【完結済】望まれて正妃となったはずなのに、国王は側妃に夢中のようです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売

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77. 風に揺れる花々

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 それからの数ヶ月間、私はひたすら雑務に明け暮れていた。
 国の最高指導者や重鎮たちを失った国内は混乱を極め、私の仕事は尽きることがなかった。新たに国政に参加する者、前国王を見限って国を出たけれど、戻ってきてくれた者などの選定と対応、国民たちへの減税や生活の補助、援助を申し出てくれる近隣諸国とのやり取り……、まだまだ数え切れない。

 そんな中、カナルヴァーラ王国に戻った兄から一通の手紙が届いた。仕事の合間にほんの少しだけ休憩するつもりでソファーに座った私は、リネットが素早く入れてくれた紅茶を飲みながらその手紙の封を切り、内容を確認してから首を傾げた。

(……“我が国で両陛下と共にかの者と面談し、話し合いを重ねた結果、これからのお前の人生を支えるに相応しい人物であるとの結論に至った。末永い幸せを祈る”……?何?これ。一体何の話……?)

 何の脈絡もない内容の短い手紙だった。これ、本当に私宛て……?だとしたら、他の手紙を入れ忘れるか何かしたのかしら?これだけじゃさっぱり分からないんですけど……。

 その時、

「失礼いたします、アリア様。ただ今戻りました」

部屋の中に、久しぶりに見る愛しい人の姿が現れた。その瞬間、兄からの手紙のことは頭から離れた。

「エルド……!お帰りなさい。休暇はどうだった?」
「はい、無事に用事は全て済ませてまいりました。このような大変な時に父と共に長く留守にしてしまい、申し訳ありませんでした、アリア様」
「大丈夫よ。クラークやダグラスたちがよく働いてくれていたわ」

 部屋の片隅に控えている護衛騎士たちに目をやると、皆口々に「お帰りなさいエルドさん!」と声をかけている。ここ一週間ほど、エルドとファウラー騎士団長は家の用事があるからといって休みをとっていたのだ。実は寂しくてならなかったけれど、忙しさのおかげでだいぶ気が紛れていた。

「……アリア様、お話したいことがあります。少しだけ、お時間をいただけませんか」
「……?もちろんよ」

 珍しいな、エルドからこんなことを言われるなんて。何かよほど相談したいことでもできたのだろうか。
 心なしか、その表情が少し強張っている気がする。……何だか不安になり、胸がざわつく。

(深くは聞かなかったけれど……、お父上のファウラー騎士団長と一緒に休みをとるって、一体何の用事だったんだろう……)

 もしかしたら、ここを離れることになった、とか……?まさか、もう会えなくなるなんてこと、ないわよね……?
 普段とは違うエルドの様子に、悪いことばかり考えてしまう。

「もしよければ、中庭に行きませんか?」
「ええ、構わないわ。……リネット、少し空けるから、この後の予定は、」
「大丈夫ですアリア様!本日はもう来客はありませんので。どうぞごゆっくり」

 来客はなくてもやらなくてはならない執務はまだ山ほどある。だけど今はエルドの話が気になって仕方なかった。






「……ご覧ください、アリア様。いつの間にか、春の花々がこんなにも」
「……本当ね。なんて可愛らしいのかしら……」

 朝から晩まで働き詰めの日々の中で、花を愛でる機会などすっかりなくなってしまっていた。私が過ごしていた離宮を臨むこの広大な中庭には、アネモネやガーベラ、水仙などが様々な色を咲かせて風に揺れている。優しく包み込むような春の匂いに、体の熱や乱れる鼓動がなんとなく落ち着いてくるような気がした。
 エルドの隣にいるだけで、私の心は自分でもコントロールできないほどに浮き立ってしまうから。

 だけどエルドはそれからふいに黙り込んでしまった。花々の美しさを堪能しているのかと思ったけれど……、いつまで経っても、何も話さない。
 どうしたのだろうとまた不安になり、声をかけようかと思案していると、

「…少し歩いても、よろしいですか?」
「えっ?……え、ええ、もちろん」

突然エルドがそんなことを言い、私の心臓が大きく跳ねる。エルドは私を見て微笑むと、こちらにスッと手を差し出した。

「……。」

 私はその手の上に自分の手をおずおずと乗せる。……ほら、また。たったこれだけのことで頬がじんわりと熱を帯びてしまう。私の気持ちが、この人にバレていなければいいのだけれど……。

(…温かいな、エルドの手…)

 大きくて、温かい。そしてたくましくて、力強いその手。

 大好きな人に手を引かれながら、夢見心地で花々の周りを歩く。
 たくさんの苦しみが立ちはだかり、多くの人が去っていった。そして今まだ越えられぬ苦難の最中に立ってはいるけれど、この人がずっと変わらず私のそばにいてくれることだけが、奇跡のように幸せだった。



 いつの間にか、私たちは離宮の真下まで歩いてきていた。

(……あ……、ここって…)

 ふと気が付いて、一人顔を赤らめる。ここはあの日、…あの青い月を臨む夜、バルコニーに立つ私をエルドが見上げていた場所だ。
 私がこの人への想いを自覚した、あの思い出の美しい夜。

「…覚えていらっしゃいますか?アリア様。あの夜のことを」

(……っ!)

「……お……、覚えてるわ……」

 エルドの発したその言葉で、同じことを考えていたのだと知り、どうしようもない喜びが胸を満たす。そうか…、エルドも覚えていてくれたのね…。
 そんな些細なことにひそかにときめいていると、彼は私の手を握るその指先に少し力をこめ、信じられないことを口にした。

「あの日、一日中あなたの姿を見ることがかなわなかった俺は、せめてあなたの眠っている寝室を外から見守りたいと思ってここまで来たのです。会いたい想いが抑えきれずに、じっとしていられなかった。そしたらまるでこの俺の気持ちが通じたかのように、あなたはバルコニーへ姿を見せてくださったのです。白い夜着をまとって、青い月明かりにその艷やかな髪を靡かせて。……あの夜のあなたは、本当に美しかった。夜の女神が現れたのかと思ったほどです」
「…………。……え……?」

 何?
 今、何て言ったの?エルド……。

 自分に都合のいい幻聴なのではないか。
 そう思うほどに、彼の紡いだ言葉はまるで、私への熱情に溢れているようで……

 確かめるような、祈るような思いで、私は彼の瞳を見上げた。




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