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66.後悔から目を逸らす(※sideジェラルド)

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「ようやく手に入れたぞ、マデリーンよ」
「まぁっ!ジェリー!なんて愛らしいの!嬉しいわぁ、ありがと~う!」

 海を越えたはるか遠くの国からついに入手したその風変わりな犬たちを見た途端、退屈そうに寝そべっていたマデリーンは目を輝かせた。



 この大陸のあらゆる贅沢品を手に入れた愛しい妃は、最近つまらなさそうな顔をすることが多くなった。ここへ来た最初の頃は全てが楽しくてたまらないという風に、その赤茶色の瞳をキラキラと輝かせていた。だが、ドレスにアクセサリー、高級菓子に有名な画家の描いた絵画、一点物の調度品、それから正妃の専属侍女たちや新人護衛たちまで、欲しがるものをなんでも与えてやっているというのに、

「…何だか暇だわぁ」
「あたしやることないの。ゲームも飽きちゃったし、読書は嫌いだし、街へ出かけてももう買うものないし。…はぁ」

などと不貞腐れてはため息をついていることが増えた。

 そんなマデリーンが、茶会でとある令嬢から聞いたのだという。

「あのねジェリー。今日話題に上ったんだけど、最近ね、お金持ちの間では愛玩動物を飼うことが流行ってるんですって!」
「…愛玩動物?」
「そう!ペットよ。それもお金持ちほどなかなか簡単には手に入らない異国の珍しい生き物をペットにしているらしいの。ブローディ侯爵家なんか、西の大陸でしか生息しない珍しい猫を飼っているそうよ!先月の茶会で皆にお披露目してたんですって!」
「ほぉ…。愛玩動物など、俺は少しも興味が湧かんがな」
「えぇ?!どうしてよ!あたしは欲しいわ、ペット。さすがは王家と思われるような、他の金持ちや貴族たちが絶対に手に入れられない珍しい動物が飼いたいのよ。そして皆に自慢するの。すごく可愛い生き物がいいわ。……んねぇ~、ジェリィィ~。……買ってくれるぅ?」

 豊満な胸を押しつけ揺らしながら俺のそばにペッタリとくっついたマデリーンは、俺の袖を引っ張りながらコテンと首を傾ける。

「…だが、財源がな…。辞めさせた家臣たちも散々言っていただろう。王宮にはもう金が…」
「そんなのおかしいわ!だってあなたは王様なのよ?!他の貴族たちがあんなに贅沢してるのに、あたしたちはもう買い物もできないわけ?絶対変よ。…ねぇ、どうにかできないの?」
「…ふむ…」
「お金が使えないなんて、じゃああたしはこれから先、もう手持ちのドレスしか着られないの?新しいアクセサリーは?お茶会はこれからも何度もあるのよ。それなのに同じドレスを着回していたら王家の大恥だわ!あなたが恥をかくってことなのよ、それ。…ね~ぇ、お金が有り余ってる貴族たちから分けてもらったりできないの?」
「馬鹿な。王家が貴族から私財を分けてもらうなど…」

 マデリーンの言葉を鼻で笑い飛ばしたが、その言葉でふと妙案を思いついた。

「…そうか…。徴税額だ。国民たちから徴収している税額を多少増やせばいい」
「え?なぁに?何かいい案があるの?」
「ああ。貴族も平民たちも、数割程度増額したところで痛くも痒くもなかろう。…分かった、マデリーン。どんな生き物がいいのかよく考えておけ」

 俺の言葉にマデリーンの顔がパッと明るくなる。

「いいのっ?!ジェリー。あぁーん素敵!やっぱりあなたは最高の夫だわ!まだこの国の誰も手に入れてない可愛い生き物を探させるわね!うふふふ」



 それから数ヶ月後、この王宮の我々夫婦の部屋に、何とも不思議なフォルムを持った三匹の白い犬たちがやって来たのだった。

「ねぇ見てよジェリー!この子たちの愛らしさ…。小さくて丸くて、しかもこんなにモコモコなのよ。すごいと思わない?まるで空から落っこちてきた小さな雲みたいだわ!ふふふふっ」

 綿毛のような真っ白な子犬たちは落ち着かない様子で部屋の中をウロウロと彷徨っている。

「アンッ!アンッ!」
「キャンッ!キャンッ!」
「…クゥ~ン…。クゥ~ン…」
「ふふふふ…可愛いっ。……きゃっ!やだ、汚い!ちょっとあんたたち、ボーッとしてないですぐにこれ片付けなさいよ!気が利かないわねぇ。引っ叩くわよ!」

 プルプルと震えていた一番気の弱そうな綿毛が粗相をしてしまった。汚らしくて不愉快だ。…だが、マデリーンが喜んでいるのだから水を差すこともなかろう。
 呼びつけられた侍女たちは顔を強張らせながらしゃがみ込み、雑巾で汚物を片付けはじめる。

「…ねぇ。あんた。何なのよその嫌そうな顔は」

 案の定、侍女の態度がマデリーンの逆鱗に触れたらしい。ついさっきまでニコニコしながら綿毛を見守っていたマデリーンは、突如鬼の形相になりドレスの裾を持ち上げると、侍女の一人の顔を蹴り上げた。

「ぎゃっ!!……お……お止めくださいマデリーン妃…」
「うるさいわね!偉そうにあたしに指図する気?!あたしを誰だと思ってるのよ!この子たちはねぇ、国王の妃の大切なペットちゃんなのよ。糞尿の始末くらいもっとテキパキとやりなさいよ!」

 怒鳴りつけられた侍女は鼻血の垂れた自分の鼻を震える手で押さえながら、片手で床を拭きはじめた。さすがに可哀相だろう、と少しだけ思ったが、まぁ仕方ない。ここで俺が諌めればなおさらマデリーンの機嫌が悪くなるだけだ。

「おぉ~よしよし。かぁわいいわねぇ」
「アンッ!ウー…、アンアンッ!」
「キャンッ!ウー…」
「クゥ~ン…。クゥ~ン…」

 唸り声をあげる二匹の綿毛に、怯えるもう一匹の綿毛。…少しもマデリーンに懐きそうにないように見えるのだが、気のせいだろうか。






 それからしばらく経った頃、俺は側近のカイルから信じがたい言葉をかけられた。

「陛下。…増税はあまりにも悪手でした。すでに貴族たちから不満の声が多く出ています。平民に至ってはなおさら困っていることでしょう。即刻お改めください」
「……何だと?」

 あのカイルが。学生の頃から、いや、幼少の頃から俺に対して不満の一つも口にしたことのない、誰より従順だったこの男が。
 初めて俺に対して咎めるようなことを言った。
 冷めきったグレーの瞳で俺を見据えるカイルに対し、腹の底から怒りが湧き上がる。

「お前までこの俺に楯突くというのか、カイルよ。生意気な口を…。自分の立場を分かっているのか」
「ではあなた様はこの国の行く末をどうお考えなのですか。側妃殿と二人して贅の限りを尽くし、公務は放り出し、国王としての責務を一つとして果たさない。…あなた様のような王を暴君と呼ぶのです」
「……っ!!き…、貴様…っ!」

 俺は立ち上がりカイルの前に詰め寄った。絶対的に自分の味方であり、裏切ることはないだろうと信頼しきっていた人間から突然手のひらを返された驚きが、俺の怒りに拍車をかけた。

「今すぐ謝罪しろカイル!!でなければもうこの王宮に貴様の居場所はないぞ!この俺を暴君呼ばわりするなど、不敬の極みだ。父親もろとも追放してやるぞ!!」
「私の言葉が理解できないのでしたら、どうぞお好きになさってください。…何故ここまで来てまだ現実から目を背け続けるのですか、陛下。もうすぐあなたの味方は誰一人いなくなるのですよ。有能な者たちは王宮を去り、国を去りました。国民たちからも厭われ、皆があなたを愚王を嘲り憎んでいる。もう取り返しがつきません。せめて…、あなたの残りの人生をかけて可能な限り現状をましなものにしようとは考えられませんか?この王国を、先代までの賢王たちが築き上げてきたラドレイヴン王国を、あなた一人で潰してしまうのですか」
「だ……っ、黙れ…!黙れぇ…っ!!」

 淡々と紡がれる側近の言葉が、その冷めきった目が、恐ろしいほど俺を焦らせた。頭が真っ白になった俺は勢いのまま、力任せにカイルの頬を殴り飛ばした。

 確かな手応えとともに、カイルの体が大きくよろめいた。俺ははぁはぁと肩で大きく息をしながら、目の前の側近に宣言する。

「……出て行け、カイル。二度とこの部屋に立ち入るな。貴様の顔など二度と見たくないわ。俺に偉そうに説教する前に、貴様がもっとしっかり働けよ。父親とともに、死にもの狂いで仕事しろ。家臣たちが有能ならばこの王国が窮地に陥ることなどないはずだ!そうだろう?!」
「……。失礼いたします」

 血の滲んだ口元を手の甲で拭いながら、カイルは俺の言葉を否定も肯定もせずに部屋を出て行った。

(……ふん。馬鹿が。調子に乗りやがって。しばらく頭を冷やすといい。どうせそのうち頭を下げてくるだろう)

 俺はテーブルの上に放り出されていたワインの瓶を乱暴に拾うと、そこから直接赤い液体を喉に流し込んだ。水のようにガブガブと一気に飲む。ある時から本当はずっと不安でたまらなかった胸の内を、カイルによって無造作に暴かれた気がして動転していた。だがどれだけ飲んでも、俺を淡々と責め立てるカイルの言葉が頭から離れない。

 クソ……。どうしてこうなった……。

 厳しかった先代国王が亡くなり権力と自由を手に入れた俺は、アリアを娶り浮かれていた。そして羽目を外して自由を謳歌するうちにマデリーンに出会い、のめり込み、溺れていき、節度を失った。今になってようやくそれに気付いたが、俺の周りからはすでに多くの人間がいなくなっていた。

 …大丈夫だ。正妃は俺の分までよく働いているようだし、宰相もカイルらもいる。まだ、どうにかなる。どうにか…してくれるはずだ…。

 目を覚ますのが怖い。
 俺はどれだけの人間から恨まれているのだろう。この国は、どうなってしまうのか。
 俺のせいで……

 ぶるりと大きく身震いし、俺は新しいボトルに手を伸ばした。早くもっと酔わねば。何も考えられなくなるほどに───────




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