私との結婚を目前にその地位を退くこととなった。筆頭公爵家の娘で、幼い頃から徹底した王太子妃教育を受けてきていた優秀な令嬢ではあったが、日常生活にさえ差し障りが出るほどの病状が続けば、仕方のない決断ではあった。
もう24にもなった私の、次の婚約者の選定が急がれていた。別の公爵家の娘と、もう一人、王家の遠縁にあたる侯爵家の娘が有力候補に上がっている。どちらも学業の面においては非常に優秀だ。
(だが、いかんせん人柄がな……。ああまで高慢で自己中心的な令嬢たちでは……)
二人の候補者たちとは何度も顔を合わせている。互いが互いを蹴落とし自分が王太子妃の座に収まることしか考えていない。もちろん、貴族の娘たちなのだから必死になることが理解できないわけではないが、あまりにも醜い女同士の争いを見せつけられて、どちらを選ぶにしても躊躇する。
(……本当にいいのか……?彼女らのうちのどちらかを王太子妃に迎えても)
知識と教養だけで務まる職務ではない。彼女たちに、身分の低い者、自分たちよりも弱い立場の者を守り、大切にしようとする心があるようには到底思えない。
そんなことをぐるぐると考えながら熱い紅茶に口をつけていた、その時だった。末の王女アリューシャ付きの護衛の一人が、血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。
「何事だ」
そばにいた私の側近ジーンが、冷たい目つきでその護衛を睨めつけ尖った声を上げる。護衛は額にびっしょりと汗を浮かべ、真っ白な顔をして口を開いた。
「もっ、申し上げます……!アリューシャ王女殿下が、ゆ、ゆ、行方知れずとなりました……っ」
「…………何だと?」
我知らず低い声が出る。思わず立ち上がった。
「どういうことだ。きちんと説明しろ」
横からジーンが進み出て、威圧的な口調で護衛に問いただす。護衛はしどろもどろになりながら声を絞り出した。
「は、は……っ!ア、アリューシャ王女殿下のご要望で、我々はいつものように王女殿下の格闘術の鍛錬のお相手をしておりました。裏手の、庭園の奥でです……。そこで……、我々が、少し休憩を、その、とっている間に……。気付けば王女殿下のお姿がなくなっており……」
「誰も付き添ってはいなかったのか?一人も?」
ジーンがきつく問い詰めると、護衛は額の汗を袖口で乱暴に拭いながら頭を垂れた。
「い、いえ、その……、近くにはおりましたが、我々が少し立ち話をしている間に……いつの間にか……。先ほどから王宮内をくまなく探しておりますが、どこにも……」
「……私はあれほど言っておいたはずだ。アリューシャを蔑ろにすることなく、王女として丁重に世話し、守るようにと。決して目を離すなと」
怒りのあまり声が震えそうになる。ぐっと拳を握りしめて護衛を睨みつけると、男はさらに頭を下げる。
「も……っ、申し訳ございませんっ!!か、必ずや探し出しますので……っ」
怒りが収まらない。アリューシャはどこに行った?無事なのか?
アリューシャは私の父である国王の庶子だ。すでに隣国や国内の公爵家に嫁いだ上の王女たちとは違い、彼女はこの王宮内で軽んじられ、一部の人間たちからは冷遇されていた。 父が王宮勤めだったある女性との間に設けた娘。アリューシャを身籠ったことが分かると、その女性は王宮から静かに姿を消したという。他の王族の子供たちとは違い、下位貴族出身の自分の娘ではきっと邪険にされ、ろくな待遇が期待できないと思ったからだろう。
しかし父はひそかにその女性と娘のアリューシャを探し出し、二人の生活を見守っていたらしい。そして今からおよそ九年前、アリューシャの母であるその女性が病で亡くなったことを知った。
こうしてアリューシャは4歳の時に引き取られ、この王宮に居を移したのだった。その時父の命により、アリューシャは第一側妃の養女となり、一応の後ろ盾は得ている。しかし周囲のアリューシャに対する態度は私たち王妃の子どもとは明らかに違っていた。
私はアリューシャが可愛かった。まだ4歳という幼さで、突然このような冷たい場所に放り込まれたアリューシャ。不安でたまらなかったのだろう。私が優しく接してやると素直に懐き、いつも私のそばにいるようになった。艷やかな深い栗色の髪に、燃えるような真っ赤な瞳。小さな頃からとても美しい子だった。活発で勝ち気な性格をしていたが、その反面とても優しく、虚勢を張ってはいるが、実は繊細で傷つきやすい一面もある。母代わりであるはずの第一側妃や王宮の多くの人間から冷たい対応をされ、心ない言葉を浴びせられることもあったようだが、そのたびにアリューシャは一人でこっそり泣いていたようだ。アリューシャ付きの侍女から報告を受けるたび、私の胸は痛んだ。
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