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80. 革新
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「リネット、ラナは今新しい侍女たちの面接中だったかしら」
「はいそうです、アリア様。侍女長には午前中のうちに面接の方々の資料や紹介状を全て渡してあります」
「ありがとう」
エルドと二人で昼食を終えた私は執務室に戻り、午後の仕事に取りかかっていた。
ラナがここに残ってくれていて本当によかった。誠実で有能な人の多くがこの王宮から去っていってしまったけれど、あの劣悪な環境の中耐えて残ってくれた人たちもいれば、私の呼びかけに応じて戻ってきてくれた人たちもいる。
落ちるところまで落ちてしまったこの国だ。民たちの暮らしはまだ以前の水準に戻ったとは到底言えない。だけど試行錯誤を重ねながら、一日でも早く皆の暮らしをもっと楽なものにしてあげなくてはとエルドと共に毎日奮闘している。カナルヴァーラをはじめとする周辺諸国からの多大な支援も本当にありがたい。
その時、執務室に入ってきた使用人が緊張した面持ちで告げる。
「失礼いたします女王陛下。デイヴィス侯爵、及びプレストン辺境伯夫人がご到着なさいました」
「あら、もう?……謁見室にお通しして。すぐに参ります」
待ち望んだ人の来訪を知り、私の心は弾む。コーデリア様とはもう何ヶ月も書簡のやり取りを続けている。そして今日、ついに久方ぶりの再会が叶うこととなった。
「大変ご無沙汰しております、女王陛下」
謁見室に入るなり、コーデリア様の見事なカーテシーが披露される。久しぶりに訪れるであろう王宮。緊張しているのだろうか。畏まった挨拶をしてくれる彼女の表情は、わずかに強張っているように見える。
「ふふ。以前のように呼んでくださる?コーデリア様。ようやくお会いすることが叶って本当に嬉しいわ。それに……、」
隣の立派な紳士に視線を移すやいなや、その男性は丁寧に挨拶をくれた。
「お初にお目にかかります、女王陛下。デイヴィス侯爵領当主、ハンバート・デイヴィスでございます。御心のこもったお手紙を度々いただきましたこと……痛み入ります」
どことなくコーデリア様と面立ちの似た侯爵は、その穏やかな雰囲気までとてもよく似ていた。
「はじめまして、デイヴィス侯爵。この度は私の望みを聞き入れてくださり、心から感謝しておりますわ」
「こちらこそ。外交官長という責任ある大役をまた任せていただく日が来るとは夢にも思いませんでした。精一杯尽力して参る所存にございます」
「頼りにしています、デイヴィス侯爵」
処刑された私の元夫、ジェラルド前国王への失望からとうにこの王宮を去っていたデイヴィス侯爵は、私の度重なる懇願に応じこうして要職に戻ってきてくれた。彼の多大なる功績についてはよく知っている。どうしても王宮に戻り、私の治世をそばで支えてほしかった。粘り勝ちだ。
そして……
「本当に私でよろしいのですか?アリア様。プレストン領の運営もありますし、王宮近くに年中留まることもかないません。常におそばにいられるわけでもないですが……」
「よく分かっているわ、コーデリア様。それでもあなたに私の補佐役の一人となってほしいのよ。今の王宮にはあなたのような人の力が必要だわ。あなたが培ってきた知識とその素晴らしい知恵を、どうか私に貸してほしい」
「……光栄です、アリア様」
コーデリア様はそう言うと、花が綻ぶようにふんわりと笑った。
「まさかこんな形で王家のお役に立つ日がやって来るなんて……。人生って分からないものですね」
それからデイヴィス侯爵とコーデリア様父娘との事務的な打ち合わせや今後についての話し合いを終え、私は久しぶりに会った友人を部屋に招きお茶をふるまった。
リネットが入れてくれた紅茶を一口飲むと、コーデリア様は目をキラキラさせながら私に問う。
「それでアリア様、結婚式はいかがなさいますの?」
「んー……、まだとても考えられないわね。国がこんな状態なのに、派手に式を挙げるわけにもいかないし。新しく伴侶を迎えたことはひとまず国民へ通達したことだし、今はただ仕事に没頭するのみだわ」
「そうですか……。ですがアリア様は、国民から広く慕われていらっしゃいます。あのような国王の元で長く不遇の時を過ごされながらも、ひたむきに公務に邁進されてきたことは今や周知の事実です。アリア様がお幸せな姿を皆に披露することは、国民にとっても希望の光となると思いますよ」
「ふふ……、ありがとう。そうね、その時期が来たら」
コーデリア様の言葉に元気づけられ、私は微笑んだ。
「王配となられたエルド様は、ファウラー騎士団長のご令息ですわよね。頼もしいお方をお選びになられましたね、アリア様」
「ええ……。そうね」
「……頬が赤いです、アリア様」
「か、からかわないで」
「ふふ……。教えてください、いつから彼のことを……?アリア様の専属護衛騎士を務めていらっしゃったのですよね。以前我が屋敷にお越しいただいた時もご一緒だったのを覚えておりますわ」
まるで学園に通う女子生徒のようにはしゃぎながら、私の恋物語を聞き出そうとするコーデリア様。私はしどろもどろになりながらも、どこか心地良いくすぐったさを感じていた。
「はいそうです、アリア様。侍女長には午前中のうちに面接の方々の資料や紹介状を全て渡してあります」
「ありがとう」
エルドと二人で昼食を終えた私は執務室に戻り、午後の仕事に取りかかっていた。
ラナがここに残ってくれていて本当によかった。誠実で有能な人の多くがこの王宮から去っていってしまったけれど、あの劣悪な環境の中耐えて残ってくれた人たちもいれば、私の呼びかけに応じて戻ってきてくれた人たちもいる。
落ちるところまで落ちてしまったこの国だ。民たちの暮らしはまだ以前の水準に戻ったとは到底言えない。だけど試行錯誤を重ねながら、一日でも早く皆の暮らしをもっと楽なものにしてあげなくてはとエルドと共に毎日奮闘している。カナルヴァーラをはじめとする周辺諸国からの多大な支援も本当にありがたい。
その時、執務室に入ってきた使用人が緊張した面持ちで告げる。
「失礼いたします女王陛下。デイヴィス侯爵、及びプレストン辺境伯夫人がご到着なさいました」
「あら、もう?……謁見室にお通しして。すぐに参ります」
待ち望んだ人の来訪を知り、私の心は弾む。コーデリア様とはもう何ヶ月も書簡のやり取りを続けている。そして今日、ついに久方ぶりの再会が叶うこととなった。
「大変ご無沙汰しております、女王陛下」
謁見室に入るなり、コーデリア様の見事なカーテシーが披露される。久しぶりに訪れるであろう王宮。緊張しているのだろうか。畏まった挨拶をしてくれる彼女の表情は、わずかに強張っているように見える。
「ふふ。以前のように呼んでくださる?コーデリア様。ようやくお会いすることが叶って本当に嬉しいわ。それに……、」
隣の立派な紳士に視線を移すやいなや、その男性は丁寧に挨拶をくれた。
「お初にお目にかかります、女王陛下。デイヴィス侯爵領当主、ハンバート・デイヴィスでございます。御心のこもったお手紙を度々いただきましたこと……痛み入ります」
どことなくコーデリア様と面立ちの似た侯爵は、その穏やかな雰囲気までとてもよく似ていた。
「はじめまして、デイヴィス侯爵。この度は私の望みを聞き入れてくださり、心から感謝しておりますわ」
「こちらこそ。外交官長という責任ある大役をまた任せていただく日が来るとは夢にも思いませんでした。精一杯尽力して参る所存にございます」
「頼りにしています、デイヴィス侯爵」
処刑された私の元夫、ジェラルド前国王への失望からとうにこの王宮を去っていたデイヴィス侯爵は、私の度重なる懇願に応じこうして要職に戻ってきてくれた。彼の多大なる功績についてはよく知っている。どうしても王宮に戻り、私の治世をそばで支えてほしかった。粘り勝ちだ。
そして……
「本当に私でよろしいのですか?アリア様。プレストン領の運営もありますし、王宮近くに年中留まることもかないません。常におそばにいられるわけでもないですが……」
「よく分かっているわ、コーデリア様。それでもあなたに私の補佐役の一人となってほしいのよ。今の王宮にはあなたのような人の力が必要だわ。あなたが培ってきた知識とその素晴らしい知恵を、どうか私に貸してほしい」
「……光栄です、アリア様」
コーデリア様はそう言うと、花が綻ぶようにふんわりと笑った。
「まさかこんな形で王家のお役に立つ日がやって来るなんて……。人生って分からないものですね」
それからデイヴィス侯爵とコーデリア様父娘との事務的な打ち合わせや今後についての話し合いを終え、私は久しぶりに会った友人を部屋に招きお茶をふるまった。
リネットが入れてくれた紅茶を一口飲むと、コーデリア様は目をキラキラさせながら私に問う。
「それでアリア様、結婚式はいかがなさいますの?」
「んー……、まだとても考えられないわね。国がこんな状態なのに、派手に式を挙げるわけにもいかないし。新しく伴侶を迎えたことはひとまず国民へ通達したことだし、今はただ仕事に没頭するのみだわ」
「そうですか……。ですがアリア様は、国民から広く慕われていらっしゃいます。あのような国王の元で長く不遇の時を過ごされながらも、ひたむきに公務に邁進されてきたことは今や周知の事実です。アリア様がお幸せな姿を皆に披露することは、国民にとっても希望の光となると思いますよ」
「ふふ……、ありがとう。そうね、その時期が来たら」
コーデリア様の言葉に元気づけられ、私は微笑んだ。
「王配となられたエルド様は、ファウラー騎士団長のご令息ですわよね。頼もしいお方をお選びになられましたね、アリア様」
「ええ……。そうね」
「……頬が赤いです、アリア様」
「か、からかわないで」
「ふふ……。教えてください、いつから彼のことを……?アリア様の専属護衛騎士を務めていらっしゃったのですよね。以前我が屋敷にお越しいただいた時もご一緒だったのを覚えておりますわ」
まるで学園に通う女子生徒のようにはしゃぎながら、私の恋物語を聞き出そうとするコーデリア様。私はしどろもどろになりながらも、どこか心地良いくすぐったさを感じていた。
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