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69.怯える国王

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「…何ですって……?!マ、マデリーン妃が……?!」

 その日の早朝、カイル様からの報告を聞いた私は思わず立ち上がった。彼は苦しげに顔を歪め、唇を噛んだ。

「…新入りの護衛騎士二人もです。朝侍女が側妃殿を起こしにお部屋に伺ったところ、騎士二人と共に惨殺されていたと」
「……そ……、」

 そんな……。

 すぐには受け入れられず、頭が真っ白になる。護衛はあんなにも大勢付けていたはず…。なぜそんなことに…?
 リネットもエルドたちも皆一様に顔を強張らせてカイル様の言葉の続きを待っている。彼は淡々と説明を始めた。

「側妃付きの侍女の話によると、マデリーン妃は近頃ご夫婦の寝室を使っていない日が多かったそうです。陛下は始終酔いつぶれておられるし、一人の方が気楽だと。…昨夜は彼女自身が指名した二人の新人護衛だけを残し、全員部屋から離れるよう指示があったそうです。最近はそういう指示がなされることがよくあったそうで」
「な、なぜ…?よりにもよって、夜の警備をそんなに手薄にするなんて…」

 正気の沙汰じゃない。ただでさえ、今ジェラルド様やマデリーン妃に悪感情を持っている者は大勢いるというのに。
 するとカイル様は私の疑念を払拭するように言った。

「発見された時、マデリーン妃と二人の護衛たちは全裸だったそうです。護衛たちの死体は首を深く掻き切られた状態でベッドの下に転がり、マデリーン妃は顔、首、胸、腹など数ヵ所を切られ、ベッドの上で悶絶した表情のまま、全身血まみれで息絶えていたと」
「…………っ!」

 カイル様の言葉が耳に届きその意味を理解した途端、一瞬視界が真っ暗になり激しい目まいに襲われた。

「っ!アリア様!」
「きゃっ…!アリア様、お、お気を確かに…!」
「…ごめんなさい、大丈夫よ。ちょっと…、あまりにも、衝撃が…」

 ふらりと体が揺れた瞬間すかさず駆け寄り背中を支えてくれたエルドと、手を握ってくれたリネットに震える声で返事をする。

「つっ…、つまり、それって…、マデリーン妃は、護衛たちと、そ、そのように…夜を過ごされていたと、そういうことですよね…?!し、信じられません…っ」

 私と同じように動揺したらしいリネットが勝手に喋り出したので、カイル様がチラリと冷たい視線を向ける。

「た、たしかにあんな…陛下が…」
「リネット、もういいから。口を閉じて下がっていなさい」
「っ!もっ、申し訳ございませんっ」

 ハッ!とばかりに我に返ったリネットは慌てて下がっていく。それを見届けた私はカイル様に尋ねた。

「…それで、犯人は?」
「現在調査中です。陛下の元へは宰相が報告に行っております」

 …宰相…。

 思わずカイル様の顔を見ると、彼もまた何か言いたげな顔で私の目を見ていた。

「…陛下のところへ参ります」

 私がそう呟くやいなや、エルドたち護衛騎士とリネットが素早く動き出した。






「失礼いたします、陛下」

(…なんてひどい匂い…)
 
 思わず顔をしかめたくなる。以前訪れた時よりも一層酒の匂いが濃くなっている。それに、ハンカチで鼻を覆いたくなるほど不潔な匂い…。
 
「っ!!…お…、おまえ……」

 薄汚い格好で無精髭を伸ばしてソファーに座りこちらに顔を向けた男性は、間違いなく私の夫であった。もう見る影もないけれど。その煤けた顔面は蒼白で、私の方を見てはいるが目の焦点は合っていない。
 そしてジェラルド様の向かいにはザーディン・アドラム公爵が立っている。

「…おや。これはこれは、妃陛下。お騒がせをしておりますな」
「…、宰相閣下。マデリーン妃の身に起こった事件について報告を受けました。分かっている限りのことを、説明してくださる?」

 胡散臭い宰相を見据えながら静かな声でそう言うと、彼は大袈裟に肩をすくめた。

「ちょうど今陛下にもご報告申し上げていたところでございます。マデリーン妃は昨夜から今朝にかけて、護衛二人と共に何者かに惨殺されました」
「……何者か」
「はい」

 アドラム公爵は私がわざと繰り返した言葉に特に反応を示すこともなく説明を続ける。

「マデリーン妃からの強い指示により、死んだ二人の他には昨夜は誰もマデリーン妃の寝室に近づいていないとのことです。今、側妃殿専属の侍女や護衛騎士たちに一人ずつ聞き取り調査を行なってはおります」
「……ア……、アリア…」

 その時、ジェラルド様がずり落ちるようにソファーから降りると、半ば這いつくばりながら私の方へと近寄ってきた。

「た…、助けてくれ、アリア…。俺から、離れないでくれ…」
「…………は…?」

 耳を疑った。私の足元に縋りついてきたジェラルド様は、震える声でそう言うと私の足に抱きついてきたのだ。

「……っ、…お止めください、陛下」
「つ、次は俺の番だ…。俺が…殺される…。恨んでいるんだ、俺の、俺たちのことを…。…あ、あいつらが…、あぁぁ……」

 凄まじいアルコール臭のするジェラルド様は人目も憚らず私に縋りつき、何やら情けないことをブツブツと呟いている。目も当てられない。

(何が俺から離れないでくれよ。この期に及んで…。さんざん近寄るなと突き放しておきながら…)

 蹴り飛ばしてそう罵ってやりたい。こんな後戻りのできないところまで来て、ようやく制裁を受ける恐怖に怯え、私に助けを求めてくるとは。
 だけどこんな脳みそのふやけた男をまともに相手にしている場合じゃない。

 その時、アドラム公爵が誰にともなく突然口を開きこう言った。

「マデリーン妃を死に追いやった犯人は…、おそらく王太后様で間違いないかと存じます」






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