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6. 揉め事
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騒ぎの周囲では、身なりのいいご婦人たちが眉をひそめたり、男の人たちが興味津々な顔をして覗き込んだりしている。
「物乞いのガキが腹を減らしてたから何だって言うんだ!!え?!うちの商品を黙って持ち出して食べさせやがって!いいからさっさと金を払えって言ってんだよ!!」
「全く厚かましいわね……!役人を呼びに行くわよ!」
こじんまりとした店の軒先では、その店の店主と思われる夫婦が女の子相手に怒っていて、ご主人がその子の腕を掴んでいる。お店の方に目をやると、窓越しに様々な可愛らしいお菓子やケーキが並んでいる。腕を掴まれた女の子がその手を振り払おうと暴れていた。
(……なんて綺麗な子……。それに……)
女の子は動きやすそうなズボンとシャツだけの軽装だったけれど、上品な雰囲気が漂いとても美しい顔立ちをしていた。チョコレートのような色をした艷やかな長い髪を無造作に後頭部の高い位置で束ねており、その瞳は燃えるように赤かった。12、3歳くらいだろうか。情熱的な瞳の色は、亡き母を思わせた。
揉み合う二人の後ろには、綺麗な色のお菓子を手に持った、その子よりもっと小さい女の子がいる。こちらは粗末な身なりをしていて髪もボサボサだ。そして震えながら泣いている。しゃくり上げ、涙で顔はびしょびしょだった。
「い、痛い……!痛いってば!離してよ!……離しなさいっ!!」
「チッ!偉そうにしやがって……盗人のくせに……!」
ダメだ。とても放っておけない。何かを考える余裕もなく、私は人垣をかき分けて前に進み出た。
「あ、あの!……ちょっと一旦落ち着いて、この子の話を聞いてあげてもらえませんか?とても泥棒をするような悪い子には見えませんわ」
私がそう声をかけると、店主と思われる男は青筋を立てたまま私をギロッと睨みつけた。腕を掴まれている女の子はハッとした表情で私を見つめる。……近くで見るとますます可愛い。
「部外者は引っ込んでろ!!」
「……っ、ね、どういう事情なのかお姉さんに話してくれる?」
私は店主と思われる男性の手を引き離そうと割って入りながら、その赤い瞳の少女に話しかけた。
「っ!お、お金をすぐに払わなきゃいけないなんて知らなかったの……!お店の前で、この小さな女の子がずっと中を見ていたから、お腹すいたの?って……。そしたら頷いたから、可哀相になって、私……」
「馬鹿言え!!すぐに金を払わないんなら、一体いつ払うつもりだったんだ!大人になってからか?!随分長いツケじゃねぇか!え?!」
「お、落ち着いてください……っ!」
たしかに妙だとは思った。この歳でどうして「買い物したらお金をすぐに払う」ということを知らないのだろうか。……もしかしたら、深窓のお嬢様なのかしら……?自分で買い物したことがない……?
「すぐに払うってば!!一度帰らせてよ!!」
「ふざけるな!!逃げようったってそうはいかねぇぞ!!」
「もう役人を呼びに行くわ、あなた」
店主の妻と思われる人がそう言って歩きだした。慌てて口を挟む。
「っ!ま、待ってください……!私が立て替えますから……っ」
「痛いってば!痛い痛いっ!!」
「ええい暴れるな小娘が!!」
ガツッ!!
その時だった。暴れる女の子と揉み合っていた店主の腕がふいに外れ、その勢いで私の顔面に思いっきりぶつかったのだ。
「~~~~~~っ!!」
(い……、いったぁ……!)
衝撃でまた左耳に激痛が走る。私はたまらず耳を押さえて蹲った。
「っ!お、お姉さん……っ!」
「お、おい!……大丈夫か?」
女の子と店主の慌てた声が聞こえるけど、あまりの痛さに声が出ない。痛すぎて涙が滲む。周囲のざわめきが大きくなってきた、その時だった。
「……お嬢様」
落ち着き払ったよく通る低い声が聞こえた。
「っ!!ジーン……ッ!」
「ようやく見つけました。全く……あなたというお方は。……これは一体何の騒ぎですか」
痛みに耐えながらおそるおそる顔を上げる。そこにはオリーブグレーの髪色をした、黒い瞳の長身の男性が立っていて、私のことをジッと見下ろしていた。
「物乞いのガキが腹を減らしてたから何だって言うんだ!!え?!うちの商品を黙って持ち出して食べさせやがって!いいからさっさと金を払えって言ってんだよ!!」
「全く厚かましいわね……!役人を呼びに行くわよ!」
こじんまりとした店の軒先では、その店の店主と思われる夫婦が女の子相手に怒っていて、ご主人がその子の腕を掴んでいる。お店の方に目をやると、窓越しに様々な可愛らしいお菓子やケーキが並んでいる。腕を掴まれた女の子がその手を振り払おうと暴れていた。
(……なんて綺麗な子……。それに……)
女の子は動きやすそうなズボンとシャツだけの軽装だったけれど、上品な雰囲気が漂いとても美しい顔立ちをしていた。チョコレートのような色をした艷やかな長い髪を無造作に後頭部の高い位置で束ねており、その瞳は燃えるように赤かった。12、3歳くらいだろうか。情熱的な瞳の色は、亡き母を思わせた。
揉み合う二人の後ろには、綺麗な色のお菓子を手に持った、その子よりもっと小さい女の子がいる。こちらは粗末な身なりをしていて髪もボサボサだ。そして震えながら泣いている。しゃくり上げ、涙で顔はびしょびしょだった。
「い、痛い……!痛いってば!離してよ!……離しなさいっ!!」
「チッ!偉そうにしやがって……盗人のくせに……!」
ダメだ。とても放っておけない。何かを考える余裕もなく、私は人垣をかき分けて前に進み出た。
「あ、あの!……ちょっと一旦落ち着いて、この子の話を聞いてあげてもらえませんか?とても泥棒をするような悪い子には見えませんわ」
私がそう声をかけると、店主と思われる男は青筋を立てたまま私をギロッと睨みつけた。腕を掴まれている女の子はハッとした表情で私を見つめる。……近くで見るとますます可愛い。
「部外者は引っ込んでろ!!」
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私は店主と思われる男性の手を引き離そうと割って入りながら、その赤い瞳の少女に話しかけた。
「っ!お、お金をすぐに払わなきゃいけないなんて知らなかったの……!お店の前で、この小さな女の子がずっと中を見ていたから、お腹すいたの?って……。そしたら頷いたから、可哀相になって、私……」
「馬鹿言え!!すぐに金を払わないんなら、一体いつ払うつもりだったんだ!大人になってからか?!随分長いツケじゃねぇか!え?!」
「お、落ち着いてください……っ!」
たしかに妙だとは思った。この歳でどうして「買い物したらお金をすぐに払う」ということを知らないのだろうか。……もしかしたら、深窓のお嬢様なのかしら……?自分で買い物したことがない……?
「すぐに払うってば!!一度帰らせてよ!!」
「ふざけるな!!逃げようったってそうはいかねぇぞ!!」
「もう役人を呼びに行くわ、あなた」
店主の妻と思われる人がそう言って歩きだした。慌てて口を挟む。
「っ!ま、待ってください……!私が立て替えますから……っ」
「痛いってば!痛い痛いっ!!」
「ええい暴れるな小娘が!!」
ガツッ!!
その時だった。暴れる女の子と揉み合っていた店主の腕がふいに外れ、その勢いで私の顔面に思いっきりぶつかったのだ。
「~~~~~~っ!!」
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「っ!!ジーン……ッ!」
「ようやく見つけました。全く……あなたというお方は。……これは一体何の騒ぎですか」
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